二日目
―――貴方も相変わらず懲りない方だ……
カウンターから立ち上がり、男は玄関の真横にある窓際の、台に飾られた銀色のネックレスを手に取った。
その、埃が被った表面を丁寧に布で拭き取る。
「………大事なものですからね…」
慈しむようにネックレスを元の位置に戻したと同じタイミングでドアが荒々しく開かれる。
「よう。久しぶりだな」
前髪を後ろに撫で付け、スーツを身につけた男性。
紳士的に見えなくもないが、その眼光はギラギラと輝いている。
「…おや、お久しぶりです…カイさん」
ネックレスをかけ終え、窓際から離れた男はやや俯いたまま相手に挨拶をする。
カイと呼んだこの男、何度も店に足を運ぶ…所謂常連である。
男はカウンターに戻り、玄関に立つカイを見た。
「…今日は誰のコアを?」
「知り合いの……まぁ詳しいことは今から話す」
男はカウンター前の椅子に腰掛け、身を乗り出して男に話し始めた。
「以前戦場で会った女なんだけどよ…」
ああまたか。と男は話を聞きながら思っていた。
実はこのカイ。
人間を売買する「市場」の人間であり、精製するコアも自分が売った人間や殺した人間が対象である。
正直、カイと言う人間が男は嫌いであった。
だが腐っても客。
そうそう追い返すことは叶わない。
いつもそんなカイの為に命を与えられる依り代への措置として通常より短命に精製し、思い出も依り代達に取って苦しくならない物を選別している。
無論、本人には秘密だ。
「つまり貴方は…脱走しようとして捕まり、拷問の末に命を落とした女性のコアをお求めと?」
「おう。あの馬鹿女をまた俺の手元に置いてやるんだ。」
人形は、命の期限が来ない限りはどんな仕打ちをしても死なないからな。とカイは下品な笑みを浮かべる。
「……貴方は相変わらず懲りない方だ…」
男は、カイに聞こえないくらいの小さな呟きを発した。
――――カイさん。貴方は気付いてらっしゃらないでしょうが…。
そろそろ気付いた方が宜しいですよ
思い出の【代償】を―――
コアを精製する際、必要になるのは依り代と
思い出…記憶である。
依り代を存在させる為には、依頼主が「思い出」を頭に存在させ続ける必要が出てくる。
つまり
頭の中の一部分が使えなくなるのだ。
使えなくなった分、自動的に元の記憶が抹消される。
「使う度に家族、親友、故郷…次々に忘れていった」
カイの取り出した依り代を見つめながら小さく呟く。
今日もまたこの方は記憶を失われるのだ。
―――馬鹿なことを。
術式を開始しようと両手を合わせながら、コアを握るカイを、男は哀れむように見ていた。
「また必要になったら来るからな」
カイは、術式を終えたばかりでまだ完全には動けていない依り代を乱暴に掴んで立ち上がった。
可哀想なくらいに、依り代となった人形が震えている。
「……大事にしてあげて下さいね」
男は、去るカイの背中に一言呼び掛けた。
カイがいなくなれば男は俯いて溜め息をつく。
「………命の価値を知らぬ人間もいるのですね…」
その言葉からは、悲しみと嘆きが感じられた。
男の脳裏にふと、惨劇に巻き込まれたあの女性の顔が浮かぶ。
「--これ以上、記憶を失って欲しくはないものですね--」
その小さなため息は、冷え切った空気の中に溶けて消えていった。