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【第一幕 三場】 舞台_転回

 ここからが見所だ。たぶん、おそらく、一応は。

 私は密かに気合を入れた。


「そもそも、なぜ帝国になど赴く必要があるのだっ!? しかと申せっ!」

「そうですわね……殿下に於かれましては、関心のないことかもしれませんけれど」


 と、ため息。

 そして開いていた扇をぱちりと閉じ、微笑んだ唇の横に添える。

 怯むような気配は微塵も悟らせない。

 未来の王妃たるもの常に凛乎りんこたるべし、との心構えを貫き通している。


「わたくし、ひと月ほど交換留学しておりましたのよ? 年次の最優秀成績者として」

「何っ!?」

「ええ。帰ってみて驚きましたわ。貴方がたが――」


 と言いつつ冷淡な視線で男たちを薙ぐ。


「そのひと月、丸切り仕事を放棄していたというんですもの」

「うっ」


 代々の慣わしである。

 王太子ならびにその側仕えは、将来の為政に備えて学園を管理する。

 ある程度の権限を与えられているのだ。


「どこその平民にうつつを抜かして――と、皆さま教えてくださいましたわ?」

「彼女を侮辱することは許さんぞっ!?」

「侮辱というなら貴方がたこそ」

「む?」

「裏付けもなく、わたくしを侮辱しておいででは?」

「言わせておけばっ! たとえ帝国に身を置こうとも――そうだ、子飼いの奴隷か侍女にでも命じたに違いないっ!」

「……彼はもう奴隷ではありませんわ。第一わたくしには、そこの彼女を害す必要がありませんもの」

「何をっ」

「も、もうやめてくださいぃっ」


 ぐだぐだな展開になってきた。

 しかし果敢にも即興で割り込む平民の少女。その根性が素晴らしい。

 いや、時機を見計らう才気もなかなかだ。


「私が悪いんですぅっ! 婚約者がいると知りながら、殿下を……あ、愛してしまったんですからぁ!」

「ああ……何も問題などない。私もそなたを愛している」


 場違いにも声高に叫んで赤面する少女。

 その細い肩に手を置き、力強く頷く王太子。

 ――むしろ問題しかないのだが。

 大方の粗筋には沿っている。


「そういうことだ。理解したな?」

「いいえ……まったく」

「ふん。そなたが醜い嫉妬から、ことに及んだことは許そう。私たちの真実の愛に免じてな」


 道化の舞踏会、ここに極まれり――。

 あと少しの辛抱だ。茶番に終止符が打たれるまで残りわずか。

 布石はすでに敷き終わった。

 勝ち誇るような笑みを浮かべて見せれば、観客の視線が注がれる。


「あら、ずいぶんな勘違いをされておいでですわ、殿下」

「なんだとっ!?」

「だって、まるでわたくしが貴方様をお慕いしているかのような仰りよう」

「むう?」

「殿下とは親が定めた婚約者、それ以上でも以下でもありませんわ。嫉妬などと……馬鹿らしい」

「ふっ、今更の強がりなんぞ聞かんっ!」


 流れるように公爵令嬢へと指先を突きつける王太子の図。

 そして高らかに今再びの宣言を。


「私はそなたとの婚約を破棄し、新たに彼女と婚約を結ぶっ!」


 それこそが合図にして口火となる。


「それは、おめでとうございます――兄上」


 かつかつと足音。

 新たな役者の満を持しての登場に、ざわつきだす場内。



 ――さあ、ここからが回収の時間だ。



「む。なぜお前がここに? 今宵の宴は卒業生のみが参加できる大事な席であるというのに」

「おや。それをお知り置きの上で、このような騒ぎを?」

「相応しい場だろう。お前の言ったとおり、めでたいことだからな」

「なるほど。確かにおめでたいことです」


 意味深長な笑みを見せたのは、我が国の第二王子。

 私たちの、ひとつ下の学年になる。

 地味な装いだが、均整のとれた長身と、隙のない身のこなし。

 よくよく見れば顔の造作とて兄にも引けをとらない。

 文武に優れ、こちらが王太子であったなら、との声も根強く囁かれている。


 しかし、なにせ生母が公妾――王の愛人である。

 彼女の出自は、裕福とはいえ貴族ですらない商家。

 王国の典範てんぱんに則ったなら、残念ながら彼には王位継承権がない。

 たとえ現国王の直系であろうとも、爵位を得て臣籍へと下るのが原則だ。本来は。


