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探索開始

 転移から四日後。早朝。


 水晶石の明かりで室内は照らされている。

 光量は中々で、視界は確保できる。

 水晶石は長持ちしないしかさばるが水晶樹よりも光が強く照射範囲が広い。


 対して水晶樹は長持ちするが、光が弱い。試しに通路に出ると、三メートル程度しか照らせない。


 水晶石、水晶樹、松明を併用する方が一番効率が良さそうだ。水晶二種は、使用できなくなれば途中で捨てればいいし。


 今、俺は地面に胡坐を掻いている。正面にはデイパックとウエストポーチ、ヒップバッグにウエストポーチ。その横に、皮を剥きアクを抜いた後、燻製にした『サツマイモ燻製チップ』がある。


 干しイモにしたかったが天日干しにできなかったので仕方がない。これはこれで中々美味い。試行錯誤していたので作るのに手間取ってしまったけれど。

 数か月は保存が利くはずだ。量もそれなりにあるし、一週間は余裕だろう。


 問題は水だ。


 日記には湖の水は非常に済んでおり消毒の必要がないと書いてあった。そのためそのまま飲んでいるが問題はない。ただ持ち運ぶには容器がない。


 ペットボトルは一つ、善次郎の持ち物に水筒があったのでそれも使って精々一リットルくらいか。これでは節制しても二、三日程度しか持たない。


 ただどうしても多量の水は運搬が難しい。重いからだ。それにしてももう少し持ちたいところだが。


 とりあえず最初の探索は遠出を前提とせず、ある程度進んだら余裕を持って戻ることにするか。元々、先行きが不安な中、無謀に進む気はない。


 軍刀は右腰、ナイフは後ろ腰、小剣は左腰、ホルスターは右側だけにしかないので、装着しても邪魔にはならない。

 軍刀の鞘はグルメットという鎖で繋がっているからだ。

 ただちょっとジャラジャラとうるさい。これは外した方がよさそうか。

 半ば観賞用に近いらしいし、置いておくことにしよう。格好いいんだけどな……。


 盾もかさばるので置いておく。あんまり役に立ちそうにないし。作った意味ないね!



 荷物は燻製チップ一週間分、魚の燻製三日分、容器に入れた木の実大体二百グラム、水筒とペットボトルに入れた水一リットル、下着と衣服数枚、タオル数枚、ボロ布数枚、薄手の毛布、メモ帳、ボールペン二本、九四式拳銃の弾薬である十四年式拳銃実包三十発、しばらく使ってなかった腕時計、念のためにハサミ、単三乾電池数本、チューイングガム銀紙つき、太めの木の棒、植物性の油が入った小瓶、水晶樹(五センチ程度の長さ)十本、ガラスのコップに手製の蓋をつけた『水晶樹専用容器』、以上。めっちゃ重い。



 ちなみに木の実を燻製してみようと思ったけど、水気が多い上に煙臭くなり、大して意味もない気がしてやめた。


「よし、これでオーケーだな」


「キュイ!」


 リュウはすっかり元気になっている。

 怪我自体は大して重くなかったらしく完治するもの早かった。


 ただ食事をまともにしてなかったらしく、かなり疲弊していたし衰弱も著しかった。毎日きっちりと食事をすることで健康になり、今では活気に溢れている。


 多分、ゴブリン達がいたせいで獲物が獲れなかったのだろう。


「キュキュ♪」


 リュウは俺の足に頬を撫でつけて、何度も嬉しそうに鳴いた。


 すっかりなついてしまった。部屋から出る気配はないし、ずっと俺の傍にいる。


 正直、出かける際にはどうしようか迷っている。


 ただ部屋で留守をしていろと言っても従うかは疑問だ。ここに残したとしても食料はあまりない。異界線の先に戻してもゴブリン共がいる。俺の傍にいる方が安全、なのかもしれない。


