恋愛否定者日記
2月14日 天気 快晴。
今日は世間がバレンタインという、大半の男子が少なからずも期待して過ごし、女子が一生懸命に手作りやら市販のやらのチョコを好意を持つ相手、又は日頃お世話になっている相手への感謝の印として渡す日であり、製菓業界においては売上向上に向けての絶好の機会である日である今日この日なのだが、一女子高生であり青春真っ直中の筈の私はそのバレンタインという日にはどうしても毎回必ず考えさせられてしまう。
その原因というのが、
「詠、お前はどう思う?このバレンタインというふざけた日について」
と、くだらない物を見るような目で教室を眺め、片腕で頬杖をつき問いかけてくるのは、中二の頃から急に仲が良くなって今では私の親友という称号を手に入れた同級生、佐々木 春人だ。
「どうもこうも、良いんじゃないかな、初々しくて」
突然話しかけられたとはいえ、いつもの事なので気にもせずに返答をする。
「そうだな。だが恋愛感情という仮初の愛情に流されるのは見ていてくだらなくなる」
またか。と私は声に出さずに呆れる。
「そもそも恋愛感情という物は精神疾患に近い物だ。と言うのも、人が一番変わってしまう原因の内、一番身近なのは恋愛感情が絡む事と確信を持って思えるからであり、場合においては理性を駆逐し、本能で人を動かす事もあるからで、かの有名な心理学者や偉人達にも似たような言葉を遺す人物は少なくはないからだ。」
春人のまるで論文のような長ったらしい話はひとまず置いておくとして、話を最初に戻そう。
冒頭で言った、バレンタインについて考えさせる人物については、以上の会話から見て一目瞭然だと思うが、一応はっきり言おう。この恋愛否定主義で私の唯一の親友、佐々木春人であると。
「で、これに対してのお前の意見はどんなだ?」
私を興味津津といった表情で見つめる春人の顔を見る。
顔だけならこの学校の女子の大半を落とせるくらいの容姿を持つ春人だが、残念な事にこいつは恋愛感情という物に対して他に類を見ない程に拒絶の意志を表しているため、その容姿は恋愛という一面では全くと言っていい程意味を成さない。
…とと、そう言えば春人は私の意見を聞いていたんだったな。何か答えなくては。
「その理論には中々共感出来る所があるね。特に恋愛感情が精神疾患に近い物と例えた所とかがね」
すらすらと口をついて出てくるのは、あまり深く考えずの意見とは思えない意見。だが、これは出会ってから三年間の会話の中で自然と身についた、春人にしか使わない会話の無駄な技能によるものだ。
「そうか」
「僕も現に、凡人が持つ様な極めて普遍的な恋愛感情を持っているからね。それ以外でも結構的を射ていると納得したよ」
次いで、意見を全部言い終えたのだが、私は何か余計な物まで言ってしまった気がする。
「お前も持つんだな、そうゆう感情を」
心底驚いた、且つ意外だとモロに表情にだして驚愕を表す春人。
「……当たり前だ。別に僕は恋愛を否定している訳でも無いからね。中学時代からそうゆう感情は持ってるよ。それよりも、春人はこんな僕を軽蔑したりするかい?」
「いや、しない。他人に自分のルールを強要するのは、愚かと同時に最悪の行為だ。だから俺はお前が恋愛感情という物を持っていたとしても、軽蔑や敬遠はしたりしない。むしろ、親友であるお前を応援したり積極的に助言や協力をしたいと思っている」
春人は恋愛感情には否定的だが、親友とか信頼友情といった言葉にはとても肯定的だ。それはもう反比例していると言い切れる程にね。
「ありがとう。じゃあ、早速で悪いんだけど協力してくれるかな?」
「親友の為ならなんだって来い。だけど俺一人に出来る事には限度があるが」
じゃあ、その友情に甘えるとしようかな。
「何、簡単な事だ。僕の手作りのチョコを貰ってくれればいいだけだ」
「え?」
鞄から無造作に取り出した、装飾が控え目な両の手の平大の箱を机に置き、再び春人の顔に視線を向ける。
