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相棒

 ――死んだな、これ。


 脳裏をよぎった言葉に、俺は感情を抱く前に肯定した。


 だが、


「キュイ!」


 という鳴き声と共に、イヌモドキが横からゴブリンに体当たりした。


 無意識だった。体勢をほんの少しだけ崩したゴブリンが、怒りのままにイヌモドキを殴りつける動作と、俺が横っ飛びして地面に転がっている手槍を手にしたのはまったく同時だった。


 そして連なる行動。奴は俺を見ようと首を動かす。俺は手槍を後ろに引きながら、左手に持っていた水晶石をゴブリンの眼前に放る。


 ゴブリンが眩しさに瞼を閉じた。だが、奴は振り返ると共に、小剣で薙いでいた。俺の姿を見ずとも大体の位置を把握し、斬りつけようという算段だろう。それは俺の予想外の行動だった。


 小剣が半月を描く。


 俺は手槍を押し出すことを止め、地面に倒れ込んだ。

 おかげで凶刃を回避できたが、代わりに手槍を落としてしまう。


 手槍は小剣に弾かれて遠くへ転がった。拾いに戻るには、もがいている棍棒ゴブリンとの位置が近すぎる。

 足をとられる可能性を考えると、あちらは危険だ。


 俺は反射的に最初に殺したゴブリンの方向へ転がった。奴の手元には鉈がある。


 視界は悪い。水晶石は一つ。おかげでちょっとした障害物があれば光は遮られてしまう。そのせいで、上手く見えなかったが、なんとか鉈を手にし、振り返った。


 ゴブリンが小剣を振り下ろす光景が目に入った瞬間、俺は鉈を掲げる。


 ガキッと耳障りな交錯の一幕。腕に伝わる膂力は強い殺意を伝播した。


 漫画や映画だと軽々と受けているが、実際受け止めてみると尋常ではない力が作用してることがわかった。手首から肩骨を通り、背骨に響く衝撃の波に、俺は怖気を抱く。


 右手は柄、左手は刀身部分を押しながら圧力に耐えている。本来は両手で柄を持ち、剣戟に挑むわけだが、冗談ではない。間違いなく相当な握力と腕力がいる。


 無理。現代っ子じゃ無理。長年鍛錬しているか、人外の類じゃないと無理!

 小刻みに痙攣しながらなんとか耐えているが、ピシッと鉈にひびが入った。



 手入れしとけよ!



 体重を押し付けられ俺は背を反った。


 小柄な身体なのにどこからこんな力が湧いてくるのか。野生の力という奴か、俺は圧倒されてしまっていた。


 裂帛の叫び声と共にゴブリンは俺の命を刈り取ることに執心した。


「ぐっ、くそっ!」


 自らを叱咤する意味もあって、舌打ちをしたが力の差は埋まらない。


「キ、キュイ……」


 イヌモドキは健気にも震えながら立ち上がり、ゴブリンの背中を睨み付けた。痛みからなのかと思ったが、どうやら恐怖心かららしい。


 俺はその姿を見て、思わず叫ぶ。


「逃げ、ろっての!」


 俺の言葉を無視して、イヌモドキはゴブリンの背中に飛びかかる。首筋に噛みつくと、ゴブリンは青筋を立てて暴れまわった。振り払われた腕がイヌモドキの身体に当たってしまう。


