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【第一幕 二場】 戯曲_乱舞

「まこと身に覚えがないというのかっ!?」

「ございませんわ、殿下」

「よくも抜け抜けとっ!」

「まあ。もしわたくしに至らぬ点があるというのなら、どうぞ忌憚きたんなく仰いませ」


 声を荒げる王太子に、平静に返す公爵令嬢。

 主演ふたりの丁丁発止だ。

 はたして観客はどちらに理を覚えたものか。

 私の脳裡には益体やくたいもない考えが浮かぶ。いや、逃避している場合ではないのだが。


「ほう。自ら申し出たなら、大目に見たものを。よし、とくと教えてやれっ!」

「畏まりました、殿下」


 指示された伯爵子息――堅物が一歩、前に出る。

 端正な顔を気難しく顰めたまま、大仰に巻物を広げた。

 本当に罪とやらが列挙してあるのだろうか。わざわざ小道具まで用意するとは、暇人だな。

 いや……実際、暇ではあったはずだ。なにせ、ここひと月ほど彼らは真面まともに仕事をしていなかったのだから。

 実によんどころない事情で。


「では、よろしいですか、貴女の罪状はですね――」


 そして読み上げられたるは平民の少女に対する浅慮にして暴虐の数々。

 やれ愚民と罵倒しただの、文具を壊しただの、教科書を汚しただの、制服にお茶をかけた挙句に破いただの。

 しまいに階段から突き落とした――と、ここまで付け入る隙なく一息に締め括った。

 さすがだ。素直に褒め称えたい。肺活量と滑舌を。


「いろいろと言いたいことはありますけれど、そこの――貴女?」

「は、はいぃ」


 呼びかけられ、制服の長袖をぎゅっと掴むようにする助演女優――平民の少女。

 痛みに耐えているような表情だ。

 華奢で小柄な体に合わない大きめの制服が、いかにも庇護欲を掻き立てる。


「ねぇ。わたくし、貴女と面識がありまして?」


 ざわめく場内。

 愕然とした顔を見せる男優たち――王太子と側仕え。


「わ、私、同じ学級におります……わ」

「ええ。確かに、お見かけはしていましたけれど。じかにお話したことが一度でもあったかしら?」

「あ、あの……」

「罵倒ですって? いったいどなたがお聞きしたのか――日付と刻限、場所、会話の内容、あとさきの状況、すべて具体的にご教示くださらない?」

「わ、私……私っ」


 そこで息が切れたように座り込む助演女優に、助演男優らが群がる。


「恥を知りなさい」

「お前がそうやって脅したんだろ!?」

「これ以上、彼女を苛めるのは許さないよ、姉上」


 ……茶番だ。

 分かってはいたが、なんて陳腐な筋立て。

 少々――いや、大いに頭痛がしてきた。

 さっさと終わらせたい。


「うむ。そなた、これで己の罪は理解できたな?」

「ええ。理解しかねるということが理解できましたわ、殿下」

「なんと? それほど理解力に乏しかったとは、残念なことだ」

「……それには同意いたしますわ」


 お粗末で残念な脚本であることに疑いはない。

 つい額を手で押さえそうになるが、すんでのことで気を取り直す。


「やはり、そなたは我が婚約者には相応しくはないな。大方、そのような癇癪を起こして、彼女の私物も破損したのだろうが」

「……証拠はございますの? わたくしが関与したという物証や証言は?」

「うむ。あれを出せ」

「おうっ」


 さっと挙げられた手に、今度は侯爵子息――脳筋がまかり出る。

 いつの間にか伯爵子息は元の立ち位置に戻っている。


「これが証拠だ! よっく見やがれ!!」


 精悍な顔で睨めつけながら、抱えていた袋を逆さまにすると、どさどさと証拠の数々が降ってくる。

 壊れた文具の欠片。教科書には猥語が書き殴られている。広範な染みがついた挙句に裂かれた制服。


「どうだ、ぐうの音も出まい? 悔い改めて、く謝罪せよ」

「……殿下、わたくしが手を下したという証拠は?」

「そなた、目まで曇っているのかっ!」

「仮にわたくしがやったとして、どなたか目撃されたのかしら?」

「なんと白々しい。狡猾にも人目につかぬよう犯行をおこなったのだろう?」

