O:CARAT《オー・カラット》事変 悲運のアルノルド
以前から構想を練っていた作品)
ぜいぜいと喘ぎ、音をあげる私を抜かして同僚の男が走っていった。凶行に及んだ現行犯を追っていたのだ。奴は馬鹿にしているのか一定の速度で距離を保持しながら、入り組んだ路地を滑走していた。そう、まるで足がないかのような、重力を感じさせない動きで逃走していたのだ。しかし、目を凝らせば確かに足の所在は確認できた。
一呼吸の間、調子を整えて俯きがちな顔をあげる。
大丈夫、時期に確保されるはずだ。此処数日多発する事件に、職員たちは万全の準備を期すようになった。辛くも各地に配置された警備がそのまま包囲網として機能するはめに為ったのは幸か、不幸か。髪留で押さえていた警帽を被り直すと、気持ちを切り替えて二人が走り去っていった方角に進んだ。
「猟奇殺人の犯人は好々爺?」紙面に踊る物騒な字面に知らず眉目が厳しくなっていた。「坊ちゃん、ティータイムを嗜む合間に俗な情報誌など」宜しく有りませんと言い放ち、背筋のやたらと伸びた執事はエドワードの手元から奪った。
見出しには『現行犯逮捕!!剪定鋏で一突き驚愕の瞬間』などと間に合わせの写真と、目を見開いてうろたえる老翁が写っていた。明日からは別の人員を確保しなければ、「その表情に出さず“明日からは別の人員を確保しなければ”と黙考するのを止めろ。気色悪い」この口の悪さだけなければ隙のない当主の世継ぎ完成である。御主人が何を考えておいでかは存じないが、同時にこの当面の世話を焼かねば為らない青年の考えも知らない。「全く、唯でさえ青白いのに無慈悲さまで見せつけられると死神かと問いたくなる」それは御止め下さいと慇懃に礼をして部屋を辞した、所要を思いついたのである。
誰もが皆、可笑しいとは憶えていた。しかし、現行犯である。
老翁はその日、暢気にプランターに掬花弁の大きなアウグシカを選り分けていた。ぱつり、ぱつり、と予備の鋏で茎の下を切り取って手に集めていたのだ。開花していないものを残し、開いた花々だけを―栞にしようか、氷結も良い。ああ、けれど孫の髪飾りのアクセントにも―考えごとをしながら。
だが、如何したことか。「おや?」と気付いた時には大事に、大事に仕舞って置いた。仕事用の剪定鋏が外気に触れていて、私は何やら血を浴びているじゃないか。驚いた顔をして目の前で絶命してゆく男が目蓋の裏に焼きついて離れない。私はそろりと気を失ってしまった。
先に載せた中途な事変も書き溜めたもの...