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Light Fantasia  作者: 天海六花
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潜入!

     潜入!


       1


 ここ数日でまとめた資料を揃えて机の上でトントンと角を揃える。そしてあたしは席を立った。

「じゃあ、準備ができ次第出発するね」

「うむ。充分気を付けるように」

「了解です」

 元締めに声をかけ、あたしは足元に置いてあった鞄を肩に引っ掻けた。手にはさっきの資料。

 元締めはあたしに一言声をかけただけで、こっちに一瞥もくれずに自分の机に山積みにされた書類にペンを走らせている。

 いつも通りの光景。いつも通りだからこそ、元締めはあたしを信頼して、あたしの判断に絶対の信用を持ってくれてるの。そしていつも通りに送り出してくれる。「ちょっとそこまで買い物行ってくるね」って、そういう感じであたしはいつも危険な冒険に出掛け、そして「ただいま」って帰ってくる。

 いつも通りだから、あたしは何も怖くない。そして安心して帰ってこられる。


 あたしは執務室を出て、小会議室へと向かった。小会議室のドアを開けると、あらかじめ召集を掛けておいた見慣れた顔触れが揃っている。当然か。今日この時間に集まるようにって、召集掛けといたんだもの。

「ファニィちゃん。ウチも呼ばはったけど、構わへんかったん?」

 額に目のようにも見える幾何学模様の刺青があり、褐色の肌に、長い黒髪を頭の上で綺麗にまとめた知的な女性は、組合に仕事を依頼してきたジーンの賢者様でミサオさん。組合の魔法使いであるタスクの正真正銘本当のお姉さんで、オウカ標準語は一応使えるけど、ジーン特有の方言はどうやっても抜けないらしく、気が緩んでいたり気を許してる相手だとつい口を衝いて出てしまうらしい。

 元々は組合に依頼だけしてジーンに戻る予定だったんだけど、あたしとチームを組んでいるコートに純白魔術とかいう魔法だか何だかの才能がある事がつい先日発覚して、その使い方とか制御方法を教えるという名目で、当分はオウカに滞在する事になっている。

「うん。ミサオさんはコートの保護者だし」

「まぁ、ファニィさん。コートはわたくしの弟ですのよ。お忘れになって?」

 あたしの言葉に素早く反応したのは銀髪紫眼の長身の美女、ジュラフィス。通称はジュラ。こっちはコートの正真正銘実の姉で、スバ抜けた美貌とプロポーションを持っているものの、頭のネジは派手に数本ぶっ飛んでるらしく、素っ頓狂で頓珍漢な言葉を常に口走る。でもブラコンっていうくらい、コートを盲目的に溺愛しているの。あ、違う。コートに頼りきりになっているというか、コートがいないとマトモな生活は送れないほどの天然っぷりというか。

「コートの保護者はミサオさんだよ。姉のジュラの保護者が弟のコートなの。分かる? 〝の〟の位置が違うんだよ」

「安心しましたわ。ファニィさんたら、わたくしがコートの姉だという事をお忘れになったのかと、心配しましてよ」

 とりあえずコートとワンセットであるという事に納得したらしいジュラ。相変わらず緩いなぁ。

「あ、あの……ぼ、僕は姉様の保護者とか……そういうの、じゃない、です……まだ子供です、し……」

消え入りそうな声音で顔を真っ赤にしてもじもじ答えた、サラサラの金髪とグリグリ大きな青目の子供はコートニス。通称はコート。若干十歳にしてこの冒険者組合随一の頭脳と知識を持った超天才児。ただし極端に内向的で恥ずかしがり屋。それがまた可愛いんだけど。

「あのさファニィ。なにか用なのか? この面子集めるなんて、只事じゃないんだろ?」

 褐色の肌と短い黒髪。右の頬に抽象的な炎の形の刺青を持つ青年がタスク。組合の新人魔法使いだけど、食堂でバイトしていて、そこの名物料理人でもある。とにかくこいつが来てから組合の食堂のご飯が美味しくなって、ずっと閑古鳥だった食堂は連日満員御礼状態。補佐官のあたしですら席の確保が難しくなってるほど。

「ミサオさんから依頼された物の有力な情報が手に入って、その調査であたしが動く事になったのよ」

「タイガーパールが見つかったん?」

 ジーンの女王からカキネ家に下賜かしされた宝石で、トラという猛獣が黒い真珠を咥えたような形の、魔力媒体としてもとても貴重な『タイガーパール』っていう宝石。盗難に遭ったそれを取り戻してほしいというのが、ミサオさんが持ちこんできた依頼。

