奇妙な旅人と行商人
異世界にとんだ。
それは、ひとりの怪しげな男性にいきなり、鏡を見せられた挙句、見知らぬ世界へと飛ばされてしまった。そこは異世界だった。
ゲームや漫画といった仮想や空想世界にしかいなかったエルフやオークなどの住民種族。飲むだけで回復する薬瓶や料理。能力の向上や敵の能力を縛る書物や札系のアイテムなど。
言葉はなんとか通じるようで、ただ知っている文化や通貨などは完全に違うようで混乱した。しかし、そこに偶然通りかかった行商人に拾われ、この世界における仕組みを知る代わりに、販売道具の管理を任されるのであった。
クルム。行商人に「これからその名で名乗れ」と言われ、元の名前は大事に心の中へしまい込み、自らクルムと名乗った。クルムはこの異世界では『来る』などの意味で使われるだそうだ。
行商人の名はハキ。この世界における『旅人』という意味らしい。
「どうして、旅をしながら商売しているのですか?」
様々な村や街などを訪ね、持ち運ぶ道具を売りさばく行商人の助手として管理者としてついていくクルム。素朴な疑問をハキに尋ねていた。
「様々な町や村を見て、売る。または買う。変わった物は他ではなかなか手には入れねぇ、そこを俺が集めて、売る。土産話と一緒でな」
ハキは昔の頃を懐かしむかのようにそう言っていた。
ふーんと、クルムは答えをただ鵜呑みをしたわけではないが、そんな反応を示しながら答えを受け取った。
「まあ、俺を見ていけば分かるだろう。クルムよ」
「そうですね」
ハキは革のジャケットの胸ポケットに入れてあった煙草を手に取りながら、手でこすると突然、煙草に火がつくのが見えた。どうやってどの原理で火がついたのかクルムの知識では思いつかなかったが、ハキは笑いをこみ上げながら「知りたかったら、学べ」とだけ吸っていた煙草を地べたへと捨て去った。
大量の道具を馬車に詰め込み、馬にまたがるハキの姿は近いはずの彼の背中がなぜか遠くに見え不思議でならなかった。
小さな町ハリー。
ここに、妖精さんという噂が流れていた。
「商売時だな」
ハキはそう言い、馬車の中にあった小さな小箱を取り出し、物珍しさによって来る人々の前に差し出しながら、最も近くにいた少女に「開けてごらん」と、誘導し開けさせた。
すると、フワーと虹色に発しながら数センチ程度の妖精が箱から飛び立つように羽ばたく。そして、箱から出ると姿が粉になって消えていった。
これを見た客たちははしゃぎ、大金をはたいても買うという大人たちが声を荒げた。
これに対してハキはとても嫌な顔をしながら、大人たちの手をはたき、「これは、一つしかない。お金では買えない品物だ」と告げ「ほしかったら、この町で珍しいものと交換だ」と交換条件を出した。
大人たちは活気になり、この町でしかない希少なものを集めに駆け出していった。残された子供…親がいない子供たちに、ハキはクルムに対して告げた。
「哀れな羊たちは欲しいものは金で巻き上げようとする。だが、金がないものたちはどうだ。何も得ることはできないだろう」
と、告げるなり、持っていた箱のうち、もう一つ隠していた箱を少女に手渡しながら「俺との秘密ですよ」と告げ、残りの箱を持って大人たちを待つハキの姿があった。
クルムはこの作業の意味を理解した。
だけど、少女はいいが、他の子どもたちはどうするか、それに。もし、少女が誰かの手によって奪われたとき、それが本当にいいものなのか疑問をうかんだが、『俺との秘密』との言葉を思い出し、それ以上のことを詮索することを辞めた。
3日後、街から出ようとしたところ、数人の大人たちが目の前に姿を現した。それは何日も歩き続け見つけてきたかのようにボロボロになりながらハキがもつ小箱を目当てに集まってきた結果だった。残りの人たちは脱落したようだ。
「これで、私に――」女が両手を上げ、見せた品物は青・赤・黄色に光り輝く鉱石だった。それをハキは手に取り、数秒眺めただけでその女に返した。
「俺はこれを…何日も掘り当てたんだ!」無愛想なひげを生やした男は手袋を何重にも重ねた手に持っていたものは赤黒く所々火を噴きだす珍しい石だった。
「これは珍しいものですね」とハキは目を輝かせるが「残念ながら、これはこの町で珍しいものではありません」とだけ、告げて男に告げた。
それから何人かの大人たちから土産を見渡しながらも、ハキが納得するようなものは一切姿を現すことはなかった。
クルムにとってはどれも珍しかったが、ハキにとっては日常何処でも見かける品物だと後で教えてくれた。
結局、この町で名産ともいえる珍しいものを持ってくる人はいなかった。
この町から立ち去ろうしたとき、箱を上げた少女の親と思わしき大人が姿を現した。少女とは不釣り合いな服装の違い。服はツルハギではだし、風呂にも入っていないほど臭いが鼻をつく。一方で、親は真新しいほどきれいな服に、香水のような匂いがしていた。
「私からはこれをお願いします」そう言って手渡されたのは、小さな箱だった。
ハキから手渡された箱よりも小さく、約8センチ程度の四角形の箱だった。
ハキはその箱を貰い受けるなり、「この親に箱を…」と告げ、クルムは頷き、箱をその親に手渡した。
すると、親はクルムから箱を乱暴に奪い取り、そばにいた少女を押しのけどこかへと走り去ってしまった。
「次行こうか」
ハキはそう告げると、もらった箱を馬車の中へ入れるようにクルムに告げ、残された少女に『俺との秘密』と、優しく微笑ながら少女の姿が見えなくなるまで馬を走らせた。
おいていった理由がわからず、何度もハキに声をかけたが、ハキは答えることなくただ、無視をつづけた。しまいに、クルムはその少女の手を引っ張ってこようかと、馬車から降りようとしたが、馬車から降りるという行為にとどまった。
『もし、降りて――ハキが置いて行ってしまったら』と、嫌なイメージが浮かび上がった。結局馬車から降りることなく走り続けた馬車は、見知らぬ場所まで通り過ぎていた。
馬も少しずつ歩く程度の速さになってくると、ようやく口を閉ざしていたハキは答えた。
「『俺との秘密』この意味を理解で来たら、その後の展開は理解できるはずだ」
と、そのことだけ言うと、再び走りだした。
その意味を知ることになったのはもっと先のことだった。