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竜胆芯

 あの男子が失踪してから数週間が経過した。


 すでに教室で彼の話が出ることはなくなり、早い段階で失踪届を提出したらしいという話を風のうわさで聞いた。それだけだ。それ以外で彼の話題は出なかった。


 妹の悠李は彼の失踪を知り、落ち込んでいたが、数日で通常通りに戻った。ひょっとしたら内心はまだ気にしているのかもしれないが。


 猫村の様子はいつも通りだった。飄々とし、軽妙な口調で、色々な生徒と仲良くしている。あの表情は気のせいだったのか、と花凛はなぜか少しだけ落胆した。


 今は下校時、一人で帰路に就いていた。家の前に到着すると、何となく足を止めた。


 見上げると隣の家が見える。彼の部屋は自室の正面だ。カーテンが閉まって中は見えない。失踪した夜、違和感はなかった。不穏な音も聞こえなかった。部屋にはいたらしいから、夜半時に窓から出たのだろうか。



 花凛は何となく隣家へ向かった。



 感慨はない。感傷に浸ってもいない。けれど、なぜか彼のことが頭から離れない。


 彼が嫌いだった。へらへらとした顔が嫌いだった。影の薄さが嫌いだった。自分と同じ、普通であるということが嫌いだった。単なる同族嫌悪だと気づいたのは最近のことだ。別に彼から何かされたわけでもない。なのに一方的に嫌っていた。


 彼がいなくなって罪悪感で胸が締め付けられている。

 好きではなかった。けれど普通に話すくらいはしてもよかったのではないか。


 彼の家を前に、花凛は思わず呟いた。


「私、最低だ」


 猫村の気持ちが少しわかる。

 いなくなった人間に謝ることはできない。


 仮に卒業したり、転校したりして徐々に疎遠になればこんな気持ちにはならなかっただろう。それくらいには希薄な関係性だし、多くの人間がそういうものだ。花凛もご多分に漏れずそうだった。


 けれど、突然いなくなった。

 必然的にその人間の印象は強くなり、どのような接し方をしていたのかということを思い知らされる。


 関連がなければ、他の生徒のように忘れてしまっていただろう。けれど、花凛は彼の好意を感じて冷たい態度をとり、あからさまに拒絶していた。


 猫村は彼を友人だと思っていたのに、面白半分で話したウロボに関わり失踪したのではと考え、自分を責めている。

 それはかなり思い込みが強いと言える。


 だが、それをただの勘違いと考えられるほどに、薄い関係ではなかったらしい。少なくとも猫村はそうだった。


 花凛は悩んだ。自分にできることはないかと考えた。そして、せめて彼という人間を少しでも知ろうという考えに行きついた。


 花凛は家の前で佇む。なぜか恐ろしかった。


 必死で目を逸らし続けていたのに、彼がいなくなったことで彼を知ろうとしている。今まで通り自分とは関係ないと無視し続ければいずれ忘れるはずだ。それなのに、わざわざ苦しむ方向へ進もうとしている。