「良かったわぁ。まだ切り売りとかされてへんね? 無事やんね?」

「そこまで詳しくはまだ分からないけど、今回、その辺りをキチンと調査して取り戻すための対策を練ろうかと思うの」

「調査してから対策? えらい遠回しやね」

「ええ。見つかった場所というのが、盗品売買の闇市場で、このオウカでも一、二を争うんじゃないかっていうくらい危険な場所なの。そんな所へ無作為にウチの人材送り込めないわ。だからとりあえずあたしのチームで調査します」

 ミサオさんがあたしたちを見回して、怪訝な表情になる。

「……あんな。気ィ悪うしたらごめんやけど……ファニィちゃんが動くって、ここにいてはるお人らで、そない危ないトコに乗り込もうって言うんかいな?」

「姉貴。その辺は安心していい。ファニィのチームは、見た目はこんな凸凹でも、実力は組合の中でも折り紙付きだから」

「そうか? まぁ、あんたが言うなら……」

 ミサオさんは釈然としないまま腕輪を指先でなぞっている。まぁ確かに、あたしのチームはタスクが言ったように見た目と実力のギャップが凄まじいから、初めて見た人は大抵ミサオさんみたいな不安そうな顔をするのよね。

「……元締めはんやらファニィちゃんやらを信用してるのは変わらへんし、一度頭下げて頼んだ事を撤回すんのも失礼やしな。堪忍してな。タイガーパール、任せたで」

「オッケー。ばっちり任せちゃってください」

 あたしは親指を立ててウィンクした。


「それじゃ、今回の仕事について説明するから、みんなよく聞いてね」

 あたしが説明を始めようとした時だ。タスクが片手を挙げてあたしを制止した。

「ちょっと待った。先に一つ聞いてもいいか?」

「何よ。質問はあとで受け付けるわよ?」

 あたしが小首を傾げると、タスクが照れ臭そうに頬を指先で掻いて、遠慮気味に問い掛けてくる。

「あの、さ。俺がこの場に呼ばれたって事は、俺も依頼に参加させてもらえると判断して良かったんだよな?」

「そうよ? あんたを頭数に入れて作戦考えてなきゃ、わざわざ召集かけるはずないじゃない」

「よしっ! 気合入った!」

 タスクが小さくガッツポーズを作る。あはは。最近ミサオさんの影響で、タスクのペース乱されてたもんね。

「じゃ、改めて本題入るわよ」


 あたしはさっきまで執務室でまとめてた資料を全員に配った。あ、ジュラの分はコートの分と一緒ね。どうせジュラが見ても理解できないだろうし。

「依頼内容はジーンのカキネ家から盗難に遭った宝石、タイガーパール奪還のための、まずはあたしの仕入れた情報の確認作業です。資料にある闇市場での盗品取引会場に潜入し、そこで実物かどうかを確かめてきます。そして取引成立を見届け、タイガーパールの行方の確実な情報を入手してくる事。ただし今回の行動でタイガーパールを横取りしてこようとか、ついでに盗み返してこようなんて思わないようにね。なんたって状況が悪いわ」

 あたしは資料のページを繰り、人名がズラズラと書かれたページを指差す。

「仕入れた情報によると、今回の取引会場はオウカでも指折りの悪人が顔を揃える闇市場らしいの。組合で定めた危険人物や、オウカを中心に五国全土で指名手配中の殺人鬼なんかもいるわ。さすがに少数で挑むには無謀もいいとこね。だから絶対に戦闘に持ち込まないよう、充分気を付けておとなしく調査だけしてくる事。無謀と無茶は勇気って意味とは違うって理解してよ」

「命は無駄にしたくないよな」

「で、実際会場へ潜入するのは二人のみ。あたしの使ってる密偵が、二人だけなら手配可能だって言ってたからね」

 あたしの言葉に、コートが不安そうにジュラの腕にしがみ付いて、あたしの方へ顔を向ける。

「あ、あの……ふ、二人だけなんて……危険な場所、なんですよね?」

「宝石が実物かどうか確認して戻ってくるだけだから、余計な事をしなければ大丈夫よ。多分」

「多分って……無責任だぜ、それ」

 タスクが呆れたように言う。

「だって仕方ないじゃない。荒くれ者やら無法者の中に飛び込むんだから、多少の怪我は覚悟してもらわないと」

「お前、さっきと言ってる事が真逆になってるだろうが。それって無茶しねぇと絶対無理じゃねぇか」

 あたしとしても、できれば組合員を……あたしのチームの面子をそういう場所に放り込みたくはないんだけど、でも苦肉の策なのよね。密偵の情報だけを頼りに、安全な場所からあやふやな情報に惑わされて右往左往してても、依頼はいつまで経っても完了しないわ。