「勘違いしないでくれ、春人。只僕が好意を寄せる相手に作ったチョコを、直前になって相手に渡す事が臆病にもどうしても出来なくてね。そうなるとこのチョコは必然的に行き場を失う訳だ。……だから、ね?僕としてはそのチョコの後始末を親友である君にして欲しいという訳だ」
「なるほど。勘違いして悪かったな」
「別にいいよ、それよりもこのチョコを貰ってくれるかどうかが聞きたい」
「あぁ、それでお前が良いなら快く貰い受ける。……だがな、詠。今回は見逃すが、今度はしっかり相手に渡せ。良いな?」
「分かってるよ。次こそはちゃんと渡すさ」
「どうだか……」
と意地の悪い笑みを浮かべながら、春人は箱を開封していく。
「!待ってくれ、今開けるのは……」
必死に止めようとするが、時既に遅し。春人は既に箱を開けて中身を外界に晒してしまっていた。
「うわ……」
若干引いた目付きなのはまだ良い。だがそれを見て自分も気にしている事が言われないか不安だ。
「これは、ちょっと……やり過ぎではないか?」
言うな。自分でも気にしてんだこんちくしょー。
蓋を開けた箱の中にあるのは箱いっぱいの大きさのハート。更にその中心にはLOVEとはっきり視力の悪い人でも分かるように、でかく、でかく!書かれている。
「これって、お前が作ったんだよな」
「そうだが……?」
「すまない。はっきり言うが、お前には合わなすぎるぞ、この好意むきだしのチョコは」
「自覚はしている」
そして女の子っぽいのが似合わない事は小3の時点で理解した。
「まぁ……」
パキ……。
「味は良いし、見た目はアレだが綺麗だ。ただちょっと堅いのが気になるがな。」
ボリボリ……。
そう言いつつ、しっかり食べてくれるあたり、春人の優しさが垣間見える。
「気を落とさずとも、これぐらいなら相手は喜んで食べるさ。それに俺は好きだぞ、この硬さが」
「ありがとう。春人……」
とりあえず礼を言い、私も春人が食べている反対側からチョコにかぶりつく。
「うおっ!……いきなり食らいつくなよ詠。食べたいなら食べたいで言えば良かっただろうに」
そう言いながらも、春人もチョコを私の反対側から食べ進めるを再開した。
ボリボリ……。
その後、チョコを食べ終えた私達は特に変わった事をするわけでも無く、箱を片付けてそれぞれに適当に会話した後別れ、授業の準備をした。そして授業が始まると、驚く程に四、五、六とあっという間に授業は進み、帰りのHRとなった。
「起立、礼」
『さようなら~~!』
と帰りのHRもすぐに終わり、学校と呼ばれる牢獄より解放された私は、すぐに春人の席に急いで向かう。
「なんだ詠。俺に何か用でもあるか?」
私に気付いた春人は、鞄に体育着を詰める作業を中断し、私を見上げる。
「用という程でも無いよ。ただ、ちょっとしたお願いがあって来たんだ。何、春人でも十分出来る事だよ。……いや、春人にしか出来ない事かな?」
「言ってみろ」
「……うん、非常に言いにくい事なんだが、ね?こ、恋人達がするような……その、こここ、行為を、だ、だだ、ね?れ、練習してみ、たいと思うんだ、う、うん。」
「……本気か?」
「そ、そうだけど。でも、春人はその、僕の恋に協力してくれるんだよね?」
「そうだ。親友のお前の為なら、いくらでも協力は惜しまないつもりだ。」
「なら、やって……くれるよね……?」
「……あぁ、分かった」
春人は渋々といった感じで納得し、了承した。
「ありがとう、僕の愛する親友」
「どういたしまして。我が誇れる親友」
そんなこんながあった、私達の仲が少しだけ近付いた一日の事。
僕っ子好きがここまでくると危ないと思ったこの頃。
詠。
読み仮名‐ヨミ
本作の主人公。僕っ子。欠点はフリーズする事(無駄に長い思考をしている間)。佐々木春人の事が中2の頃からずっと好き(一目惚れ)。僕という一人称は、恋愛否定者である春人が異性と話したがらないからと意識して僕と言い、春人にあまり異性だと意識させないようにする為。
佐々木 春人。
読み仮名‐ササキ ハルト
恋愛感情を普段から否定している為か、顔が良いのにモテない(俗に言うイケメン)。春人自身、詠に対して友情以上の感情を抱いてはいるが、気付いていない。詠限定で鈍感。
ではさよならです♪