シニカルに笑っている場合じゃない。
質素な色味に落とされた馬車が止まった、けれど妙に品の良い馬車だ。黒塗りなのも洒落っ気のひとつなのかも知れない、dimは鼻で笑った。貴人なり富裕層なりが質を落として一井の風景に馴染もうとしたらしい結果だが、金の匂いを消せはしない。同じように集ってきたごろつき共が離れた位置から窺っているのが知れた。
実際、先程から頑丈な馬車を覗うdimの姿にこころなし聳やかして嘲笑していやがる。
躾の為ってない餓鬼が(自分達の得物の)周囲を徘徊するのが面白いのだろう。彼らの脳内は単純だ、『餓鬼が一人で如何しようって、言うんだ?金持にでも集るのか―…』仲間内で馬鹿にするような陰険な雰囲気だった。
しかし、当のdimの目的はそんなものではない。“大事の前に小事は切り捨てる、”これが彼の生涯に掲げる信条であった。よって小事とされた強盗未遂犯たちは既に彼の頭脳から蹴落とされた存在ではした金の一銭にも為りはしなかった。潔いdim少年は不穏な別件を置いて、先程から一連して馬車の周囲を執拗に調べていた。
紗の隙間から見える外景を先から、ちらちらと御気に為さる主に老齢の執事は怪訝な面差しを隠しもしなかった。シャッと横引きに鳴らして開けると、明らかに主は非難めいた視線を執事の背に送った。高が錆鉄の音で、と馬鹿にしながら雨曝しの景色をついっと眺め。それに目を留めた、白昼堂々と荒業を働く輩はいないだろうと執事も、その主人も馬車を置いて行動することに特に異論はなかった。薄汚れた大きな濡れ鼠がしきりに馬車を嘗めまわす様に動いている。執事は特段、下々の者に偏見も差別意識も持ち合わせがない。しかし、その額には脈々と青筋が浮いていた。
(額の青筋に無自覚の)過敏な執事は、次に出るだろう行動を易々と見抜かれ機先を制された容に為った。至って平静な執事は無表情に「対談中に余所見は相手方に失礼ですよ、」と一見主人を諫言したように思える。「ああ、そうだな」と目配せした主は執事の足許に翳した杖を大人しく引き寄せた。寸分違えば誰かの足に風穴があいただろう…