「ま、そう言う事なんで、悪く思わないでね。タスク」

「……全くお前はいつも、ちゃんと物事を考えてるのか考えてないのか全然分からな……ん? って……でええぇぇぇっ? 俺ぇっ?」

 タスクが絶叫した。

「うん。一人目はタスク」

「ちょ……ちょっと待て! 落ち着け! お前は俺に死んで来いって言ってんのかっ?」

「誰も死ねゆーてへんやん。あんたやったら本物見た事あるし、調査いうには適任やないの。あんたは見た目より頑丈やねんから、おとなしゅう腹括り」

 ミサオさんが愉快そうにタスクの頭をベシッと叩いた。うわぁ、手首のスナップ効いててモロに入ったよ、あれ。多分結構痛いよね?

男と女でも、やっぱり普通は姉って強いものよね? ジュラとコートの場合もタスクとミサオさんとは違う意味でマイペースワガママなジュラが強いし。

「ううう……」

「ごめん、タスクー。でも大仰な武器持ってちゃ疑われちゃうでしょ? でもあんたなら口さえ利ければ魔法でどうにかなるじゃない?」

「ばっ、馬鹿言え! 俺だって魔法の杖って媒体無しじゃ、そりゃもう、ショボいそれなりの魔法しか使えねぇんだぞ! ランプに火を点けるとか!」

 かなり情けない事を喚いてるけど、タスクにはグチャグチャ魔法……えーと、暗黒魔術? だっけ? あれがあるからどうにかなると思ってたんだけど。

「タスク、あんた……ジーンにおった頃より更に退化しとるんか? 修行、怠けとったんか?」

 タスクの背後から妙に脅しの聞いた低い声。

「あっ、いやっ! つ、使えるぜ! 威力とか照準は落ちるけど、炎の槍の魔法とか、火炎球の魔法とか! いざとなったら魔術あるし!」

 ミサオさんに睨まれ、タスクが慌てて前言を撤回する。うん、やっぱ使えるじゃない、魔術。

「はい、タスク決定ねー」

「うう……頑張るよ、俺……頑張れよ、俺」

 自分を励ましに陶酔入っちゃった。

「それじゃもう一人なんだけど、これはジュラにお願いしようかと思うの」

「あら。わたくし先ほどお食事は済ませましたわよ」

「違います、姉様。姉様にお仕事ですと仰ってるんです」

「まぁ、そうでしたの。わたくし、頑張りますわね」

 ジュラは一回とぼけた返事を返したものの、にっこり笑顔の二つ返事でオーケーしてくれた。うん、百パーセント内容理解してないだろうけどね。コート、あとでしっかり説明しときなさいよ。

「うん、頑張ってね。ジュラなら万が一の事があっても、武器無しでもへっちゃらだし」

「なぁ、ファニィちゃん」

 ミサオさんが不安そうに唇に手を当てて眉を顰める。

「ジュラフィスはんみたいな、ごっつう別嬪なお人が、荒くれモンの中に飛び込んだら、別の意味危険ちゃうのん?」

 ミサオさんの意見はもっともね。ジュラみたいな完璧な美貌とプロポーションの美女って餌を、発情した猿みたいな奴らの群れの中に放り込むのは危険だっていうのは、あたしでも充分理解してる。でもジュラなら平気だとも分かってる。

「ミサオさんは知らないから不思議に思うだろうけど、ジュラはこれでもスゴい怪力の武術家だから。男の力自慢を五、六人同時に相手にしてもにっこり笑ったまま勝っちゃうから安心して」

「ジュラさんはマジで強いから大丈夫だよ。それより俺の心配はしてくれねぇのかよ、姉貴?」

 タスクは頭を抱えて何度もため息を吐いている。

「そうなん? なんやウチだけ事情知らんから、さっきから一人浮いてるみたいに感じるわぁ」

「ごめんね、ミサオさん。でもあたしもちゃんと考えて作戦練ってるから」

 あたしの言葉だけじゃミサオさんの不安をすぐには解消してあげられないけど、でも結果を出せばミサオさんだって分かってくれるよね。依頼者に不信感抱かせるなんて、やっぱりあたしもまだまだだよね。


「あ、あのぉ……ファニィさん」

「どしたの、コート」

 コートがもじもじしながら控えめに手を挙げる。

「その……えと……ファ、ファニィさんがタスクさんに……同行された方が、いいのではないでしょうか? あっ、あの……ぼ、僕でも……いいですけど……ちょっと、怖いですけど……その……姉様に宝石の確認は、少し難しいかと……」