「リュウ。これから出かける。またゴブリン達と戦うかもしれない。リュウはついてくるか? それともここに残るか?」


 キュ? と小首を傾げた後、リュウは俺の肩に飛び乗った。尻尾を俺の首に巻きつけると、マフラーのようになる。そのままの体勢で止まった。どうやらついてくるらしい。


「そうか。じゃあ、俺から離れるんじゃないぞ?」


「キュキュイ!」


 気温は低い。恐らく十五度前後だろう。防寒しないと肌寒さを感じる程度だ。


 インナー何枚かとコート、ジーパンにブーツ。首にはリュウのマフラー。

 ミドルコートの胸元には水晶樹専用容器を固定できるように、細めの布を縫ってある。


 容器はガラスのコップで、中にある水晶樹の光を遮断しないようにしなければならない。布は下部と上部はボタンでしっかり固定できるようにしてある。


 ちょっと不格好だが両手を使える状態にしたいので仕方がない。また照射範囲は狭いので、あくまで補助的な立ち位置だ。


 左手に水晶石を持ち、右手には小剣をいつでも抜けるように意識しつつ進む。これが探索時のスタイルにした。


 俺は部屋を出る。暗い通路も見慣れたものだ。数寸先は闇。それでも俺は前に進む。新たに出会った相棒と共に。


   ●●

 

 剣閃が瞬くと、俺は身を捻り回避した。


 右手の小剣が煌めく。薙いだ一閃はゴブリンの首をすんなりと通った、と思った。



 外した!



 敵の俊敏さは俺を上回っている。数は一。単騎であっても油断はできない。そう思って挑んだはずだが、やはり命のやり取りには慣れていない俺にとって、思ったように身体を動かすことは難しかった。


 筋肉が萎縮する。

 咄嗟の判断が遅れる。

 時折、胃が重くなり、視界が揺らぐ。

 狂気の衝動を肌で感じ、後退りしてしまう。


「くっ!」


 俺の一撃を躱したゴブリンはいやらしく口角を上げた。


 さらけ出した大きな隙を奴が逃すはずはない。


 ゆっくりとかざす斧。刃物は俺に向かい振り下され、なかった。


 ゴオッと場に似合わない音が聞こえた瞬間、当たりは眩く照らされる。

 リュウの口から小規模ながらも炎が吐き出され、ゴブリンの肌を焦がした。


「ギウウゥ!?」


 想定していなかった攻撃に、ゴブリンは驚き戸惑いその場から飛びのいた。


 不快な臭いを気にすることなく俺は反射的に、一歩踏み出し、同時に小剣を突き出した。直線の軌道は綺麗にゴブリンの腹部に吸い込まれる。


 半分近くまで埋もれ、俺は間髪入れずにゴブリンの胸を蹴った。反動で小剣がゴブリンの肉体から再び姿を出す。


「ヒッギゥ!」


 悲鳴らしきものを口腔から絞り出した。


 ばたばたと地面に転がり、痛苦に耐えるゴブリンを見下ろしながら、俺は息を整える。


 リュウは場の収束を感じとり、俺の肩に飛び乗ると、共に魔物の末路を見届けた。


 数秒の悶絶の後、魔物は絶命した。鉄臭さと生臭さを漂わせながら動きを止めた。


「よ、よし、倒したぞ。またリュウに助けられちまったな、ありがと」


「キュキューイ」


 リュウは、おいおい、気にすんなよ、それよりもふもふしようぜ? とばかりに身体を頬にこすり付けてくる。俺はその温かさに身を寄せ、しっかりとその場に立った。


「ちょっと観察しような」


 俺はゴブリンの死体の近くで待機した。


 それから数分すると、死体に変化が訪れた。すでに事切れたはずの遺体は突然液状になり、地面に溶け、そして完全に消失したのだ。何も残ってはいない。衣服も装備も血も肉も跡形もなかった。


「そういうことか……」


 リュウを助けた時、ゴブリン三体を倒したのは記憶に新しい。本来なら死体があるはずだったが、部屋を出て再度あの道を通った時、死体はなかった。

 一体どういうことかと思い、観察したのだ。


 つまり死体はこの洞穴に食われているのだろうか。ではゴブリン達はどうやって生まれてるんだ? まさかリュウも同じように?


