表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Light Fantasia  作者: 天海六花
9/20

タスクの告白

     タスクの告白


      1


「名前はペイド・ミラー。おそらくジーン近郊のオウカ寄り在住。歳は四十を越えてるだろう。頬は痩けていて小太りなのは不摂生。弱い者には強く当たり、強い者には媚びる『典型的テンプレート』な成金様だな。似顔絵が必要なら誰か得意な奴を呼んでくれ」

 俺は大欠伸をしながら、集めてきた情報をつらつらと読み上げる。

 普通なら冒険者組合の補佐官などという地位の人間に、こんな横柄な態度を取っていたら、ほぼ間違いなく俺は組合をクビになる。が、ファニィはそんな事には頓着しないし、むしろかしこまって話した方が気味悪がられてしまう。

「あんた何やの、その態度! ファニィちゃんはあんたより上やろが!」

 この顔触れで唯一、ファニィの性格を把握していない姉貴が肩をいからせて声を張り上げる。

「あはっ。いいの気にしないで、ミサオさん。タスクにかしこまられる方が気持ち悪いわ」

 な? やっぱりそうだろ。

「ファニィちゃんが構わへんのやったら……」

 姉貴は釈然としない面持ちで椅子に座り直す。

 姉貴はジーンで、女王に仕える賢者だからな。いつも他の者から敬われ、かしこまられる立場にある。だからこの組合での俺とファニィの立場上、俺がファニィを敬わない態度を取る事に怪訝な顔をするのはもっともだ。

 俺も組合に加入した当初はおとなしくしているつもりだったという事が、随分昔のような気もする。

 ファニィは俺からの情報を、丁寧にメモしていく。そして全て聞き終えると、そのメモを厚手のファイルへ挟み込んだ。

「はいはい了解。似顔絵得意な誰かは後で手配するから、タスク、付き合ってやってね。えー、じゃあこの情報を元に、組合で探り入れるわ。実際にタイガーパールを取り返すのがどのチーム担当になるかはまだ分かんないけど、でもお手柄だよ。タスク、ジュラ。ホントご苦労様」

「うふふ。わたくし、とても頑張りましたの。褒めてくださいます?」

「ジュラすっごく偉いよー。頑張ったご褒美はタスクに美味しいケーキをいっぱい作ってもらってね」

「俺かよ!」

 俺の活躍は完全無視って事かよ。ま、まぁ……あの窮地から無事に戻ってこれたのは、ほとんどジュラさんのお陰なんだけどさ……でもこう、もうちょっとなんか……なぁ?

「やっぱり組合に任せて良かったわぁ」

「ミサオさんにそう言ってもらえると、あたしも頑張った甲斐があるな」

 両手で自分の頬を押さえて照れ笑いするファニィ。

 お前は何もしてないだろうが。口に出したら何倍返しの文句を垂れられるだろうから、ツッコミは心の中だけで口に出しては何も言わないが。

「……あの……」

 いつものごとくジュラさんの膝の上でおとなしくしていたコートが、上目使いに俺を見ている。相も変わらず耳の先まで真っ赤になって、俺にとっては大変迷惑極まりない同性愛趣味の好意の目で見られている。自分で言うのも何だけど、俺の容姿のドコに惚れる要素があるって言うのかね?

 ……まさかとは思うが、男受けする顔か、俺の顔って……? ううっ、考えただけで身震いする。

「あ、あのっ……お、お怪我は……だ、大丈夫……ですか? その……とても大変だったと聞いたので……」

 元々小さい声が、照れと緊張で尻すぼみに小さくなるので最後の方はほとんど聞き取れない。こいつとの会話はやっぱり慣れが必要だな。

「怪我なぁ……多少斬られはしたが、かすり傷と打ち身くらいだな。ジュラさんが呪文詠唱中の無防備な俺を庇ってくれたし。あとは声が涸れたくらいか」

 組合に戻ってきてから半日爆睡したが、まだ俺の声は少し涸れている。

「俺よりジュラさんの方が大変だったんだから、ジュラさんを気遣ってやりな」

「は、はい。あの……ね、姉様のこと、ありがとうございました」

 コートは帽子を押さえてぺこりと頭を下げる。ジュラさんの世話をありがとうって意味だろうか? 世話をしたと言うか、脱出の世話をしてもらったと言うか。

 あー……あの事件の事だけは絶対に秘密だな。コートに知られたら俺の命が危ない。ファニィに知られてもきっとからかわれる。

「じゃあ今日から各自、何日かは適当にお休みにするといいわ。あたしはこの情報回さなきゃならないし、タスクとジュラの完全回復まではちょっと時間掛かりそうだし」

「ああ。助かる」

 とは言っても、食堂のバイトは休めないよなぁ。俺が休んだら、飯が不味いと暴動が起きかねない。ふふん、ちょっと自慢みたいだが、事実なんだから自慢してもいいよな。この組合の人間の胃袋は俺ががっちりキャッチした、とか。