 コートの意見はもっともだけど、ちょっとこの二人でないとダメなんだよね。

「今回の仕事は消去法で考えると、タスクとジュラでないと無理なのよ」

 あたしは肩を竦める。

「あたしは冒険者組合の補佐官という肩書を持ってる分、そういう悪党連中には顔をしっかり覚えられてるの。で、闇市場は、情報収集はできてもコートみたいなお子ちゃまが入れるような場所でもない。他のチームに依頼するには、実力面でちょっと不安が残る……ってな具合で考えていくと、口さえ利ければ魔法が使えるタスクと、素手で充分強いジュラしか選択肢が無くなっちゃう訳」

 まぁ確かにこの二人にも不安材料はあるんだけど、でもジュラが周囲の視線を引きつけてる間に、タスクが確認作業という手順を踏んでくれれば一番確実だとも思うのよね。

「あたしは近くまで一緒に行くけど、潜入には参加できないから、潜入後の行動はタスクに一任するわ。それでコートはお留守番。ミサオさん、その間コートをお願いします」

「分かったわ。じゃあウチの借りてる宿においでな。魔術の修行もできるし」

「は、はい。お師匠様」

 ミサオさんに魔術を習い始めてから、コートはミサオさんを名前でなくお師匠様と呼ぶようになった。そういうケジメがコートらしい。

 コートは一度ミサオさんに返事を返したものの、ちょっと未練がましくあたしを見ている。

「コート、本当に危ない場所だから。ね? コートに怪我させたくないの」

「……は、はい。すみません……ワガママ言って……」

 コートは大きめの帽子を押さえ、少し上目使いであたしを見てぺこりと頭を下げる。うん、素直でよろしい。

「じゃあ準備でき次第出発したいから、各自早めに荷物まとめてきてね。潜入後の変装用衣装はあたしが持って行くから」

「分かりましたわ」

「……おうよ」

 コートに付き添われたジュラと、項垂れたタスクが小会議室から出て行った。あたしはストンと椅子に座り、ふうと息を吐いて喉を抑える。ずっと喋りっぱなしだから喉乾いちゃった。

「ファニィちゃん。あんたはやっぱり立派なお人やね。凄い補佐官様やわ」

「えー? そんな事ないよ。みんなが助けてくれるから、あたしは補佐官やってられるだけ」

「人望ないモンは、よその人に助けてなんかもらわれへんよ」

 ミサオさんがニコニコしながら言う。

 そうかな? あたしは自分が偉いとも立派だとか、そういうコト何とも思ってないけど……まぁ、確かに組合のみんなが慕ってくれるのは、すっごく有り難いかな。ただ自分のしたい事とか、自分がされて嬉しい事をしてるだけなのに褒められるのは、ちょっと照れくさかった。


       2


 どちらの民族衣装なのかは分かりませんけれど、薄い布を頭から被ってタスクさんはお顔を隠していますわ。わたくしも同じような薄い布を被っていますの。でもわたくしの物は綺麗な刺繍が入っていますのよ。

 わたくしとファニィさんとタスクさんの三人で、オウカの都から少しエルト方面に歩き、突き当たった砂漠地帯にある、とても寂れた集落のような所の前で、わたくしとタスクさんは見た事のない民族衣装のような物に着替えさせられましたの。そしてわたくしとタスクさんを送り出して、ファニィさんは来た道を戻って行かれましたわ。わたくしにタスクさんの言う事をよく聞くように仰ってましたから、今度のお仕事ではわたくしはコートでもファニィさんでもなく、タスクさんに従っていればよろしいのですわね。

 うふふ。少し服装を変えるだけで別人になったような気がしますわね。仮装大会のようで、とても楽しいですわ。コートもいればもっと楽しかったでしょうに。

「念のために偽名を使いたいんですけど、ジュラさん、別の名前って覚えられますか?」

「まぁ大変! タスクさんたらわたくしの名前をお忘れになって? わたくしはジュラフィスですわ」

「……分かってます。もういいです。俺はジュラさんを今まで通りジュラさんと呼びますから、ジュラさんも俺の事はタスクでいいです……」

 あらあら。なんだかタスクさん、とても疲れたお顔をなさっていますわ。疲れている時は甘いお菓子をいただくと、とても元気になるんですのよ。

 そういえばそろそろおやつの時間ですわ。コートはわたくしの荷物にお菓子を入れておいてくれたかしら? パイ生地にチョコレートを練り込んで焼いたものを久しぶりにいただきたいですわ。とても甘くて美味しいんですのよ。

