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サバイバル初級編 第一章

 部屋に戻った俺は、一先ず現状を整理することにした。


 まずここは日本でも地球でもないと思う。庭の植物や鉱石、ゴブリンの存在が別の世界だという証拠になっている。


 あらゆる可能性を考えれば違う答えが出るかもしれないが、俺の手の中にある証拠を根拠とするならば、異世界という考えが妥当だろう。


 次に俺がなぜここにいるのか。これは保留だ。

 夜寝て、朝起きたら部屋ごと転移し、異世界にいたというだけ。

 思い返しても切っ掛けがあったとは思えない。


 神様やそれに類する存在にもあっていない。罰当たりなこともしていないし、事故や自殺で死んでもいない。普通に生活の中で、非現実な現象に巻き込まれただけだ。


 非現実という言葉と共に浮かぶ何かがあったが、さすがに関連性が浮かばないので、忘却の彼方に放棄した。


 では、俺がすべきことを考えよう。



 一つ、生きること。



 日本にいた時のように親が助けてくれるわけではない。すべて自分で面倒を見なければならない。幸いにして寝床と衣服は確保できている。


 あまり考えたくはないが排泄も土や植物や水があるので、ここにいる限りは大丈夫だ。


 問題は食事だ。


 木の実があるので多少は胃を膨らませることはできるかもしれない。だが、量が多いとは言えないし、何より食べられるのか、あるいは可食部分があるのかどうかもわからない。


 どうしても毒見は必要になる。その方法は今のところ浮かんでいないので、有力なのは口に含んで、舌先で舐めたあと即座に吐き出した後、時間を置く、という方法しかない。かなり恐ろしいが、餓死よりはマシだろう。


 魚がいたのは確認した。しかし数は少なかったため、木の実と同様に主食にするのは厳しそうだ。


 動物はどうだろうか。木々は茂っていたし、物陰に潜んでいる可能性はある。土の中に何かしらの生物がいるかもしれない。


 次に草木。ゴボウやタケノコ、イモのような形状の植物もあるかもしれない。もし地球と同じような形状の野菜があったとして、植物図鑑があれば参考にできるかもしれない。


 部屋の中を探すにしても、スマホのライトを使い続けるのは無謀だ。


 俺は庭に行き、水晶石を両脇に抱えて持ち運んだ。途中、通路に落としながら、部屋に戻ると、部屋の四隅と中央、それに手元に二つ水晶石を位置させる。これで明かりは十分だ。一つ一つは結構重いので、移動の際にはあまり使えない手段だけど。


 水晶石の発光時間も確認しておきたい。スマホを見ると、現在は午前八時四十分だった。起床して、まだ一時間ちょっとか。


「……とりあえず本を見てみるか」


 俺は本棚に視線を移す。


 漫画やラノベが大半だが、中には小説と参考書、実用書、そして図鑑や辞書があった。


 使えそうなのは『いざという時に役立つサバイバル術! 初級編』『いざという時に役立つサバイバル術! 中級編』『いざという時に役立つサバイバル術! 上級編』『読めばズイズイわかる植物図鑑!』『新海洋生物大全』『世界の魔物三百六十選』『魔女の全てを描いた図鑑』『世界の武器』くらいか。


 うーん、一応高校の教科書は机の引出しの中にあるけど、物理や化学、家庭科は役に立つかもしれない。それ以外は生きるのに必要とは思えない。


 中に軽く目を通したが、サバイバル術は結構役に立つかも知らない。ただ、ここは現代と違い、活用できるものが部屋の中と庭ぐらいにしかない。その中でどうにかやりくりするしかなさそうだ。



 とりあえず書籍関連は置いておこう。



 食料問題は最重要事項だが、まずは他の部分を消化する。


 部屋にあるものを一つ一つ確認することにする。


 机、椅子、クローゼット、カラーボックス、ベッド、本棚、ゴミ箱に小さなテーブル、クッション。高校指定の鞄。天井の電灯に窓ガラス、カーテン。エアコン、デスクトップパソコンあとは生活用品が主だな。


 机の中。筆記用具、ハサミ、カッター、彫刻刀、十五センチの定規、糊、ノートが数冊、教科書。後は学校のプリント、セロハンテープとなぜかガムテープ。


 次いで、クローゼットの中。


 春夏秋冬の衣服が入っており、段ボールが数個。中には小物や雑貨だ。裁縫道具や木工道具、ドライバーなどの工具、絵具もある。これは中学生の時に使っていた奴だな。あとは鞄が複数個。


 デイパックとウエストポーチ、ヒップバッグにボトルポーチ辺りは今後かなり役立ちそうだ。多分、全部身に着けても問題はなく持ち運べる。



 ちなみに健全な男子必需品という名の、エロ本は持っていない。なぜって?



 PCがあるからさ!



 現代っ子最高!

 


 イヤッフゥゥ!