 そもそも、考えてみれば、異界線の手前にリュウを連れてきたが、ゴブリンは境を越えられなかった。これは俺がリュウを運んだから移動できたのか、それともリュウとゴブリンは別の存在扱いなのか。


「わかんね」


 考えても情報が少ない分、答えは出ない。善次郎の日記には魔物達に関しての記述はあったが、死体がどうなったのかまでは書いてなかった。


 とにかく、先に進もう。


 俺は地面に落とした水晶石の前に蹲り、メモ帳を取り出してから、マッピングを再開した。


 部屋から順路を進み、幾つかの分岐を経た。この時点でわかったことは、善次郎の日記とは道が違うということ。


 善次郎がメモを間違ったとは考えにくいが、一体これはどういうことなんだろうか。途中で気づきマッピングしながら進むことにしたのだが、この分だと他の魔物の特色や階層毎の記述は参考程度に抑えた方がよさそうだ。


 今まで幾つかは真実であったわけだし。


 まるで塔内部の構造だけ変わったような感じだ。


「はっ、まさかな」


 ばかばかしい。不思議のダン○ョンシリーズやらハクスラ系のゲームじゃあるまいし。


 しかし何度かの戦闘を経て思ったのは、生物を殺すと血が多量に出るということ。小剣にこびりついた血のりを拭わないと錆びてしまうので、仕方なくタオルを腰から提げてそれで拭いている。


 すでに少しずつ慣れ始めている自分に驚いた。俺は大型の動物を屠殺した経験もないんだけど。もしかして順応性が高い方なんだろうか。あるいはそうするしかないから勝手に覚悟が決まったのかもしれない。勇壮とは違うと思う。死にたくないだけだ。


 深呼吸し、先へと進む。道は多少別れてはいるが複雑ではない。現状、迷うということはなさそうだ。


 またぞろ分岐だ。メモに書き記し、左から進む。


 そろそろ水晶石の光が弱まってきたので、松明に切り替える。デイバックに刺してある、木の棒を手にとる。ボロ布を取り出し油で濡らして木の棒の先端に巻きつける。乾電池着火、する前に、これリュウに頼んだ方がいいかも。


 まさか、リュウが火を吐けるなんてな。これは正直かなり助かる。


「リュウ、悪いけどここに火を吐いてくれるか?」

「キュイー!」


 俺の言葉を聞き、リュウはすぐにブレスを吐いた。

 即座に着火し、松明のできあがりだ。


 一気に明るくなる。水晶二種は便利だが効果的ではない。松明は偉大だな。


 やっぱりリュウは俺の言葉がわかってるよな。賢いというよりは、人語を理解しているという表現が近いような気がする。まあ、犬や猫は言葉を理解してる! とか思いこんでいる飼い主みたいな理論かもだけど。


 水晶石をその場に捨てて、先を急いだ。時刻はまだ昼過ぎだが、悠長にしていては体力が消耗してしまう。


 しばらく歩くと通路の雰囲気が変わった。

 石畳の壁と地面は土壁に変わり、植物の根や岩石で形成され始めた。


「なるほど、土くれの洞穴、ね」


 土壌はほんのり湿っている。じめじめと纏わりつく粘着質な大気が、不快感を煽り始めた。地下なので湿気は多いが、進む毎に不快度が増している気がする。


 土の臭いが鼻につく。豊穣な土地で漂う香りとは違い、なんというか不潔な感じがした。悪臭まではいかないが、決して芳醇ではない。はっきりいって臭い。

 臭いの元が何かわからずに歩を進める。


 服の袖で鼻を覆いながら幾つかの分岐を経ると、やがて広い空間に辿り着いた。


「なんだ、これ」


 土壁に覆われた場所で、自然に作られたのか高低差ができている。


 俺の視線を奪ったのは至る所にある巣のような土の塊だ。俺の腰くらいまでの高さだった。円柱型の住居らしきそれは、ぽっかりと開いた小さな穴以外に外観に目立った特徴はない。


 単純に土を盛ったわけではなさそうで、表面は滑らかだった。外から強い力で叩き固めたのだろうか。それにしてはおうとつが少ない。ともすれば、巨石を削って形を整えたように見える。それほどに、歪な美観さがあった。