「取引会場に入ったら……いや、ここではジュラさんは余計な事はしないで俺の傍を離れないようにしてください」

「ええ、分かっていますわ。わたくしこんな場所は初めてですの。迷ってしまったら、コートはちゃんとわたくしを迎えにこれるかしら?」

「まっ、迷ったらその場でじっとしててください! 俺が迎えに行きますから!」

「タスクさんが? まぁ、嬉しいですわ」

 これで迷子になってしまっても安心ですわね。わたくし、道や場所を覚えるのはとても苦手ですの。いつもコートに連れていってもらうんですのよ。コートはとてもお利口さんで、わたくしの自慢の弟ですわ。


 寂れた集落のような場所は、砂漠地帯の岩場の近くにありましたの。砂漠の中ですから、集落全体の建物は低くて簡素ですわ。上より横に広い造りの建物が多いようですのね。

 わたくしとタスクさんは集落の入り口を見張るように立っていらっしゃる方に近づいていきましたの。あら、よく見れば、お二人いらっしゃる内の片方の殿方は、ファニィさんのものとよく似た赤いバンダナをしていらっしゃいますわ。タスクさんはそれを目印になさるように、そちらの方へ近付いて行きましたの。

「異国の品を買い取ってくれると聞いてやってきたんだが?」

 タスクさんがそう仰って、またファニィさんのバンダナと同じような赤い布で包んだ宝石箱を見せましたの。

「ファミール様の口添えの者か?」

「そうだ。ファミール女史の所縁の者だ」

 あらあら、タスクさんたらファニィさんのお名前を間違っていらっしゃいますわ。さっきもわたくしのお名前を忘れていましたし、タスクさんたらまだ少しおねむさんでいらっしゃるのね。

 あら? でも確か組合でコートから、ファニィさんのお友達の方がこちらにいらっしゃると聞いたような……もしかしてこの方がファニィさんのお友達の方かしら? それでしたらこの方もファニィさんのお名前をうっかり間違っていらしてるのね。そそっかしい殿方がいっぱいですわ。

「名は?」

「俺はタスク。こっちはジュラフィ……ジュラだ」

「タスクとジュラ。分かった、売買は中央広場の取引会場で行われる。お前たちを登録しておくから、会場へ入る時に受付の者に名を名乗ってくれ」

 タスクさんが頷くのを見て、ファニィさんとお揃いのバンダナの殿方が木彫りのブレスレットをタスクさんに渡しましたの。

「会場に武器類の持ち込みはできない。それと、ここにいる間はこのブレスが身分証替わりになる。うっかり外して何か起こってもオレは知らねぇ」

「分かった」

 タスクさんはご自分の腕に先ほどのブレスレットを填めて、もう一つをわたくしに差し出してきましたの。

「ジュラさんも付けてください。俺がいいと言うまで外さないようにお願いします」

「あら……そうですわねぇ……デザインがわたくしの好みではありませんの。せっかくのプレゼントですけれど、いりませんわ」

「俺の言う事聞いてくださいってお願いしたでしょう。付けてください」

 タスクさんは焦った様子でチラチラと背後を伺いながら、わたくしにプレゼントを付けるように強要してきますわ。いつもと違って随分大胆ですわね。

「仕方ありませんわね。うふふ。強気な殿方もわたくし、嫌いではありませんことよ」

 わたくしはブレスレットを填めてタスクさんの腕に自分の腕を絡めましたの。こうすればタスクさんとはぐれませんわ。名案ですの。

 でもタスクさんはわたくしが体をくっつけたら、驚いたようにギクシャクしだしましたわ。あら、照れてらっしゃるのかしら? 淑女のエスコートくらい、紳士のたしなみですのよ。タスクさんはまだお若いから、照れてしまうのは仕方ないのかしら?


「じ、じゃあ行きますから、本当に離れないでくださいよ」

「うふふ。腕を預けていますから大丈夫ですわ」

 タスクさんは入り口のバンダナさんに指示された、今夜のお宿に向かいましたの。

 そういえば、タスクさんと二人だけで泊まりがけのお仕事って初めてですわね。今までならコートとファニィさんが必ずいましたもの。わたくしもちょっぴりドキドキして楽しみになってきましたわ。

 『潜入捜査』というお仕事を開始されるのは、夜からだそうですの。わたくしは何もせずにタスクさんに付いていけばいいだけと聞いていますから、迷子にならないようにだけ気を付けていればよろしいのかしら?