「……それでは、いつ、どのように破損されたのか、事実わたくしに可能であったのか――それを調べていただかなくては答えようもございませんわ」

「あくまで言い逃れるかっ!」

「いい加減にしやがれ!」

「恥を知りなさい」

「ほんと往生際が悪いよねぇ」


 ざわめく観客。

 ひどい三文芝居だ。

 当事者でさえなければ私も少しは楽しめたものを。

 返答は少しの間をおいてから。


「ねぇ、付かぬことをお聞きしてもよろしくて? 貴女――今、お召しの制服はどうされましたの?」

「えっ」


 慌てたように顔を見合わせる男優たち。

 任せてはおれない、とばかりに颯爽と立ち上がる助演女優。


「あ、えっと……な、なかったら困りますし、そのぅ」

「ですわね。講義を受ける際は、制服着用が義務ですもの」


 昔、私服が許されていた時代があった。

 しかし華美な装いを競い合う者が続出したのだ。学習に支障をきたすほどに。

 ために近年、新しく設けられた学則である。


「ですが、わたくしにも平民の学友は大勢いますけれど……失礼ながら皆さま、制服は一着しかお持ちでない方が多数ですわ」


 講義を受けるため、また学園の寮で生活を営むために必要なものは、希望すれば多少の支援は受けられる。

 しかし学用品であれ、日用品であれ、学園で数年を過ごすには支給されただけでは厳しい。

 後ろ盾のない平民となれば節約することを心がけるものだ。

 まして制服は必需品。

 一応は、しかるべき理由があるのなら、申請して新しく受け取ることはできる。

 しかし私物の管理とて選ばれし学徒に求められる手腕のひとつ。審査は厳しく、手続きは煩雑だ。

 だから替えが欲しい貴族は手間をいとって、初めから数着を購入するのだ。一着で平民の生活費の数箇月分に相当する額を支払って。


「えっ? ええっと、そう! あの、新しく支給してもらいましたっ!」

「あら? 支給には数日かかるのではなかったかしら? 貴女、講義をお休みしたことありました?」

「ええい、もういいっ! 階段から突き落とした件はどうだっ!?」

「うん。任せてよ、殿下」


 すっと公爵子息――軽薄が進み出る。

 侯爵子息は速やかに元の位置に取って返す。その滞りのない交替は、いっそ感心すら覚える練度だ。

 もしや予行練習でもしていたのか?


「ねぇ、姉上。双子のよしみで聞いてあげるけどさぁ、さっさと自白しちゃわない?」

「わたくしから言うことは何もありませんわ」

「へぇ、あくまでそういう態度なんだ? いいよ、後悔しても知らないから」


 双子だけあって、均整のとれた造作は似通っていると思う。

 とはいえ顔立ちと声に甘さが滲む弟と、冷たく見えがちな姉、不思議と印象が異なると昔からよく言われてきた。


 それにしても仕方ないとはいえ、同じような局面の繰り返しだ。

 このままでは観客も退屈するだろう。あっと驚く展開を期待したいところだ。

 どうせなら場を盛り上げる音楽も欲しい。

 が、先ほどから会場の隅にいる楽団は、こちらを窺って演奏を中止している。


「そんじゃ、まずは彼女自身の証言からだよね」

「は、はい」


 目顔めがおで促され、しゃしゃり出る助演女優――平民の少女。

 一見したところは健康そのものである。


「あの、一昨昨日さきおとといのことです。講義の始まる前に、講堂の正面の大階段……」

「わたくし、三日前ならば隣国――帝国にいましてよ?」

「えっ」


 ざわざわと会場には囁きが満ちる。


「そのわたくしが、どのようにして貴女を突き落とせるというのでしょう?」


 私は一歩、前に進み出た。


「おのれ、どこまでも出任せをっ!」

「わたくし誓って嘘偽りなど申しませんわ、殿下」


 再び主演男優と主演女優の一騎打ちだ。

 幕開きからすぐ愁嘆場も飛び越えて土壇場の正念場とは、なんとも芸がない。

 だが、ここを耐えねば、私にとっての輝かしい未来はないのだ。

まだまだ行くよー!

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