 俺は腕をグルグルと回しながら部屋を出て行こうとする。そんな俺を、姉貴が引き止めた。

「あんた、今日休みやねんな」

 姉貴の耳にある、赤い輝石のイヤリングが光っている。

「今ファニィが言ってたろ」

「ほなウチに付き合い。買いモン行くで」

「はぁっ?」

 突然のたまった姉貴の身勝手な要望に呆れ返って声をあげる俺。

「俺は疲れてんだよ。今日は一日寝る!」

「アカン。あんたに案内してもらわな、ウチ、まだオウカの市場を一人でよう歩かれへんもん」

「コートがいるだろうが、コートが! 姉貴の弟子なんだろ!」

「コートニス君は今日、ジュラフィスはんに返すんや。大仕事終えて帰ってきはってんから、姉弟水入らずにしたらんとアカンやん」

「俺だって昨日帰ってきたばっかなんだよ! 疲れてんだ!」

「あんたに選択権はあらへん。来んかったらシバく」

 ぴしゃりと言い放つ姉貴。この傍若無人な姉貴を誰かどうにかしてくれ!

 叫び出したい逃げ出したい衝動を必死に堪え、俺は……折れた。

「分かった……付き合う……でも頼むから一時間だけ寝かせてくれ」

 姉貴の弟いびりはまさに俺の命に関わる。ガキの頃みたいに、また魔法金属の杖で額をカチ割られるかもしれない。いや、今度は手加減無しの攻撃魔法を回避不能の至近距離からブッ放たれるかもしれない。

 姉貴を黙らせるには、俺が折れるしか選択肢はないんだ。あらゆる意味で姉貴は無敵過ぎる。俺に万に一つの勝機もない。

「そや。ファニィちゃんも良かったら一緒に来てくれへん? ファニィちゃんの意見も聞きたいねん」

「あたしの意見?」

 ファニィは突然のご指名に、目をぱちくりさせて姉貴を見ている。

「姉貴、ファニィを連れていくなら俺は別に必要ねぇだろ。ファニィの方がオウカの事には詳しいんだから」

「あんたは黙り。ファニィちゃん、来てくれはらしまへんか? 仕事、忙しやろか?」

 ファニィは人差し指を頬に当て、くいと首を傾げて思案している。頷くな! 頷くなよ! 絶対にうなず……。

「うーん……そうね。今日くらいはいいかな。じゃあ一緒に行くね。でも先にこれを元締めに渡してくるから」

 ファニィの馬鹿たれーッ! 姉貴の背後にいる俺の必死のアイコンタクトを察しろよ!

「わぁ、おおきにありがとうなぁ。タスクと一緒にここで待ってるわ」

「あああ姉貴! 俺、一時間寝る約束!」

 俺が叫ぶと、姉貴は俺に一瞥くれて嘲笑した。

「黙り。ウチは了承した覚えはない。次に無駄口ほざいたらその口、魔法で溶接したる」

 理不尽だーっ!