 少し入り組んだ場所にあったお宿でわたくしたちが戴いたお部屋は一つでしたの。タスクさんはとても困ったようなお顔をしてらしたけれど、どうしてなのかしら? わたくしが一緒だとお嫌なのかしら? わたくしはタスクさんと一緒でとても楽しいですのに。一人でいるより二人でいる方が、賑やかで楽しいではありませんか。

「あー、仕方ない! これも任務だ!」

 タスクさんは何かを振り払うように、ご自分の頬をパチパチと叩いて首をぶんぶん振りましたの。まぁ、お元気ですわね。

「ジュラさん。簡単に言うんでよく聞いてください」

 わたくしは部屋に一つしかない椅子に座って、ドアの付近に立っているタスクさんを見ましたわ。

「何度も言いますけど、ジュラさんは一切余計な事はしないでください。それから余計な事も喋らないでください。俺が全部やりますんで。ただし絶対に俺から離れないようにお願いします。目的の実物確認と所在確認ができたら、朝早くにここから逃げ出します。それからファニィと合流します」

「そんなに一度にたくさん仰らないで。わたくし混乱してしまいますわ」

「うあーっ! だからっ! 何も喋らない余計な事はしないで俺にくっついてきてください!」

「まぁ、大きな声を出してはしたない」

 タスクさんが壁に手を付いて、大きなため息を吐きましたの。まぁいけませんわ。ため息を吐くと幸せが一つ逃げていってしまいますのよ。教えて差し上げた方がよろしいかしら?

「ジュラさんは勝手に喋らない一人で行動しない。分かりましたか?」

「分かりましたわ。それくらいならわたくし、覚えられましてよ」

 わたくしは胸を張って答えましたわ。最初からこう簡単に仰ってくださればよろしかったですのに。

 コートやファニィさんは、いつもわたくしに分かるようにお喋りしてくださいますのに、タスクさんはいつも難しい言葉を使うんですもの。コートと同じでお勉強家さんなのは分かりますけれど、難解な言葉を使いたい盛りなのかしら? うふふ、タスクさんたらまだまだやんちゃさんな子供ちゃんですわね。

でもそういうやんちゃな殿方も嫌いではありませんわよ、わたくし。


「ねぇ、タスクさん。わたくし、たくさん色々覚えたのでおなかが空きましたの。今日はまだおやつもいただいていないんですもの。少し早いですけれど、お夕食にしましょう」

 人間、おなかが空いていると怒りっぽくなりますわ。だからお夕食をいただけば、きっとタスクさんも落ち着かれますの。

 わたくし、自分の名案に嬉しくなってウキウキしながらお部屋を出ていこうとしましたわ。するとタスクさんがわぁわぁと叫びながら、わたくしの腕を掴んでわたくしを引き止めましたの。

「たった今、一人で勝手な行動はしないでくださいって言ったばかりでしょう! ジュラさんも分かったって言ったじゃないですか!」

「でもわたくし、おなかが空いていますの」

 わたくしが恨みがましく唇に指先を当て、上目遣いにタスクさんを見ると、タスクさんはがっくりと項垂れて、わたくしの腕を掴んでいない方の手を小さく振りました。

「……分かりました。分かりましたよ。もうおやつでも晩飯でも何でも食いますから、お願いですから勝手に一人で行動しないでください」

「まぁ嬉しいですわ。ではさっそくお夕食にしましょう。こちらの名物のお料理は一体なんなのかしら? 楽しみですわね」

 わたくしとタスクさんはお食事をするために、二人で一緒にお宿を出ましたの。でもタスクさんは随分お疲れのご様子ですわ。やっぱりたくさん食べて元気を出していただかないといけませんわね。


       3


 盗品をオークション形式で売買する取引会場へ、俺とジュラさんはファニィの手引きした密偵のお陰で難なく潜入する事ができた。

 ファニィの息の掛かった密偵は目印に赤いバンダナを付けているんだが、昼間この闇市場へ来た時に見張りとしていた一人と、会場の受付にいた一人。この二人しかいないようだな。

少ないと感じたが、まぁ当然か。そんなに多数の密偵を忍び込ませられるなら、とっくにこの闇市場ごと組合が潰しているはずだ。最小限の人数で情報を流すには、この要所に配置された二名がちょうどいいのかもしれない。

 ジュラさんの要望で早めの晩飯を食った後、俺は頬の入れ墨をパウダーで塗って薄く隠してから、顔を隠すためにジュラさんと共に、頭から薄手の布をすっぽり被った。コスタ地方の一部で着用されている民族衣装なんだが、俺とジュラさんの正体というか国籍は、多少はごまかせる……かなぁ……?