 生物の巣。ならばやはりゴブリンか、と思ったが出入口はかなり小さく、リュウでも窮屈なほどだ。ゴブリンだと頭が入るかどうかの広さしかない。


 ならば別の魔物か? 日記にあった兎かとも思ったが多分違う。相当な器用さがなければここまでの巣はできまい。


 俺はそろりと巣に近づいた。そして気づく。悪臭の元はこの巣だ。素材は土だと思うが、加工に何かを塗り付けているらしい。気味が悪くなり、巣から離れて周囲を窺った。


 生物の気配はない。昼には帰巣しない魔物なのかもしれない。


 巣は十近くあった。その中から、得体の知れない生物が這い出る瞬間を想像してしまい、鳥肌が立つ。



 ここに長居はしたくない。しかし進むべきか戻るべきか逡巡した。



 この先に進むとなれば帰りに巣エリアを通る。今は大丈夫でも、帰りにかち合う可能性がある。どんな魔物かわからないが危険度が上がるのは間違いない。


 ただ、ここで帰っても結局進まなければならないのだ。巣までの道のりはわかったから、次に来る時はかなり早く進行できそうではある。


 考えてもきりがないことではあった。


 まだ昼過ぎだ。やはり進もうと思い、俺は巣エリアを通り先へと進んだ。


 ある程度歩くと、再び通路が見えた。幅は三メートルくらい。自室付近の道に比べるとやや狭い。


 俺は松明を前方にかざしながら進んだ。リュウは俺の首に巻きついている。定位置として決定したらしい。俺も暖かいから助かる。


 しかし、不思議だ。ここまで魔物はゴブリンしかいない。なのに、巣はゴブリンのものではなかった。

 ならばゴブリンはこの先に住処を構えていると考えるのが妥当だ。

 しかしそう考えるとあの巣エリアを通って、自室方向へ移動していたということになる。


 だが、自室方向には通路があるだけで何もない。庭に行けるということであれば理解はできるが、ゴブリン達は異界線を越えられないのだ。だったら奴らは何を目的として移動したんだろうか。


 知能は低そうだった。だが、意味なく徘徊するほどではない気がする。


 ファンタジー世界に常識を当てはめられるとは思わないが、理由がないと考えるのも早計だ。一応気にかけておくことにしよう。



 土壁の通路は続く。



 分岐ごとにメモ帳に地図を書き込んでいく。

 ただ、マッピングなんて初めてだったため、段々と歪になっていった。

 感覚的に大まかな距離を縮小して描いたおかげでページからはみ出るわ、既存の場所と重なるわで滅茶苦茶だ。


 やはり、きちんと歩数を数えてから書いた方よかったか。ただ、面倒なんだよな、時間もかかるし。


 巣までの分岐は五つで全ての道は行き止まりまで進んだ。巣からの分岐は三つでまだ行ってない部分もある。


 宝箱とか秘密の部屋とか罠の類は一切ない。そりゃそうだ、人間が作ったわけじゃあるまいし。ゲームじゃないんだ。でも宝箱はちょっと期待している。ないかな……あるといいな……。


 火が弱まっては、ボロ布に油を染みこませて松明に巻きつける。布自体は十枚程度持って来ている。油の量も問題ない。半分は善次郎の所持品、半分は手製だ。


 『アブラナ』のような植物の種を圧搾し、不純物を取り除いただけの『菜種油』に近い。一応食べられるらしい。菜の花に近い分類だ。


 植物性の油は引火点、発火点が高く、食用に使うことが多いみたいだが一昔前では光源に使われたこともあったという。


 いざサバではのびよし君が、松の枝を使い松明を作っていた。松明という名前通り本来は木の棒を使うというよりは、松の枝を削り松脂を燃やしたらしい。


 松脂は汎用性が高いので、あれば助かるが、さすがに庭にはなかったので、菜種油で代用しているということだ。引火点は高いが問題ない。


 時刻は午後四時を回った。途中、敵には遭遇しなかった。


 思ったより時間がかかる。一階層を探索するだけでこれか。善次郎は四階まで行ったらしいが、となると日を何度か跨いだということらしい。徹夜では厳しいだろうから、どこかで休憩したのだろうか。


