O:CARAT《オー・カラット》事変 クレアンテの休日。
心労が祟り、此処に少しの休暇を得た女がひとり。
午後の紅茶と洒落込む時間に薫り高い珈琲を味わう女だ、
遺影になったひとを思うと未だに胸躍る私はきっと、随分前に壊れ欠陥を抱くようになったのだろう。けれど、この幸せばかりは私だけのもの、誰にも例え彼の思い人だって阻まんでは行けないのだ。だから「レディ先輩、クィントさんと御幸せに」嫌味たらしく毒づくのだ、浅ましい女の考えに同意する変わり者はたぶんいないだろう。
尊敬している人物でも、許せなかった。
今思えば、確かに彼が死亡した直後は筆舌しがたい苦しさに身を切られるようだったが、それも落ち着くとこれで良かったのだとすら考えている。だって幾ら心から慕い愛をささげたって叶わない願いなのだ、と彼は打ちひしがれていたもの。そして相談にのっていた私も、そんな彼に幼い日の恋心を引き摺っていた、『君は、妹でしかない』そう言った過去の彼も相変わらず苦しそうだった。
不器用なひと、だった。粗野な口調や、時として滲む言動で同僚≪みうち≫でも少し近寄りがたい人と言う子もいたし、何より貧民街≪スラム≫出身と蔑む男≪ひと≫たちもいたのだ。私は彼と一緒に憤っていたのに「クレアンテの瞳は美しいね、」彼と同じ孤児院の出身で私の性別が“女”というだけで「君みたいな人はきっと心が優しいから杞憂するのさ」とわけの判らない事を幾多もほざいた。(耳が腐りそう、やめて、近寄らないで…)
日常『わっ』と叫び出したくなる日々は続いた、―彼だけが頼りだった―彼だけが私を繋ぎとめているのだ、とそう錯覚していた。
警察なんて言う。如何にも胡散臭い組織で我慢できたのは、彼の御蔭だと、そう思い込もうとしていた私に無情な現実は真実≪こたえ≫を突きつけたのだ。
同僚の警邏たちの目を掻い潜って、手許に渉った一枚の紙切れ。
『クレアンテ、この思いは後生打ち明けることはないだろう、だけれど言葉にしなければ辛いのだ。君は俺を支えにしていると言ったことが有った、―ええ。ええ告白する前、そう言っていたわ―しかしそれは見当違いなのだ、真っ向から逆なのだ。俺は日々、貧民≪スラム≫の巣窟≪アジト≫で過ごした幼少期を忘れられずにいる、「夢に甦るのだ」楽しい記憶も悔しい記憶もそれを糧に今日の華やかな生活を手に入れた。周囲からはそれだけでも大躍進だと言われ、「これからは安泰だな」と手放しで喜んでくれる上司もいた。だけれど満足がまったく行かないのだ、教えてくれクレアンテ我が妹よ。君は勤務時間によく笑顔を見せる、何故だ、何がそんなに楽しいのか、俺には判らない。俺には未だこの国の未来≪あんめい≫を憂慮すると、決して笑うことが出来ないのだ。』
薄幸な告白に妹と信頼された女は笑うことが出来なかった…手紙には続きがある。
黒髪の美人のはなし)