ジーン生まれの俺の褐色の肌と、ラシナ生まれのジュラさんのナイフのように尖った長い耳は嫌でも目立つから。

 やれやれ。ファニィは消去法で俺とジュラさんが適任だと言ったが、俺たちの容姿は明らかに潜入捜査向きじゃないぜ。今更ながら痛感した。

 それでも何とか極力目立たないように、特にジュラさんには口を酸っぱくする程『余計な事は喋らない・余計な事をしない』という約束事を言い聞かせて、さすがにおおらかのほほんなジュラさんにも多少ウザったられながらも、とにかく理解納得させて、俺はオークション会場の角の席に二人で座った。

 オークションはすでに始まっており、俺は壇上で次々出品落札されていく盗品をしっかりと目で追った。


 しばらくして、小さな宝石が壇上に上がった。俺もガキの頃に見た事があるから間違いない。タイガーパールだ。ファニィが掴んだ情報通り、やっぱり闇市場に流れてきてたのか。

 金なんて持ってきてる訳じゃないし、ここへ潜入するために持ってきた宝石箱の中身はイミテーションだ。それに実物の行方を調査してこいとだけ言われているので、俺はタイガーパールを落札したりはしない。ただ誰が落札するのか見届けて、ファニィに報告するだけだ。

 タイガーパールの真の価値を知ってか知らずかは分からないが、値段はどんどん吊り上がっていく。そして一人の男に落札された。

「……ジュラさん、しばらくここにじっとしててください。すぐ戻ります」

「まぁ。わたくしはタスクさんのお傍を離れてはいけないと仰ったではありませんの?」

 あれだけ口を酸っぱくして言い聞かせた甲斐あってか、ジュラさんが自分の行動を再確認してくる。

「五分で戻りますから、じっとしててください」

「……よく分かりませんけれど、お留守番をしていればよろしいですのね?」

 ジュラさんは不思議そうに小首を傾げてじっとその場に座っている。俺はそれを見届けてから、急いで会場の外へ出た。


 ちょうど会場奥の廊下でタイガーパールを落札した男が受け取りの為に、会場の更に奥にある部屋へ向かっているところだった。俺はその男に少し遠目から声をかける。

「旦那。いい買い物をしたね」

「誰だ、お前?」

 どういった風に自分を作ろうかを瞬時に考え、少し軽めの男を演じる事にした。

「何か良いモノがないか見たくて、興味本位で参加させてもらってね。今日の目玉は結局旦那の落札した宝石じゃないかと思ってさ」

 男は四十を少し越えた位の浅黒い肌の男。ジーンの民ほどじゃないが、あの肌の黒さはジーンにかなり近い所に住んでいる証拠だ。

「もし良ければ旦那とお近付きになりたいと思ってね。俺はまだ若造なんで、金で好きなモノを自由に買えるほどじゃないから、旦那のコレクションなんかを見せてもらえたらな、なんて」

 訝しげに俺を見ていた男だが、フッと嘲笑を口元に浮かべる。

「なんで見ず知らずの若造なんかに私のコレクションを見せなければいけないんだ。お前が実力で私の所まで這い上がって来れば、少々考えてやってもいい」

 男はかなり居丈高に吼え、俺を見下す。そうそう。俺を過小評価するくらいでちょうどいい。こいつの目利きの無さは俺にとっては好都合だ。

「そりゃ残念だ。じゃああんたを目指したいから、名前くらい教えてはもらえないかな」

「まぁ名前くらいならな。ペイドだ。ペイド・ミラー」

「ペイドの旦那ね。俺はニック。いつかあんたに肩を並べられるような金を手に入れてみせるよ。じゃあな」

 俺は偽名を名乗ってさっと身を翻した。

 上手く名前を聞き出せた。ジーン近くに住んでいるだろうという事と、ペイド・ミラーという名前さえあれば、ファニィ個人や組合の情報網で詳細を詮索できる。首尾は上々だ。


 俺は急いでジュラさんを迎えに行くべく会場へ取って返し、そしてジュラさんが複数の男たちに囲まれている事に仰天した。

 まさか素性がバレたのか? あれほど余計な事をせずにおとなしくしてるように言いつけておいたのに!