 俺が頭を抱えて蹲ると、コートが申し訳なさそうに、だが明らかな同情の眼差しで俺を見てきた。コートにまでそんな目で見られるなんて……うう、俺はなんて不幸なんだ。

「じゃあ、大急ぎで行ってくるね。コートはジュラをしっかり休ませておいてよ」

 ファニィはコートが返事をする前に、軽やかな足取りで部屋を出て行った。

「ではわたくしは寮のお部屋に戻りますわね。コート、参りましょう」

「はい、姉様。あ、あの……ご無理なさいませんように……」

 ジュラさんとコートも部屋を出て行った。俺、すでに死ぬほど無理してるんですけど。ううっ。

 部屋に残された俺は、突然姉貴に腕を引っ張られた。

「あんた、ウチに感謝しいや」

「なんでだよ。仕事から帰ってきて疲れ果ててる弟を勝手気ままに連れ回していたぶる行為のドコに、『お姉さまありがとう』なんていう感謝の気持ちを持てって言うんだよ?」

 俺が文句を垂れると、姉貴は目をつり上げて侮蔑の言葉を浴びせてきた。

「アホ。トロいで。ウスノロ。スカタン。もっと周りをよう見い。頭足らんで」

 言われ放題のサンドバック状態の俺。なんで一言言い返しただけで、ここまで扱き下ろされなきゃなんないんだよ。

「あのさ、姉貴。俺が姉貴に一体何をしたってんだよ? そこまで徹底的に罵倒されなきゃならない理由が分からねぇ。弟をいたぶるのもいい加減にしてくれ」

 寝不足と疲労で機嫌のよろしくない俺は、つい姉貴に反論してしまった。マズいと思った時にはもう遅い……はずなんだが? あれ? 言葉のカウンターがこない。

 姉貴は腕を組んでフゥとため息を吐く。そしてゆっくりと口を開いた。

「あんた、ファニィちゃんの事、好きなんやろ?」

 何の前触れもなく突き付けられた姉貴の言葉に、俺は思わず硬直する。じっとりと背中が汗に濡れて気持ち悪い。姉貴はそんな俺の様子を見て苦笑した。

「あはは。分かりやすいなぁ、タスクは。あんたがオウカを離れたない言う理由の一つに、ファニィちゃんへの気持ちがあんねやろ?」

「ち、違っ……」

 舌が絡まって言葉が出てこない。

「あの子はええ子や。あんたには勿体ないわ」

 姉貴は椅子に腰掛け、足を組む。

「でもあんたみたいなヘタレな子には、あの子くらいしっかりした子の方が向いてるかもしれへんな」

「な、何が言いたいんだよ。お、俺が誰をどう思ってようと、姉貴には関係ないだろ」

「関係あるわ! ウチの妹になんねんで?」

 駄目だ。顔から火が出る。気温はそう高くないはずなのに、俺の全身から気持ちの悪い汗がさっきから止めどなく滲み出てくる。

 姉貴は水鏡の魔法で占術が使えるし、予知夢を見る事もできる。それにジーン一の賢者だけあって異様に観察眼も鋭いから、下手な事をすればバレるとは思っていたが、こうも直球で言い当てられてしまうとは。

「ウチ、買いモンの途中でこっそり席外したるから、あんたファニィちゃんにしっかり告白しい」

 余計なお節介を……。

 そんな事をすれば、今の関係が壊れちまうじゃねぇか。それにファニィはすでに俺の気持ちを知っている。

 俺はどうにか平常心を取り戻そうと小さく深呼吸し、額に手を置いて指の隙間から姉貴をチラリと見た。そして素直に白状した。

「ファニィは知ってるよ……俺があいつをどう想ってんのか」

「なんや、あんたにしては手ェ早いやん。ほなもう接吻くらいしたんか?」

 俺は盛大に椅子から転げ落ちた。そんな俺を姉貴はつま先で突っついてくる。

「ほれ、姉ちゃんに言うてみ?」

 完璧に面白がってるだろ、姉貴ーッ!

「だーっ! できねぇんだよっ!」

「なんや相変わらずココ一番の意気地あらへんなぁ。情けなぁー。ホンマどうしようもあらへん難儀な子やねぇ。ショボい男やで、あんた。親の顔が見てみたいわ」

 あんたの弟だ! 実の! だから親も同じだよッ! とっととジーンに帰って親父たちの顔ガン見て気味悪がられてろ!

「そうじゃなくて! ファニィにはすでに好きな奴がいるんだよ!」

「なんっ? ひゃあ、そうなんか?」

 姉貴が素っ頓狂な声をあげる。

「そうかぁ。あんたフラれたんかぁ……可哀想になぁ……」

 姉貴の憐れみの視線が俺を更に谷底へ突き落す。だからこう、なんで姉貴は俺の言わんとする事の一歩も二歩も先を、盛大に斜め向こうに逸れた思考に辿り着くんだ? 男女関係ドロドロ系の三流大衆雑誌の読み過ぎじゃねぇのか?