 普通で何の特徴もない自分が嫌いだった。

 巴の真っ直ぐな性格を見て、瑠璃のおしとやかで柔らかい雰囲気を見て、悠李の優しさと健気さを見て、自分はどうなのかと比べ、そして自嘲した。


 卑屈になり、それでも何かあるはずと期待した。努力も行動もせず、価値を求めた。そんなものはありもしないのに。


 ならばせめて、自分の価値を見出してくれた人のことを、少しでも知ろうと思ったのだ。


 日常に生まれた亀裂によって、花凛の中に小さな意欲が生まれた。


 花凛は大きく息を吸い込み、心を落ち着けた。たった、名前を知るだけのことだ。何度も耳にはしていたはず。けれど無意識の内に拒絶していた。今日は自ら知ろうとしてる。


 花凛はしばらく地面に視線を落としていた。そして意を決し、隣家の表札を見た。



 そこには『竜胆りんどう』と書かれていた。



   ●●


 友人である『竜胆芯りんどうしん』の失踪から一ヶ月。


 彼、猫村一紀は表面上にはいつも通りの生活をしていた。


 学校では人当たりよく、くだらない話をして周囲を笑わせたりして、円滑な人間関係を維持している。けれど、それは表向き。内心ではまだ芯の捜索を諦めていない。


 猫村は自室のPC前でひたすらにページをスクロールしている。


 部屋の中には漫画やラノベ、ゲーム、フィギュアなどのエンタメ系の趣味丸だしな娯楽品が並んでいる。


 彼は世間一般的に言えばオタクだ。本人は大して造詣があるわけでもないので、所詮趣味程度だと思っている。


 猫村がオタクだと考えるのは『ある分野において人一倍詳しく好奇心があること』だと考えている。極端に言えば学者はそれぞれの分野のオタクだ。


 しかし昨今、オタクはアニメやゲームなどの娯楽を嗜好する人間の総称とされている。

 ならばミリオタ、鉄道オタク、アイドルオタクはどうだ。山が好きで詳しいなら山オタクではないのか。車が好きなら車オタクだ。


 だが、オタクという総称は包括的に蔑称のような印象が強い。誰かに迷惑をかけているのであればまだしも、個人の趣味嗜好を順位づけるという感覚が猫村にはわからなかった。


 その意味合いを知っている人間は、人に軽々しくアニメが好き、ゲームが好きとは言わない。話してもライトな部分しか知らないという演技が必要だ。


 浅い部分ならば博識で通るからだ。いわゆるファッションオタクである。なんとも馬鹿らしい価値観だが、そういう人間が多いと、それが常識になってしまうのだから仕方がない。


 猫村と芯の出会いは、隣町にある個人のゲームショップだった。そこではフラゲができるので、猫村は重宝していた。


 普段、誰にも見つからないように慎重に行動し、オタクを隠していた猫村だったが、その日は芯と出会ってしまった。


 どうやら彼もそれなりに嗜むらしかった。別のクラスの人間ならばまだよかったが同じクラスとなると誤魔化すのは困難だった。


 仮に吹聴されても、誤魔化す話術は持ち合わせていると自負していた。しかし、多少なりとも不安があった。今の立ち位置が崩れるのを良しとはしなかった。ならばやはり口止めはしておいた方がいいだろうか、と猫村は考えた。


 どうやって黙っていてもらおうかと思案したが、芯は誰かに話すようなことをしなかった。


 友達があまりいないというのもあったが、それとなく彼と話すようになった猫村は、竜胆芯という男は自分に自信がなく普通な人間であると知っており、それを受け入れている人間だと理解した。


 その上で、彼はとても他人の感情の機微に鋭く、気が回ると気づいた。自分とは似ていないのに、根本では酷似していると思った。


 その日から少しずつ話すようになった。


 猫村は芯に対し好意を抱いたが、高い壁を感じてもいた。どうやら芯は人との距離を一定のまま保つようにしているらしい。

 だからこそ、信用できるとも思った。


 誰彼かまわず尻尾を振るような人間ばかりの中で、そうすることしかできないのではなく、自分の意思でそうすることの難しさを猫村は知っていた。


 まだ半年程度の付き合いだったが、彼とは長い付き合いができるかもしれないと思っていたのに。



 彼は消えた。



 薄い関係を築き、円滑な学校生活を営むことを良しとしていた猫村が、始めて友人と呼べる人間ができそうだと思ったのだ。


 しかも、軽々しくも同時期に起こった超常現象的な出来事に思いを馳せ、芯にも話した。もしも、彼が巻き込まれたのなら、何らかの方法でウロボの不可思議な現象の犠牲になったとしたら。


 突然現れたのだから、突然消えることもありえるのではないか。


 最初は、いくらなんでも飛躍し過ぎだと自分でも思った。

 しかし、調査を始めると、色々と不穏な情報が目に入った。テレビ、新聞、雑誌、まとめサイト、各種ニュースサイト、大規模掲示板などから、ウロボロスに関しての情報を集めていた。



 特に、混沌としつつも情報が多かったのは大規模掲示板、6chだ。


 猫村は時間を惜しんで多種多様なサイトに目を通した。


 今はウロボロスネットと呼ばれる、最近アクセス数が増えている、個人レンタルサーバーのサイト、そこのチャットルームにログインしていた。




 2016年11月11日 01:23:33――


【ねこまんま】『――特異行方不明者の内、ここ数年で突然、姿を消した人間が増えてんだよ。形跡を残さず、財布や携帯電話どころか服もそのままで姿だけ消すらしい。当然、全員が見つかってない』