 ――もう、電気が使えないんだけどな、はは、はぁ。



 なんとか気力を振り絞ってバカなことを考えてみたが、意味はなかった。



 さっさと次に移ろう。



 カラーボックスの中には下着、別の箱の中には雑貨が入っている。

 スマホの充電機があった。これで少しは長持ちする。


 ただ、現状ライト以外でスマホが必要な場面はない。電源を切っても、少しずつバッテリーが減ることを考えても、あまり温存しても意味はないかもしれない。


 電化製品はただの鉄くずだ。大体が鉄でさえないが。コードを縄のように使えなくはないかもしれない。強度は不安だけど。


 ゴミ箱は、洗えば容器として使えそうだ。ゴミ袋は前日に捨てているのでゴミは入っていない。


 高校鞄の中には筆記用具と教科書、ペットボトル、ガムが入ってあった。ガムはほとんど残っている。空腹を誤魔化すくらいはできそうだ。透明の容器は希少なので助かる。


 とりあえずはこれくらいか。


 思ったより、自分の部屋だけだと生きるのに必要なものはほとんどない。火を起こす道具とか調理器具があれば助かったんだけど、贅沢は言ってられないか。


 あと、できれば靴が欲しいところだ。

 スリッパも置いてきてしまったし、そのまま履いていてもすぐに摩耗しただろう。靴に関しては自作するしかない。

 とりあえず靴下はあるし、少しは防げるわけだから、今は良いか。


 ここまでは現状維持という条件の元に考えた問題提起だ。そしてここからは、俺の目的を定めることになる。



 つまり、ここからどうやって脱出するか、だ。



 どう考えても、ここに滞在して元の場所に戻るとは思えない。可能性はゼロではないが、こんな状況が覆るとは到底思えなかった。

 だとすれば、やはりゴブリンがいた方向に行って、先に何があるのか確認するしかない。


 ここが洞窟のような場所だとしたら必ず出入口はあるはずだ。ならば進む以外に方法はないだろう。


 この場所はある程度、設備は整っている。だが、生きるには難しい場所だ。食料の少なさ、時間による俺の心神耗弱具合、病気発症の危険性、自然災害の発生。完全に一人で生きていくのは困難であることは紛うことなき事実だ。



 だがそれには大きな問題が立ちはだかっている。



 ゴブリンの存在。そして一体いるのだから、複数体は存在しているということ。他の種類もいるかもしれない。俺は便宜上、奴らを『魔物』と呼称することにした。


 ゴブリン自体は対応と心構えをきちんとすれば勝てそうだとは思うが、武器がない。


 ちなみに、俺は実は何とか流派の跡取りとか、喧嘩殺法を自ら開発するくらいに連戦連勝している不良だとか、秘密結社に改造されたりして超能力に目覚めたとか、美少女に助けられて能力を与えられたとか、神様によって転生させられたとかはない。


「いや、待てよ、こんな状況だ。もしかしたら、俺には力が……?」


 俺は両手を見下ろした。気づいていないだけで、俺は力を手に入れてしまっているのでは。俺は試しに目を閉じ、体内に廻る力の奔流を感じとろうとした。が、ない。


 やはり、堅実に武器を作るしかなさそうだ。


 彫刻刀とクローゼットのアルミ棒とガムテープあたりを上手く使えば槍程度は作れるかもしれない。強度には不安が残るが、やらないよりはマシか。槍なら時間をかければ湖の魚も獲れるかもしれないと思い、まずは槍の作成をすることにした。


 クローゼットに備え付けられている棒を、工具を使って取り外した。太さは丁度良く、手の大きさにぴったりだ。


 次に、一番刃渡りが大きい彫刻刀を先端に取り付け、ガムテープを巻きつける。心許ないので、やや細めのコードも上から巻きつけておいた。


 長さは百二十センチくらい。

 多少短いが『手槍』としては十分だろう。あまり長いと扱いにくいし、素人の俺にはこれぐらいが丁度良さそうだ。

 重量は軽く、長く使えるような作りではない。


 他にも何か準備をした方がいいかもしれないと思い、俺は木製のテーブルを、木工用具の糸鋸で円状に切った。不格好だったが、端を彫刻刀で可能な限り平坦にして整えることで多少見映えが良くなった。