「フラれてもねぇよっ! だっ、だから……なんつうか……あのだなぁ……お、俺の事はまともに取り合ってもらえてないと言うか、いいようにからかわれてるだけと言うか……」

 うぐぅ……。まさか姉貴にこんな話を吐露させられる日が来るとは思ってもいなかった。親姉弟に惚れてる相手の話をするって事が、ここまでクソ恥ずかしいものだったとは。

「ファニィちゃんの相手って、ええ男なん? そりゃ、あの子が好きや言うくらいやから、あんたよりよっぽど器量のええ男なんやろね」

「いや、ヒースは組合史上、最低最悪のろくでなしだ。ファニィも認めてるくらいの情けないクソ野郎だ」

 ヒースに対する罵詈雑言ならいくらでも出てくる。俺にとってあいつは元々受け付けないタイプだし、目の前でファニィを掻っ攫われた恋敵な訳だし。

「あんたに言われる程の穀潰しをあの子が? ふーん……もしかして物好きなんか、ファニィちゃん」

「まぁ……ある意味変わり者のゲテモノ好きだろうな。ヒースはあいつの書面上の兄貴だし」

「近親かいな! はぁ、あの子ええ子やのに、ホンマ物好きやねんなぁ」

 姉貴が呆れたように言う。だがすぐに口元に手を当て、首を捻る。

「でもなぁ。ウチさっき、あんたら集まるまでファニィちゃんと話してて感じてんけど、あんたの事、まんざらでもないみたいな感じやったで。だからウチ、あんたはまた臆病風吹かせて怖気づいてる思うて、気ィ利かしたってんけど」

 ファニィが? 俺を? ファニィの事だ。どこか世間知らずなきらいのある姉貴をもからかって面白がってるだけじゃないのか?

 ……いや、さすがにファニィだって自分の立場を理解しない振る舞いはしないか。あいつは組合の補佐官で、姉貴は依頼者なんだから。

「あんたの事やから、ちゃんと好きやって言うてへんのんちゃうん?」

「え、あ……」

 言われてみれば確かに、俺はファニィにちゃんと言葉にして気持ちを伝えていないかもしれない。でもそれにしたって、俺の態度で充分にファニィには伝わってると思うんだが……。その上で、あいつは俺をからかって笑ってやがる。

 姉貴は苦笑しながら俺の額を小突いた。

「女はな。ちゃんと気持ちを言葉にしてもらわんと嫌やねんで。やっぱり今日、二人の時間作ったるさかい、あんたきっちり言う事言い。分かったな?」

「で、でもそんな急に言われたって……」

 突然そう言われても、俺だって心の準備ってものがある。そう簡単に告白なんてできるもんじゃない。

「覚悟決めて腹括り。でないとウチからファニィちゃんに言う」

「う……わかっ、た……」

 姉貴に橋渡しなんかされたら、それこそ後からファニィと姉貴、両方からからかわれるのがオチだ。そんな事は絶対に避けなければいけない。

 こうして俺は、なし崩し的にファニィに改めて告白する事を強要された。


       2


 あたしとミサオさん、そしてタスクは、ミサオさんが占いに使うっていう水晶玉を探しに骨董屋に来ていた。

ミサオさんはあたしにも見立ててほしいって言ってたけど、よくよく考えなくても、あたしはタスクみたいに魔法の知識がある訳じゃないから、水晶玉見たって全然参考になる訳ないんだよね。せいぜい「色が綺麗」とか「占い師っぽい」とか、そういう素人丸出しの意見しか出せないもん。

もしかしてミサオさん、なんか企んでる? タスクがいるって時点で、何となく予想できない事もないけど。

「ファニィちゃん。ちょっと先、出とってくれる? ウチ、さっきの水晶もっぺん見てくるわ」

 ミサオさんが両手を顔の前で合わせて片目を瞑る。

「あたしも行くよ?」

「大丈夫や。すぐ追いつくよって」

「そう?」


 ミサオさんは小さく手を振って、お店の奥の方へ戻って行った。あたしは隣で眠たそうに欠伸をしているタスクのショールを引っ張る。

「タスク。先、帰ってる? ミサオさんにはあたしから言っといてあげるから」

「へ? あ……お、俺なら平気だから」

 タスクは慌てて両手を振る。

「嘘吐き。さっきからずっと欠伸してるし、隙あらば壁に寄りかかって目を瞑ったりしてるじゃない。体、相当辛いんでしょ」

「平気だって。それにここで俺だけ帰ったら、あとで姉貴に半殺しにされっから」

 タスクは妙に早口で答える。胡散臭い……タスクもミサオさんも。

 あたしはちょっと疑いつつも、タスクと一緒にお店を出る。そして特に会話もないまま、メインストリートの方へ向かって、小道をゆっくり歩いていた。黙ってるのもなんか重苦しくてヤだな。