「キュイ!?」


 地面に叩きつけられ何度も転がると、壁際で止まった。


 俺はゴブリンの隙を見逃さずに、鉈に込めていた力を抜いて、半身になりながら横へ移動。斜めに一歩踏み出すと同時に、鉈をゴブリンの首めがけて薙いだ。


「グギャ!」


 横一文字の一閃にゴブリンは対抗手段を持たず、疑問符を浮かべつつその場に倒れた。首からはどす黒い血液が流れ、地面を濡らしていた。


 腹を銃弾で貫かれたゴブリンもすでに死んでおり生命活動を停止していた。


 俺は三体の絶命を確認し、激しく鼓動を繰り返す心臓を諌めた。


「はぁはぁはぁ! お、終わった、のか」


 死ぬところだった。何度も死にかけた。ゾクッと総毛立った。一歩間違えれば善次郎と同じ一途を辿っていたのだ。


 拳銃の存在がなければまず負けていた。俺は善次郎に強く感謝した。


 限界の七発まで装填しておけば問題はなかった。またしても自らの迂闊さを露呈してしまった。焦っていても、常に万全で居られるようにしなければ。


 恐怖と高揚と安堵が一気に胸中を駆け巡る。


 俺はイヌモドキの元へ向かった。


 小さな体はふるふると痙攣している。外傷はないが、全身を強く打っているのだ。治療が必要だろう。


 俺は小剣と水晶石を手にして、イヌモドキを抱えた。手槍は満身創痍だし、棍棒と鉈は使えそうにない。死体のことは後で考えるとして、一先ず部屋に戻ろう。


「ありがとな、助かったよ」


「キュ……イ……」


 こんな体で立ち向かってくれたのだ。俺を助けようとしていた。逃げていたはずなのに、勇気を出して戦った。その姿が瞼の裏に焼き付いて離れなかった。


 俺は感謝の念と共に、急ぎ部屋に戻った。

 

   ●●


 翌日。床で目を覚ました俺は、部屋を見回した。


 机の上にあるガラスのコップが淡く光っている。

 中には水に浸らせた水晶樹が入っている。

 善次郎の日記に書いていたように、かなり長持ちするようだ。


 スマホの時刻を見るに、八時間は経過している。

 松明よりは、水晶樹の枝を幾つも所持して水に浸す方法がいいかもしれない。ただそうなるとペットボトルを使うことになるため、水を所持できない。遠出は難しいだろう。


 俺は立ち上がり、ドアを開けて外の様子を確認する。

 通路が伸びている。

 やはり、一夜明ければ元の場所に戻っている、というようなことはないらしい。淡い期待は露と消えた。しかし覚悟を決めていた俺は小さく嘆息すると部屋に戻る。


 ベッドの上にはイヌモドキが寝ている。身体自体は小さいが、尻尾が長いため、ベッドを完全に占領している。床で寝かせるのは少し気が引けたため寝具を貸したのだが、背中が痛い。


 俺はイヌモドキに近づき、様子を窺った。


 簡単な処置はしたが、医療の知識は俺にはほとんどない。


 せいぜい、いざサバに書いてあった応急処置の方法を参考にするだけだ。骨折、打撲、裂傷、病気などの処置方法があったが、当然ながら人間向けであり、薬に活用できる植物はない。結局、消毒して包帯を巻くくらいしかできなかった。


 しかしいつまでもイヌモドキだと呼びにくい。犬に、おい犬! って言ってる感じだ。俺が滑って空気が漂う気がして虚しい。


「名前、つけないとな」


「キュ……ンキュ」


 小声のつもりだったが、起こしてしまったらしい。


 緩慢に瞼を開けたイヌモドキは明らかに衰弱している。昨夜は魚や木の実を磨り潰して食べさせようとしたが、目を覚まさなかったため食事ができていない。


「んー、そうだな。名前は――キュキュ、キュイ、イキュって鳴き声に影響受け過ぎか。外見は愛玩動物っぽいけど、逆に強そうな名前とか。トラ、ライオン、リュウ……リュウがいいかも」


「キュキュ」


「ん? お、少し元気になったか? リュウがいいか?」


「キュ!」


 命名されたと理解しているらしい。なんとも賢い動物だ。俺を助けようとしてくれたし、義理も厚い優しい種類なのかもしれないな。分類で考えるのはリュウに失礼か。


 リュウが優しく勇敢な子なんだろう。


「ちょっと待ってろ、水と木の実、持ってくるからな」


「……キュ」


 言葉を理解しているわけではないだろうが、返事をするような鳴き声に、俺は思わず笑みをこぼした。


 庭へ行き、水晶樹の枝を数本と赤と青の木の実を採取した。


 赤は『ノイバラ』というバラ科の木の実に近く、青は『ジャシャンボ』というツツジ科の木の実に近い。両方とも甘みがあって美味だ。

 ただし数は少ないし実も大きくはない。これも善次郎の日記に書いてあった。


 俺は歩きながら実を頬張り、自室に戻った。


 リュウの口元にノイバラを差し出すと、鼻を何度か鳴らし、かぷっと咥えた。そのまま口の中で何度か咀嚼すると嚥下した。


「美味いか?」


「キュ」


 どうやら、まあまあらしい。


 何粒か与えると、顔を逸らした。もう満腹になったか。


 余った木の実は俺の胃袋に放り込んだ。味気ない朝食だが、資源が少ないこの場所ではこれが限界だ。ああ、パンかご飯食べたい。塩分が欲しい。


 やはり食糧事情の改善は急務だ。このまま食事が質素でありつづければ、気力が削がれていきそうだ。

 となると塩結晶と兎の入手が優先か。


 塩結晶は、鉱石のような形状をしている塩分を含んだ結晶らしい。

 万歳、ファンタジー!


