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サイゴノヒ

---それは悲しげな笑みだった。


男はその日もカウンターに座っていた。


見慣れたローブ、見慣れた口元の微笑み。


ただ違うのは、彼自身が纏う空気――――




「………来ましたね」


男が一言呟くと同時に、小屋の扉が開く。

扉を開いた人物は布で包んだ何かを腕に抱えている。

「………いらっしゃい。いえ……お久しぶりですね」


「挨拶をしている暇はないの!ねえ、どういうこと?」


男の言葉を遮るように叫んだ人物――――


六日前に亡くなった弟の魂を入れに来た、黒髪の女性であった。


布がずれ、腕に抱えられた物が顔を出す。


「………それは、あの時のティディベア…」


「ええ……あの日に連れ帰って…弟が帰ってきたようだったわ。でも…でも!」


女性はカウンターに手を叩きつけ、男に詰め寄る。


「何故!あの子は!何故知っていたの!

私の知ってること…知らない事!あの子は死んだ筈なのに!」


知らない事。

そう言った瞬間、小屋の空気が変わったように思えた。


「………そうですね……あなたには真実を…」


話さねばなりませんね。


男がそう言った瞬間―――


周囲の風景は燃え上がった。




「あ…………!」


女性は驚いて椅子から立ち上がり、その場に立ちすくんだ。


男の姿は見えない。





―――燃え上がる炎。

悲鳴を上げて逃げ惑う人、人………


「あ、あ、あ………」


女性は声にならない声を上げた。


その女性の前に、同じように座り込む女の子がいた。


「…あの時の…私…?」


「そう……"あの日"のあなたです。」


女性が女の子を見つめてぼんやりと呟く。

頭に男の声が響いた。女性はそれを聞きながら辺りを見回す。


小さな影が視界に入る。


女性はその影を見つめた。


「――――………!」


影は何かを叫んでいるようであった。


そこに立ったまま―――




声を聞いた女の子が顔を上げた。

影を見て叫んでいる。



女性はまた小さな影を見た。瞬時に炎に包まれる。



「………逃げて!」


――――おねえちゃん、逃げて!




優しい笑みを浮かべた影がそう叫んだように見えた。


「…………っ」


気が付けば、女性は元のカウンター前にいた。


男が女性を見つめている。

それを見た女性は目を見開いた。


男は口を開く―――



「………お久しぶりです、"おねえちゃん"」


男の笑みは、炎に包まれていた子供が最期に向けた笑みと似ていた。


「あなた、まさか――……」

「今はリオ、と呼ばれています。…姉上。」


何かを言いかけた女性を制して男性――リオは自分の名前を告げる。


「リ……オ?」


女性は言いなれない名前を呟くようにしながら、リオを見て首を傾げる。


リオは困ったように苦笑している。


「………私の"本名"は、この身体と命の繋がりを断つキーワードです。今言ってしまったら―――」


―――姉さんと話すことが出来なくなってしまう。


「未練は残したくないのですよ。私は。」


そう語るリオの表情は、今まで感情を隠していたものと異なり、何処か幼く、晴れやかなものであった。


「さて…何処から話しましょう……」


カウンター奥で、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れている。

その僅かなオレンジに照らされて、リオは口を開いた。



「………私は気がついたらある家の床に寝ていました。炎に包まれたのに痛くもなかったので、最初は何が起きたか分からなかった」

記憶も感覚も何もかもが曖昧だった、とリオは淡々と語った。


弟をそこに追い込んでしまった――――……


そんな想いを抱いている女性は目を伏せたが、リオはそんな彼女の肩に優しく触れる。



「姉上。貴女のせいではありません。……俺が選んだのです。貴女を守ることを」



「……私はあなたに生きて欲しかった!あの時…逃げてと言ったのに…あなたは逃げずに私を家から出して自分は……火に…」



火に包まれた弟の記憶は色褪せることなく、彼女の記憶に残った。


彼女の目からは大粒の涙が溢れていた。


「………あなたは生きて欲しいのです。私の我が儘と承知しております。それでも……お願いします」


涙を流す女性の頬にハンカチを当てるリオ自身の目からも涙が溢れていた。


ギィ、ギィと軋むような音がした。


女性が不思議そうな表情を浮かべれば、一方のリオは不意に自らの腕を目線の高さまで上げる。


「……時間です…ね…」


心なしか、リオの喋りが途切れ途切れになってきている。 カクッ、とリオの頭が僅かに横に傾いた。



「リオっ!大丈夫!?」


女性が心配そうに身を乗り出せば、リオは首を傾けたまま首を振る。



「……申し訳……ありませ……ん」


リオはカウンターに座ったまま、途切れ途切れに女性へ謝罪の言葉を投げ掛ける。


そんな弟を見ていられなくなった女性は、彼を初めて抱き締めた。


「話さないで…私が…私があなたの苦しいこと、助けてあげる、だから―――」


――――行かないで。


抱き締めたまま、リオにだけ聞こえる声でそう告げた。


リオは目を閉じて、小さく口を開く。――姉を抱き締め返して。


「……私は……この身体は…もう……持たない…」


リオは顔を上げ、抱き着いたままの姉を見つめる。



「……だから……貴女の手で…私を…解放………して……名前を呼んで…下さ……い……」



「………せっかく……会えて話せたのに……」


女性は赤い目をしたまま、止まらない涙をハンカチで懸命に拭いながらそれだけを呟いた。


「――――……」


女性が思い切ったかのように口を開いた。すると店に灯っていた蝋燭の火が消え、壁が取り払われたかのように周囲は明るくなる。


「な……何……?」


その明るさは、まるで光に取り込まれているような暖かさを感じさせていた。



「………姉上」

女性に抱かれていたリオが弱々しく声を発した。

身体中が弛緩状態にあるかのようにだらりと女性に寄りかかっているリオは、視線だけを女性に向ける。


「………忘れないで下さい。私は……あなたを見守っています……だから……」


"生きて下さい"


囁くような言葉。直後に"リオ"は壊れたようにガシャッ…と崩れ、崩れた人形の身体は砂のように風に乗って消えていった。



後に残ったものは灯りのない小屋と、女性の悲しい嗚咽だけであった。




――――今もなお、小屋は森深くにひっそりと立っている。

消えた主人を待つかのように。



女性の消息はその後、掴めていない。




「―――生きよ。悲しみの女性よ。主は……生きねばならぬ……」




レグルスは森がある方角を窓から見つめ、そう呟いた。




――――主は世界に変化と希望をもたらす者なのだからな。



そう言ったレグルスの目は未来を望むような、光を宿したものであった。

「タマシイノミセ。」の続編、連載開始しました。

是非ご覧になってください。

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