一日目
---男は優しく笑っていた。
町から離れた森の中には、古ぼけた小さな小屋がある。
「………いらっしゃい。」
ギィッと錆びたような音を立てて扉を開ければ、まず見えるは暗闇。
その奥から、人の声。
よく見れば玄関から程近いカウンターのような場所に一人の人物がいた。
黒いローブで顔は分からないが、非常に華奢な体のようだ。
「…暗くてすみませんね。お客さん。足元に気をつけて…」
声からして男性らしい。
「そんなに緊張なさらずとも…あなたも辛い顔をなされている…」
男がそう言った瞬間。
玄関に立ち尽くしていた客――――
黒いストレートヘアが印象的な若い女性がピクリと反応して顔をあげた。
泣き腫らしたように目が赤い。
―――男は優しく笑っていた。 女性を手招きし、カウンター前の椅子に座るよう促す。
「………さぁ目を閉じて。何故貴女がここに来たのか…理由を教えて下さいね」
男は目を閉じた女性の額に手を当てた――――
――私には弟がいた。
年の離れた弟で、いつも私にくっついて
「お姉ちゃん!」
と呼んでくれた、可愛い弟だった……
でも……
ある日、村が火に包まれた。
「シェリフの惨劇…と世間で呼ばれているもの、ですね?」
男が静かに問いかければ、女性は一つ頷いて話を再開した。
―――あの時、弟は私を庇ったの……
家が炎に包まれる中、私を炎の中から突き飛ばして……
そこまで話して女性は顔を手で覆った。
つまりは自分を庇って死んだ弟の存在を今まで引きずって生きてきたのだと言う。
「事情はよく分かりました…。…依り代となる人形か何かはお持ちですか?」
女性は一つ頷いて鞄から手作りらしい、薄汚れたテディベアを取り出した。
「あの子に…弟にプレゼントしようとしていたテディベアなのですが…」
私の手作りで。と恥ずかしそうにしている女性を見ながら、男はカウンターの奥から小さなビー玉のようなものを取りだし、相手に差し出した。
「貴女の弟さんを想う気持ちがこもったテディベアです。自信をお持ちなさい」
女性が嬉しそうに笑うのを見てから、男は女性にビー玉らしきものを握らせてから、両手を合わせて目を閉じる。
「では、コアの術式を開始致します」
男がそう告げれば、ビー玉が淡い光を放ち始めた。
ここで「コア」について説明しておく。
先程出たビー玉らしきもの。 これこそがコアである。
本来この世界に生きる人間の生命の源とされるのが
「核」であり、「コア」はそれを言い換えている。
元々が人間の命であるから、それを人工的に魔法の力を込めたコアの使い道は
「命なき物体に命を与える」
であり、今男がしようとしているのは
「思い出と言う記憶をコアに注入し、それを依り代と呼ぶ人形に込める」
と言うことで、大事な人を失った人間にとっては、思い出の中の人物が生き返ると言う、喜ばしいことでもある。
但し、制約もある。
「命は永遠じゃない…。いつかはそのテディベアに込められる弟さんも消えゆくでしょう…。その時は静かに眠らせてあげて下さい」
女性が頷いた。
男はもう一度口を開く。
「まさかとは思いますが、もし弟さんが生きていたら、術式は失敗します。…宜しいですね?」
コアの使用条件に、対象人物が死んだこと。が挙げられる。
思い出と実像は共存出来ないのだ。
「……はい」
女性がまたも頷く。
それを見た男がブツブツ呟き、コアを握る手に自分の手を重ねる。
次第に淡い光はコアに凝縮されていく。
男が促せば、女性はテディベアにコアを押し付ける。
コアは吸い込まれるようにテディベアに入っていった。
「……お疲れ様です。コアはテディベアに無事入りました。…ご自宅に帰る頃には、完全に魂が起きると思います」
テディベアは声こそ出さないものの、ぎこちなく手足を動かしたり頭を動かしている。
それを見て女性は深く頭を下げた。
「感謝致します……!ありがとうございました!」
女性はカウンターにお代を置き、動くテディベアを抱えて小屋を出ていった。
「……思い出とは時に残酷なもの……」
お代と置いていった袋―――何やら虹に光る石が袋からたくさん出てきた――
男は虹の石を指で摘まみ、そう呟いて複雑そうに笑った―――……