【ねこまんま】『自殺や事件に巻き込まれているという見解が濃厚だったけど、最近では同条件の行方不明者が続出していたんだってさ』


【自宅巡回員】『夢遊病じゃないか?』


【とっとと寝太郎】『見つかってないって言ってるだろ。夢遊病なら最低でも一部は見つかるわ』


【自宅巡回員】『だったら悪戯だろ。計画的なドッキリみたいな』


【貴婦人】『それか蒸発を隠すための仕掛けとかじゃないかしら?』


【とっとと寝太郎】『特異行方不明者だっての。悪戯やドッキリで行方不明になるってどんだけ人生賭けてんだよ』


【ねこまんま】『それに蒸発を隠すための仕掛けって線はないと思う。俺が調べた限りでは十五から、高齢でも二十代後半までだった。

 いじめを受けたり、借金とか精神的、肉体的負担、その他、大きな問題を抱えていたりしていた人もいたけど、ほんの一部だったみたいだな。大体は普通の人だったみたいだ』


【貴婦人】『うーん、ウロボとは関係あるの?』


【とっとと寝太郎】『あり得るな。突然出現したなら、人一人を失踪させるくらいできんじゃね?』


【自宅巡回員】『おいおい、いくらなんでも話が飛び過ぎ。ウロボが突然現れたからって、他の物質を消せるってのは自家撞着じかどうちゃくだろ。物理法則曲げんなよ』


【とっとと寝太郎】『無から有が生まれるって物理法則外の現象が起きてるんだから、それくらい起こりそうなもんだろうが。常識外のことを常識で考えるなよ』


【貴婦人】『それにしたって、ちょっと因果関係がないかも。魔法が使えるからといって、タイムマシンがあるとはならないものね。それに無から生まれたと考えるのは早計じゃないかしら』


【自宅巡回員】『ウロボが関係あるなら、ウロボロス・カタストロフィの時期に行方不明者が固まるんじゃねえの? そもそもウロボが現れる前から失踪者はいたんだろ? だったら関係ないんじゃね?』


 十月十一日。突如としたウロボロスが出現した日を、ネット上でウロボロス・カタストロフィと呼称され、テレビや新聞でも共通認識となった。


 芯が消えたのは十月十一日の夜か、十月十二日の朝だ。彼のことだけ考えれば関連性は色濃いが、別の行方不明者は時期が離れている。状況は同じだが、別の事柄だと考えた方がいいかもしれない。


【とっとと寝太郎】さんが退室しました。


【自宅巡回員】『あ、逃げた』


【貴婦人】『ちょっと言い過ぎたかしら』


【ねこまんま】『まあ、でも自宅巡回員さんの考えが今のところ妥当かな。ただ、寝太郎さんの言葉も一理あると思う。常識的に考え過ぎると的外れな答えに行きつきそうだ』


【自宅巡回員】『そうだな。それには同感だ』


【貴婦人】『今日はお開きにしましょうか。お子様が怒っちゃったし』


【ねこまんま】『まあまあ。とりあえずそれぞれ情報収集して考えをまとめていこう。テレビは見ても徒労に終わりそうだから除外して良いかも。

 ネット上に有益な部分の動画が上げられるからね。

 一部の新聞は多少有益な情報があるから見た方がいいかも。後は、やっぱり周辺地域の住民の言葉と近辺の映像かな。生主の映像とか編集がない分、結構発見があると思う。ミュートにした方がいいけど』


【自宅巡回員】『了解。調べるわ。ちょっと伝手もあるし』


【貴婦人】『楽しみにしてるわ。わたくしも調べておきます』


【ねこまんま】『それじゃ、また』


 ――2016年11月11日 02:08:12。



 猫村は椅子に体重を預けて、再び思考を巡らせる。


 所詮は一市民。情報ネットワークも狭いし、学生内の情報なんて浅いもので大抵が噂程度だ。むしろ尾ひれついてしまって情報としての価値がなくなっている場合も多々ある。


 芯の両親に話を聞いても、芯はいつも通りだったという話だ。おかしな点は見受けられない。やはり彼自身ではなく、外部からの干渉で失踪したと考えた方がいいかもしれない。少なくとも、猫村は芯が家出するような人間には見えなかった。


 猫村は再びディスプレイに向き直り、暇もなくマウスとキーボードを操作し続けた。



 今日は学校をサボろう。ふと、そう思った。


 

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