「……えーっと……闇市場の帰りからずっと考えてたんだけどさ」

 あたしは両手を背中で組み、何となくタスクから視線を逸らして呟く。

「元締めにはまだ話を通してないんだけど……あんたをね。あたしの……チームに正式に入れてあげようかと思ってるんだ」

「えっ? それ、本当か? いいのか?」

 タスクの表情がパッと明るくなる。

「うん。あんたやミサオさんは『自分は未熟者だけど』なんて言って、謙遜してるのか本気で言ってんのかあたしには分からないけど、でも闇市場の時の活躍といい、コートが誘拐された時の活躍といい、それにコートとは違う方面であんたも頭いいし、あたしが思ってた以上にあんたは優秀で、充分な戦力になるし、組合にとっても有益な人材なんだって認めてあげるわ。だから……あんたが嫌じゃなければあたしのトコに来る?」

「嫌なもんか! 俺もっと修行して、魔法の技術も知識も磨くから!」

 子供みたいにはしゃぎ、タスクはあたしの手を取ってぶんぶん振り回す。あははっ! なんなのよ、このはしゃぎっぷりは。コートより子供みたいじゃない。

「はいはい。大抜擢が嬉しいのは分かったから、そろそろ手を離してね」

「あっ、わり……」

 タスクは慌ててあたしの手を離し、ふいに何かを思い出したように真顔になる。そして口元を押さえ、空を仰ぎ、足を止める。メインストリートまであと数歩だけど、不思議と人通りが途絶える。


「あー……あのさ……」

「ん、どしたの?」

 タスクが沈黙する。あたしが小首を傾げると、タスクはいきなりあたしの肩に手を置き、真顔で問い掛けてきた。

「こ、答えろ。俺とヒース、お前はどっちが好きなんだ?」

「ヒース」

 間髪入れずに即答するあたし。簡潔に、的確に。

 タスクはそれを聞いて、頭を抱えてその場に蹲った。

「何を今更分かり切った事を言ってんのよ。あんただって知ってるじゃない」

「あ、あのなぁ! お、俺はお前が好……」

「あんたがあたしの事を好きだってのも知ってるよ。あんたの態度、露骨だもん」

 めげずに立ち上がって告ろうとしてきたタスクに、更に追撃の一言。タスク再び撃沈。

「ははーん。あんたとミサオさんの様子が変だったのは、このせいね? タスクは一方的な片思いで納得してたんじゃないの?」

 あたしが言うと、タスクは噛み付くような勢いで反論してきた。

「誰が一方通行の気持ちだけで納得するか!」

「はいはい。とにかくあたしは先約済み。あ、ほら、コートかジュラで手を打っときなさいよ。どっちもあんたの事、気に入ってるし」

「なんでどっちかで手を打てとか、そういう酷い事をあいつらに対しても言えんだよ、お前は!」

 あー、確かにちょっと、コートとジュラに対して失礼な言い回しだったかな。

「何が嬉しくて、ガキとはいえ男を相手にしなくちゃならないんだよ! それにジュラさんは能天気でマイペースで大して深い考えなしに、誰彼構わず愛想よく振る舞う人じゃないか! 俺を気に入ってるなんて、所詮仲間としてだろうが。コートにしてるように、誰にだって挨拶代わりにキスするような人だろ、ジュラさんは!」

「あんたこそ酷い事を言うわね。ジュラはそんなに安い女じゃないわよ。ジュラが自分からキスする相手なんて、たとえ親兄弟相手でもコートが黙ってるはずないでしょうが」

 何をいきなりふざけた事言い出すかと思えば、タスクだって充分二人を馬鹿にしてるじゃないの。あたしは憤慨する。

「へ? あ、そ、そうか……うん……そうだよな。コートとジュラさんは特別だもんな」

 タスクが慌てて頭を掻いて視線を逸らす。うん、分かればよろしい。ジュラとコートを貶める奴はあたしが許さない。

「やっぱり今日のタスク、変だよ? 急に告白とか、あんたらしくないじゃない」

 あたしが訝しげにタスクを見上げると、タスクは照れ隠しなのか頭を掻きながらしどろもどろに答える。

「いや、その……だから、やっぱりちゃんとお前にも伝えとかないと、って……」

「だからあんたの好意は知ってるって」

「そ、そうなんだけどな。その、一応ケジメというか……」

 なんて言うか、ココ一番っていう時の情けない部分が、タスクとヒースの似てる所かもしれない。あは。意外な共通点発見。指摘したらどっちも物凄く否定するだろうけど。

 ふぅ……なんか、放っておけないな。タスクもヒースも。ついでって訳じゃないけど、あたしもそろそろちゃんと言っておかないといけないかもしれない。タスクが分かってない、あたしの事。

