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【第二幕 一場】 楽屋_口裏

分類に困った結果の、その他〔その他〕ジャンル!

ヒューマンドラマ〔文芸〕と迷ったけど、そっちだと主題がズレるのでー。

 あえて題するなら『悪役令嬢の逆襲 第二幕 道化どもの凋落ちょうらく』か。

 会場を辞し、私たちは控えとして用意されていた一室に陣どった。


「あぁあああー……疲れた」


 くつを脱ぎ、長椅子に倒れて、ぐでんと伸びる。

 肉体疲労ではなく、精神から来た症状なのは明白だ。

 首回りをくつろげて手足を伸ばすと、すぐに諫言が飛んできた。


「はしたない……」

「許せ。お前たちの前でしかしないさ」


 苦笑を返す。

 しかし正装で全身をびっちり固めた伯爵子息――堅物は、渋面を隠さない。


「礼装の緩みが礼式の弛みにつながると申します」

「まあ、大目に見てやれよ」


 笑ったのは騎士鎧の侯爵子息――脳筋だ。

 ひとりだけ扉近くで立ったままなのは、護衛を兼ねているから。

 ほかの銘銘めいめいは椅子を持ち寄り、腰かけている。


「にしても、なあ、殿下」

「もう殿下ではないぞ? ほれ、ちょうどお前と同じ侯爵位だと。同格だ、同格」


 寝倒れたままで、ひらひらと手のひらを上下させてやる。

 やっと重苦しい肩書きをぶん投げることができたのだ。

 思い出させないでほしい。


「それ言ったら俺だって侯爵家は追ん出されるじゃねえかよ。まあ、そんならよ、閣下」

「うむ」

「すげえ大根だったな」

「うっ」


 思わず胸を押さえると、くすくすと鈴の音のような笑い声。

 椅子に腰かけた平民の少女だ。品よく膝をそろえている。


「私、あの……ごめんなさい、何度か笑いそうに……っ!」


 そこで耐え切れなくなったのか、腹を抱えて笑い転げ始める。

 ひどい。

 寝た姿勢で仰ぐように睨む。


「それなら、そなたこそ……なんだったのだ、あのしゃべり方は」

「ああ、それは僕も思いましたよ」


 すかさず突っ込みを入れてきたのは堅物だ。

 背筋に矩尺かねじゃくでも入っているかのように真っ直ぐ座っている。


「普段の貴女からは、かけ離れているでしょう。怪しまれたのでは?」

「そ、そうかなっ? それっぽくしようと思ったんだけど」

「あー。気にしなくていいよ? 姉上様って、そういうの全っ然、気にしないからさぁ」


 にこやかに割って入ったのは、礼服を粋に着崩した公爵令息――軽薄だ。

 浅く座った椅子から身を乗り出すようにして続ける。


「なんていうかなぁ、自分の価値観……や、脚本を大事にしてるひとだからねー」

「そんなものですかね」

「そうそう。見たいものしか見ないの」

「なあ」


 と、脳筋がにやりと笑って、堅物を見やる。


「それよりよ、お前さんの演技もひどいもんだったよなあ?」

「ああ、確かにな」


 同意して私は、よっこらせと上体を起こした。


「途中、同じことしか言ってなかったろう」

「あっ、それ私も思ったよっ? はらはらしちゃった」

「だよねぇ。ま、気づかれなかったみたいだけどー」

「……そもそも苦手なんですよ、嘘をつくのは」


 ぷいっと顔を逸らして赤面する彼に、皆で笑い合う。

 茶番から開放されて清々しい気分だった。

 だが、ふと思う。


「しかし――本当に信じたものかな」


 ぼつりと漏らすと、皆が疑問を顔に浮かべて視線をれる。

 それを横目に先ほどの茶番を思い起こしていた。


「いや、なに。同じ学園に通う婚約者がだな、ひと月ものあいだ不在であることにも気づかないと、本気で思われたのかと」


 つい口の端を苦く歪めてしまう。


「そもそも学園の庶務を統括しているのは私だぞ? 帝国への留学の手配も含まれるのだがな」

「だぁから言ったでしょ? そういうひとなんだって、姉上様は」

「そうだな――」


 床に視線を落とす。

 先ほどの数々の証拠品が入った袋がある。ちゃんと回収してきたらしい。


「大方あの容子ようすでは、これらの証拠も捏造されたと思ったのだろうよ。一顧だにしなかった」


 平民の少女が苦笑した。


「そんな勿体ないことしないんですけどね。ただでさえ貧乏なのに」

「っても、取り巻きが勝手にやったんじゃ、姉上様の監督責任に問えるかどうかは……ねぇ?」

「ええ。教科書のあれも、先日おこなった意見調査の答案の筆跡と比較すれば、瞭然でしたよ」

「都合のいい目をしてやがるぜ。あんな――自分で書くわけねえだろ」