 しかし塩結晶はこの階、『土くれの洞穴』の一階をしばらく進んだ場所にあるらしい。善次郎が命名したんだ。俺じゃない。個人的にはちょっと中二病ぽくて好きだけどな。


 そして便宜上この階を『一階、1F』とした。地下だが、ここが地下何階なのかわからないため、基点をこの階にした方がいいと考えたからだ。


 情報は四階まである。ただ情報を鵜呑みにするのは危険なので、まずは準備をしっかりすることが肝要だ。


 一度、経験を得たおかげかゴブリンと戦う覚悟は多少できていた。多分、リュウの存在も大きい。自分を助けてくれたという事実は勇気を与えてくれた。


 一先ず、軍刀の手入れは終わった。見事に錆は落とされ、苦労はしたが研磨も終えた。ただ、完全な素人の俺が行ったため、上手くはできてないだろう。軍刀は細く頑強ではない。一応所持する程度で主力にするのは心許ない。


 やはりゴブリンから奪った小剣を中心に扱う方がよさそうだ。銃は弾に制限がある。相手が複数である場合、相手が明らかに俺よりも手練れな場合にだけ使用することにした。


 手槍も破壊されてしまったしな。やはり手製の武器では頼りなさ過ぎる。命を預ける気にはなれない。


 とりあえず、日記にあったイモを探すことにした。


「ちょっと出てくるな」


「……ン、キュ」


 俺は優しくリュウを撫でると、デイパックを背負った。中には日記が入っている。そして腰にはナイフを携えた。皮のシースに入っているため持ち運びも容易だ。


 新しい水晶樹の入ったコップを手に、部屋を出て庭へ向かった。


 スコップなんてないので素手で掘ることになる。


 俺は日記に目を通した。どうやらイモは大木付近に生息しているようだ。


 庭は大して広くない。見回って巨木を幾つか探すと、周囲を掘ってみた。土壌はやや水気があり、掘りやすい。栄養価が高そうな土だ。そういえばミミズも繁殖していたし、作物が育ちやすいのかもしれない。


 三十センチほど掘ると、異物の感触がした。


「お、あったか?」


 何度か掘ると紫色の顔が現れた。


 イモって『ジャガイモ』を想像していたけど、まさか『サツマイモ』とは。しかし、見た目がサツマイモでも同じ味とは限らない。日記では甘みがあり栄養価も高く重宝するとあるが。



 ふと疑問に思った。



 善次郎が死んでからここは放置されていたから、人がいた気配がないのだろうか。それにしては全くなさすぎる気がした。


 確か善次郎が死去した日は一九八九年。二○一五年から二十六年前。自然の成長を鑑みるに善次郎の生活の営みが残っている可能性は低い、のか?


 そんなものか、と俺は疑問に蓋をして再度イモ掘りに勤しんだ。


 とりあえず三本収穫した。地球とは生態系が違うらしく、一つの根に一つしか生っていない。数が少ないため、乱獲は禁物のようだ。


 サツマイモは保存をきっちりすれば数か月持つ。



 焼いてよし、揚げてよし、煮てよし、干してよし、万能食材サツマイモ! ありがとうサツマイモ! 準完全食品SATSUMAIMO!



 おっと食料事情が豊かになりつつある現状に、嬉しさがほとばしってしまった。


 ただ早い段階で別の食料がある場所を探さなければいけないのは変わらない。


 魚と木の実、イモがここで得られる食料だ。ただすべて数が少ない。魚は恐らく数十匹。持って十日。木の実は数も量も少ない。


 イモもすべて掘り起こしても暴食してしまえばすぐになくなるかもしれない。圧倒的に食料が不足している。ただ、昨日のように一日一日を過ごせるのかという懸念はなくなった。


 とりあえず一カ月程度は大丈夫なのだ。


 ならば、まずは更なる資源のある場所を探すしかあるまい。


 とはいえ、さすがにリュウを残しての遠出はしたくない。何があるかわからないし、せめてリュウが元気になって、自分で動き回るくらいになってから出ることにしよう。


 俺はそう決意し、えっさほいさと、再びイモ掘りを続けた。

 

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