 テーブルの脚を一つ根元から切り、彫刻刀で削って形作る。一時間の奮闘の後、思い通りの形になったので、円状の木板の中央に置いて、端に釘を打った。

 四本の釘で固定された木板は『木盾』となった。表面全体で受ければ何度かは攻撃を防げそうだ。大きさは俺の胴体程度なので、扱いも簡単ではある。



 いつの間にか時間が十一時三十分になっていた。



 食事をどうにかしないといけない。


 忘却の彼方に押しやっていたが、火を準備できないのが致命的だ。木の実を集めて食べるのもいいが、まずは実績も欲しいし、釣果を得たいところだ。


 手槍を持ち、ゴミ箱もとい、『容器』を手に、庭に行こうと思ったが、手槍を見て思った。


「これ……水に弱いよな」


 ガムテープにコードで補強しているのだ。たぶん、濡れたら先端が外れる。



 だめだな、これは。



 大きめの石を湖に投げて、衝撃波で気絶させるという手もあるが、生態系を考えるとやりたくない。


「そう言えば、釣竿とかあったような」


 昔バス釣りが流行った時期があった。その時に一式を購入したような気がする。やってないけど。


 しかしクローゼットの中にはなかった。さっき探した時に見つからなかったのだから当然だろう。ただ、糸は幾つかあった。糸釣りはできそうだ。


 手槍を置いて、容器に釣り糸を入れた。ボトルバックを腰につけて、一応ウエストポーチも装着する。中にはカッターを入れておいた。何かと刃物は必要になる。

 と、出る前に火をどうにかしないといけない。



 俺は『いざという時に役立つサバイバル術! 初級編』を手に取った。面倒なので今後は『いざサバ』という略称を使う。

 中に目を通すと、目が死んでいる少年がいた。彼が主人公のようだ。


 名は『のびよし君』という、メガネで短パン姿をしている。彼が漂流したところから始まるようだ。物語形式で描かれているらしく、コミカル調だった。ただし主人公は色々な意味で危険な感じがするが。


 無人島を舞台にしているようで、浜辺に打ち上げられた、のびよし君は泣きながらママやド○え○ん、と叫んでいる。某作者の名前は書かれていない。おい、許可とれ。


 まずは、浜辺にある漂流物を集めるのびよし君。その中から使えるものを探し、これからどうしようか悩んでいるようだ。中々、というかかなり逞しい。この少年はかなり優秀なようだ。


 他に人はいない。そんな中でのびよし君のサバイバル生活が始まる。というところでプロローグは終わった。なんか読み物としても面白そうだ。



 おっときちんと読んでいる暇はないんだった。



 目次をみるとやはり、火の起こし方が書いてあった。どうやら何種類かあるようだ。


「なるほど」


 錐状の道具を使った方法、日光を使った方法など定番が並ぶ中、乾電池を使う方法というのが目に入った。


 のびよし君は色々と試行錯誤した末、乾電池を着火剤として使えないかと考え付いた。


『そうだ! 銀紙は導線にしてショートさせたら燃える、とかなんとか先生が言ってなかったかしら』


 こいつ天才かよ。見たところ小学生くらいに見えるけど。

 のびよし君は俺のツッコみを涼しい顔で受けつつ、手際よく火を起こした。


 なるほど、本当に火が起こるのか、試してみる価値はあるか。


「何々、まず長方形の銀紙を用意します。チューインガムの形状が最も適しています。縦にして真ん中の両端をハサミなどで斬り、砂時計のように中央が細くなるようにします。

 乾電池のプラスの部分を銀紙に、マイナス部分を紙が当たるように捻って繋げます。すぐに発火しますので着火したら銀紙を離しましょう、か」


 ガムはあったな。乾電池はマウスかキーボードに入ってる奴を使うか。

 用意するとポケットに入れてから庭に向かった。


 部屋よりも光源が多く、落ち着く。空気も澄んでいるから、気分も少しは晴れる。今後を考えると気落ちしそうだが、無視することにした。


 俺は湖のほとりに行くと、容器を置き、釣り針を手にした。

 容器を湖で洗うと、中に水を入れた。


「あ、餌がないな」


 土があるなら虫がいる。ミミズがいれば助かるんだけど。


 俺は湖から少し離れた土壌を適当に掘り起こしてみた。土に栄養が豊富ならミミズくらいすぐに見つかる。ただここは地球じゃないんだよな。異世界にもいるんだろうか。


 俺は土を掘り起こし、岩を裏返したりした。すると、ミミズに近い形状の虫を数匹見つけることができた。


 毒があるかもしれない、と警戒心が顔を出したが、考えてみれば地球にいた時も、大して気にせず虫とかに触っていた気がするので、まあいいかと思い素手で掴んだ。まさか、アマゾンじゃあるまいし、そこら中に毒虫が蠢いたりはしていまい。


 ミミズはゴカイに近く、口がパカッと開いたりしている。うん、かなりキモイ。

 まあ、さすがに気持ち悪さから叫んだり投げたりはしない。耐えられる気持ち悪さだ。


 湖に戻るとミミズを釣り針に突きさした。糸を右手に何重か巻きつけて、針を投げた。


 湖自体は五十メートル程度の広さで、壁際には滝がある。ただ小規模なので、さほどうるさくはなく、むしろ心地いい。


 獲物がかかるのを待ちながら、俺はぼーっと空を見上げる。閉塞空間ながら、どこかほっとさせてくれる空気が漂う。


 静かだ。滝音しかしない。ああ、そうか。何か違和感があると思ったけど、ここには動物の鳴き声がないのか。

 ということはあの天井の先は外に繋がってはいないのだろうか。そんなことを考えていると、僅かに手元に震動が伝わった。



 来た!



 俺は立ち上がり、糸を両手で手繰り寄せた。引きはあまり強くはない。これならこのまま釣り上げられそうだ。


 水面に魚らしき姿が見える。まあまあの大きさだ。


 リズミカルに糸を巻き、ついには釣り上げた。

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