「制服も……こっそり譲ってもらえてよかったです。一日でも休みたくなかったですし。ちょっとぶかぶかですけど」


 長めの袖から覗く指で、少女が照れくさそうに頬を掻く。

 公爵令嬢の目の届かないところでは、助けてくれる友人もいるのだ。

 ただ表立っては難しい。たとえ平等を標榜する学園であろうと公爵家の権力は絶大だ。

 そろってため息をつく。


「自覚がないとは厄介なものだな」

「まったくだぜ」

「同じ学級にいて一度も会話をしていないのですからね。それでいて故意に無視しているという意識がないとは」

「しかもさぁ、それ以外は平民でも下級貴族でも、奴隷上がりや侍女まで含めて、みーんなお友達って姿勢なんだから、ねぇ?」

「ええ。取り巻きも増長するというものですよ」


 と、うなずき合う。

 付け加えるならば、公爵令嬢の最も熱心な取り巻きは、この側仕え三人の婚約者たちである。

 彼女らは令嬢の言い分しか信じない。平民の少女のことを“自分たちの婚約者を誘惑するふしだらな女”だと頭から思い込んでいる。

 三人がどれほどげんを尽くしても、その印象は覆らなかった。

 むしろ、“やはり誑かされている”との確信を強める結果となってしまった。

 今回のことで、おそらく彼らも婚約を破棄することになるだろう。


「あれよ、階段の件もだろ?」

「ああ、そうだ。怪我は大事ないか?」

「あ、はい」


 少女が制服の袖を捲り上げると、湿布が現れる。


「ちょっと捻っただけですし。私の自家製の薬、よく効くんですよっ」


 大量の教材を持たされて階段を上っていたおりに、至近距離を駆け抜けて行かれたらしい。

 階上からは数人でくすくす笑う声がしたとのことだ。

 故意かどうかは問えない。証言者は少女本人のみ。

 もしも名を挙げて訴えたところで証拠不全とされるだろう。

 いや、逆に言いがかりをつけているだとか、自分で落ちておいて大袈裟に言い立てている、などと反論される目算のほうが高い。

 心配そうな視線を集められた少女が、袖を戻しつつ笑う。


「仕方ないですねっ! 私の成績がいいのが悪いんです」


 学園の方針は身分平等。有用な平民を取り立てる義務がある。

 そこで白羽の矢が立ったのが彼女だ。

 入学するなり最初の試験で最高得点をたたき出した。

 だから妬まれた。ろくな教育も受けていない平民ごときがと。

 加えて、王族を除けば最高の階級である公爵家令嬢の冷淡な態度である。

 少女への攻撃は正当化されてしまった。


「ああ。それについても済まなかった。成績最優秀者として彼女を一時いっとき、帝国へ追いやるためには、そなたに手を抜いてもらわねばならなかったからな」

「いいんですよっ! 結果を残すことよりも、学ぶことが目的なんですから」


 とはいえ、そのせいで男遊びにかまけて成績が落ちた、などという不名誉な噂も流れたのだ。

 しかし少女は気丈に笑む。


「どっちにしろ前から不正してたんじゃないか、なんて言われてましたし」

「僕が保証しても逆効果でしたからね」


 これは学習室で猛勉強中に、堅物の席と隣り合わせたことが、仇となった。

 参考になる学習書を教わることが媚と見られるとは予想できないだろう。


「私が庇っても余計に頑なにさせたからな」


 むしろ決定的となった。

 見目好く高貴な男性ばかりを漁っているとの噂を流された。


「噂を真に受けたか知らねえが、不埒な輩まで湧いて来やがったしよお」


 貴族の男子が権力を笠に着て絡んできた。

 取り囲まれていた少女を脳筋が助けたことも仇となった。

 また襲われたら危ないからと寮まで送ることがおかしいだろうか?


「ええ、あの調査書を読んで目を疑いましたよ。なんでしたか、『びっち』とか――」

「はっ。自分で印象操作してでっち上げといて、よく言うぜ」


 しかし、あくまで公爵令嬢に自覚はないのだろう。

 ちょっとした会話の隙に、ちょっとした私感を混ぜ、それを長期にわたって周囲にばら蒔いただけだ。

 自身の影響力も考えずに。


「ご注進しても、まったく聞く耳持たないしー。ほんと、あれは実の弟を見る目じゃなかったね」


 自嘲気味に軽薄が笑って、続ける。


「『ぎゃくはぁ』とやらの一員になると、身内どころか、人間扱いもされないらしいよ?」


 再びそろってため息をつく。

 思うことは、ひとつだ。


 彼女に前世の記憶がなければ、よかったのに。

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