 あたしはタスクのショールの端を掴み、俯いて前髪で目を隠したまま静かに言った。

「タスク、忠告しといてあげるね」

 メインストリートの喧騒が、あたしの声を聞き取りづらくさせているのか、タスクはじっと耳を凝らしている。

「例えばだよ。例えばあたしとタスクが、タスクの望むような関係になっちゃうと、タスクは組合の仕事を続けられなくなるよ。ヒースはもちろんヤキモチ妬くだろうし、それに……組合のみんなは、タスクを避けるようになるよ。ヒースとタスクは違う。ヒースは元締めの実の子供で、タスクは外部の人間。だからあたしとヒースがくっ付いたとしても、誰も何も言わないの」

 二人が違う立場だって事、分かってくれるかなぁ?

「……俺を避ける? 俺が外部の人間だからか? それとも……魔術し……」

 タスクの言葉を遮ってあたしは続ける。あたしの事実を、言葉にする。

「あたし、書面上は元締めの子供だけど……でも……養女だから。それから……混血だから。魔物の血が、半分以上入ってるから……」

 あたしは自分の血の事を恨んではない。だって実父も実母も、本当に愛し合ってあたしが生まれた事を知ってるから。実の両親を恨む事なんて、あたしにはできない。二人が愛し合う事によって起こる不幸が、どんなに大きな枷をあたしに与えたとしても。

 でも……この事実を口にするたびに、あたしの心は痛くなる。いつも、いつでも、どんな状況でも……。だって混血であるという事実は、あたしはみんなと違うんだって、自分で自分の傷を抉る行為なんだもの。


 心の痛みをじっと堪えていると、タスクがあたしの肩をぎゅっと掴んできた。あたしは一瞬体を強張らせて、ゆっくりタスクを見上げた。タスクの目は……組合のみんなとちょっと違う気がした。それがどういうものなのか、今のあたしには分からない。でも……嫌いじゃない。イヤじゃない。

 沈黙はイヤ。何か……何か言わないと。

「……あたしはタスクの事、嫌いじゃないよ。あんたと仕事を続けたいって思ってる。だからあたしはヒースを選んだの」

 あたしはタスクが好きだよ。ジュラもコートも、元締めもヒースも、組合のみんなも大好き。だからあたしは補佐官を続ける。半分魔物として生きて、それでもみんなに認められるためには、この方法しかないから。

 タスクが痛いくらいに掴んだあたしの肩の手に、更に力を込めてくる。でも痛いからって、振り解く事はあたしにはできなかった。

タスクは言いたい事を堪えるようにぐっと唇を噛み締め、そして空を見上げながらゆっくり息を吸い込み、口を開いた。

「前にも言ったよな。俺はファニィが魔物との混血でも構わない。ファニィがファニィだからこそ、俺は……俺は、こう……して……」

 あたしはぎゅっと額をタスクの肩に押し当てた。今のあたしの顔、こいつには見られたくなかったから。

「タスクだけだね。あたしが魔物との混血でも好きだって言ってくれるの」

 ヒースはあたしを好きだって言うのに、あたしの血を恐れてる。あたしの血を認めては……くれない。

 あたしが抱いてる、ヒースに対する非難と寂しさを言葉に出さず、あたしは心の中で自分の言葉に繋げた。弱みは、見せたくないから。

「関係、ないって言ったろ……俺だって、魔術師だ」

 タスクの声が震えていた。

「だからあたしは魔法の事は分かんないんだって」

 あたしは自分の感情にちょっとだけ戸惑っていた。あたしの気持ちはさっき言った通り。だけど……すごく心が揺らぐの。こんなのヒースに知られたら、頭から湯気が出るくらい嫉妬して怒ってくるだろうな。あいつ、子供だもん。

「……あたしはタスクが嫌いじゃない。今はこれで見逃してもらえないかなぁ?」

 タスクの心臓がドキドキしてるのが分かる。多分、あたしも。

「……み、見逃してやるよっ。あーあ! 姉貴、早く来ねぇかな!」

 タスクは乱暴にあたしを突き飛ばして、ヤケクソ気味に吐き捨てた。


 あは。あはは。なんか、変なの。タスクもあたしも。

タスクが変な告白とかしてくるから、ちょっとギクシャクしちゃったじゃないの。こんなの全然あたし達らしくないよ。この先も、今の関係を壊すような事はしないでほしいわ。あたしはずっとみんなと一緒にいたいの。

でも……悪い気はしなかったな……。むしろ、凄くドキドキした……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