 だが、それでは余りにも勿体ない。

 臣下で終える人材ではない。ほかならぬ私が最もよく知っている。


「先の質問に答えましょう。私は父上から言い付かって参ったのですよ」

「ほう? 陛下が、なんと?」

「兄上から王位継承権を剥奪する、と」

「なっ……!?」


 一気に騒然となる場内。

 これまでの傍観者から当事者となったのだ。

 学園の在籍者は、ほぼ貴族で占められている。ゆえに勢力図の塗り替えは一大事だ。

 しがらみのない下級貴族や、ごく少ない平民は、平民の少女を見つめて小声で話し合っている。


「合わせて王族の身分も剥奪。新たに侯爵に叙するとのことです」

「っ」


 思わず息を呑む。

 やった。

 やっと来た。

 この瞬間を待っていた。

 私の長年の夢が叶う瞬間を――いや、まだだ。

 まだ気は抜くな。

 笑うのは、この茶番がすっかり済んでからでいい。


「ど、どういうことだっ!?」

「不肖、私めに次期王座をお譲りくださるとのことですよ」

「な、な……」

「それから兄上。学園を卒業次第、新たな領地にほうずるとのご下命です――そちらのお三方も」


 と、側仕えたちを見やって追撃する弟王子。


「兄上を助け――終生、共に領地を治めるように、と」

「んだとお!?」

「……そんな」

「嘘でしょ!?」


 脳筋、堅物、軽薄が、そろって大仰に憤悶する。

 嫡男である彼らに、新たな領地で任につかせるということ。

 すなわち、それは家督の失効を意味する。

 思い切った処断というべきだろう。それぞれの家では別の跡継ぎを見繕みつくろわねばならない。


「こちらの書状を、おあらためください」


 弟王子が衆目に晒すように広げた書状には、王国切っての僻地の名と、国王の御璽ぎょじがあった。

 本物だ。

 げんとして覆されることのない最高権限の決定事項。

 この効力を前にすれば、いかなる工作も徒労に帰すだろう。

 安心の材料がひとつ増える。


「ああ、兄上。その平民にご執心なのでしょう? 必ず領地にお連れするようにとの仰せでしたよ」

「あ、あ……あぁあっ」


 顔を覆い、くずおれる平民の少女。細い肩を震わせている。

 渡された書状を抱えて立ち尽くす王太子――いや、“元”王太子と側仕えたち。

 対照的に凛と立つ公爵令嬢に、今や王太子となった弟王子は歩み寄る。


 間違いなく、ここが劇の見せ場。大詰め。最高潮。


 拳を固く握る。

 ああ、隠さなければ。全力で抑え付けなければ……。

 歪みそうになる唇を。震えそうな頬を。つい弛みそうになるまなじりを……あふれ出る喜びを!


 すでに舞台の中心は移り、主演男優も交代した。

 弟王子は恭しくひざまずく。


 そう――今宵の主役の前に!


「ずっとお慕いしておりました。どうか私と婚約してください」

「……はい」


 理不尽に糾弾されし公爵令嬢――『悪役令嬢』は今、輝かしい王妃への路に返り咲いた。

 脚光を浴び、微笑み合うふたり。尚更に会場は沸く。

 忘れ去られていた演奏まで再開された。

 鳴り止まぬ拍手に追われて、緞帳どんちょう



 これにて茶番劇は――デウス・エクス・マキナー!



 こっそりとほくそ笑み、そそくさと舞台をあとにする。

 同じく密かに笑いを堪える平民の少女と、側仕えたち三人を引き連れて。


 婚約破棄で零落? 追放? それこそが私の望むところだ。



……勘のいい方なら気づかれてたかな?

ちょいちょい引っかかってもらえてたら嬉しい。

次回更新、本日16時予定。舞台裏です。


雑な注釈。『デウス・エクス・マキナー』について。

『機械仕掛けから登場する神』という意味のラテン語。ギリシア語の翻訳。

英語だと『ゴッド フロム ザ マシーン』。


古代ギリシア劇で実際クレーンみたいなので吊って舞台に出てきたらしい。

ダイナミック!

語義としては、いろんな事件が起こるけど最後に神様が現れて万事解決、っていう夢オチみたいな手法です。

(正直、語感がかっこいいからタイトルにした感が否めない)


ちなみに、この語を除いて本文中に片仮名を使用しないという謎縛り。

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