 日記に目を通すと、一階層の詳しい記述部分は虫に食われていた。魔物やら兎やらの情報はあるのに。


「どうするか……一応毛布はあるけど、こんなところで寝られないぞ」


 いつ魔物に襲われるかわからない状況で寝るなんて豪胆どころか馬鹿だ。気配を感じて目を覚ますよな能力もないし、やはり安全な場所が必要だ。


 今から戻れば何とか深夜前には帰れるだろう。しかし、どちらにしても今後階層をクリアしなければならないし、同じ轍を踏むだろう。ならば拠点となる場所を探しておくのも必要なことだろう。


「ちょっと休憩するか」


「キュッ!」


 リュウも賛成らしい。ずっと歩きづめだったし丁度いいだろう。


 松明を地面に刺して大きめの石で倒れないように固定する。地面に座ると、脚に溜まった疲労が一気に押し寄せた。緊張していた分、気を抜くと疲れの波が押し寄せる。


「ふぅ……」


 俺はペットボトルをあおる。水が喉を潤し、僅かに気分が晴れた。蓋に水を入れて、リュウの口元へ持って行き、飲ませてやった。


 次に、鞄からサツマイモ燻製チップを取り出し咀嚼しながら、リュウにも食べさせた。美味そうに食べている。木の実も好物のようだが、野菜も好きらしい。イモ美味いもんな。


 食料自体は一週間分ある。燻製チップと魚の燻製だ。


 魚は塩漬けしたかったがなかったので水分を飛ばして燻製にしただけだ。味気ないし、保存も長くは持たない。早めに食べた方がいいだろう。


 果糖があるので糖分は問題ない。果物と野菜のおかげで栄養バランスは悪くない。ただ塩分が少ないな。やはり塩結晶が欲しいところだ。肉も食べたい。兎の肉って美味しいんだろうか。


 俺はジビエに対しての忌避感はない。

 屠殺の経験はないけど、多少のグロさなら問題はない。ブラクラ画像なんて見慣れてるしな。ただ、実際に触って捌くのはまた違うんだろう。けれど生きるためなのだから躊躇はない。


 ここの生活はまだ数日だが、食事か漫画か小説を読み返すくらいしか楽しみがなくなっている。いや、ほんと現代は娯楽が一杯あったんだな。痛感した。


 そんなことを考えると、日本に帰りたいという思いが浮かんだ。


 正直、学校では目立たなかったし友人も少なかった。

 好きな娘は一応いたけど、半ば無視されていたというか接点がほぼなかった。隣人だったんだけど、その強みを活かす勇気は俺にはなかった。今では本当に好きだったのか疑問だった。


 俺はスクールカースト的には下位に位置していた。学校や友人に強い思い入れはない。寂しいと思う反面、しばらくすると忘れるくらいの希薄な関係だった。一人、比較的仲の良い奴がいたけど、多分あいつも俺のことを忘れるだろう。


 家族のことは気になる。普通の家族だったけど、いなくなると大切さが身に染みてわかった。俺は一人っ子だから、母さんと父さんは心配していると思う。良くも悪くも普通の両親だったから。


 仮に戻れたとして、いつになるのか。数年経ってからなら、俺はどうなるんだろうか。現在、俺は高校二年生だ。一人、異世界に迷い込んで帰還し、真っ当な生活に戻れるんだろうか。


 まだ数日だ。


 しかし、一日進む毎に、この世界から帰れるという可能性を低くしている気がする。何もせずとも日本に帰ることはできないのではないか、そう考えたから行動している。


 いや、生きたい、死にたくないから、という動機が正しいかもしれない。仮に俺の安全が保障されていたら、帰りたいとあまり強く思わなかったのだろうか。


 どちらにしても、この場所は最悪だ。


「さ、行くか」


「ンキュイ!」


 小さな相棒がいてくれるおかげで気持ちは軽くなる。


 俺は運がいい。もしも一人だったら、ここまで来るには相当な精神的な苦労があっただろうから。


 リュウは再び首に巻きつく。


 俺はリュウの頭を優しく撫でた後、松明を手に先へ進んだ。


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