 だが俺の予想はハズレ。

 男たちはジュラさんの抜群のプロポーションと、顔を薄布で隠していても分かる美貌にコロッとやられて、オークションの中休みを利用して、ジュラさん相手に下手なナンパを仕掛けていたらしい。さっきまでは俺が傍にいたので、ジュラさんに変な虫が寄って来なかっただけみたいだ。

「ジュラさん」

「まぁ、やっとお戻りですのね」

 ジュラさんがにこりと微笑む。そしてゆっくりと椅子から立ち上がり、周囲の男たちに優雅に一礼した。

「わたくしの待ち人が戻って参りましたので失礼しますわね。ごきげんよう」

 ジュラさんはちゃんと俺との約束を守って、余計な事は言わずに我慢していてくれたらしい。ジュラさんは地が能天気でお気楽な事も影響しているのか、誰彼かまわず親しげに柔らかく女神の微笑みで対応するからなぁ……。人当りがいいと言うか何と言うか。

 そしてジュラさんは俺の元へすっと寄ってきて、昼間のように俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 うっ……だからそれマズイって。モロに胸、当たるんですけど、ジュラさん分かってます?

 でもジュラさんが自然に振る舞ってるのに、俺がギクシャクしてるとやっぱマズイよな。俺は極力平静を装って会場を出た。背後から男たちの嫉妬と嫌味に満ちた視線が突き刺さる。

 うう……俺ってば、いろんな勘違いですっげー敵視されてる……。俺の方が悪目立ちしてどうすんだよ!

 だから! 俺とジュラさんはそんな関係じゃないんだーッ!


「うふふ。わたくし、ちゃんとタスクさんの言い付けを守りましたのよ。わたくしだってやればできるんですのよ。褒めてくださいます?」

「ええ、凄いですよ、ホント。でもできれば宿までは黙っててください」

 不審に思われない程度の急ぎ足で、そしてどうにかあれ以上の問題もなく宿に戻ってきて、俺は精神的疲労で床へとへたりこんだ。

「まぁ、タスクさん。床に座るなんてお洋服が汚れてしまいますわよ」

「はぁそうですね……俺はまだやる事あるんで、ジュラさんは先に休んでてください」

 俺が言うと、ジュラさんは細い指先を顎に引っ掻け、小首を傾げる。

「もうわたくしは一人でいてもよろしいんですの?」

「はい。でも明日朝早くにここを出ますんで、ちゃんと起きてくださいね」

「あら大変ですわ。わたくし早起きは苦手なんですの。いつもコートに三回起こしてもらうんですのよ」

 俺はくわっと頭を上げて牙を剥いた。

「じゃあ俺は四回起こしますからッ!」

 ああ言えばこう言う、こう言えばそう言う。ジュラさんの思考パターンが俺にはまるで読めない。なんでファニィもコートも、この思いっきり明後日の方向へ天然ボケをぶちかましてるジュラさんを思いのままに操れるんだろう? やっぱり付き合いの長さと慣れの問題か?

 俺は軽い眩暈を堪えつつ、さっきの情報を、捲り上げた袖の裏に書き記した。紙で残すと万が一落としたりした時に怪しまれるからな。腕に書くのも危ない。袖を捲るような事になった時、隠しようがなくなっちまうもんな。その点、袖の内側なら、メモ部分を隠しながら袖を捲り上げる事ができる。

 ジーン方面のペイド・ミラーという男。歳は四十前後で、頬がやけにこけている割には小太りの成金様だ。特徴って言えばこんなもんか? あと、情報としてファニィに伝えておいた方がよさそうな事はなかったかな?


「こんなもんか。ジュラさん、俺はこっちの椅子で寝ますから、ジュラさんはベッドを使っ……」

 振り返りながらそこまで言い掛け、俺は硬直した。

 ついさっきまでいたはずのジュラさんが、忽然と部屋から姿を消していたんだ。施錠したはずのドアが半開きって事は、間違いなく一人で外に出ていってしまったんだろう。

「あ、れ、ほ、ど! おとなしくしててくださいって忠告しておいただろうが、俺はぁーッ!」

 頭を抱えて唸ったが、そんな暇があるならさっさとジュラさんを捜して連れ戻す方が先決だ。問題を起こされてからじゃ遅いんだ!

 俺が急いで部屋を飛び出ると、廊下の曲がり角に白いドレスの端が一瞬だけ見えた。間違いない。

 俺は極力足音を忍ばせ、ジュラさんを追う。だが曲がった先にジュラさんはいない。

「どこだ……? 頼むぜ、ジュラさん……」

 階段が軋む音がして、俺は一階へ続く階段の踊り場を覗き見た。いた!

 俺は一気に階段を駆け下り、ジュラさんの腕を掴まえて引き戻した。ジュラさんが小さく声をあげるが、俺はすぐに彼女の口をもう片方の手で塞ぐ。

「ジュラさんっ。あれほどおとなしくしててくださいって言ったでしょう?」

 俺が手を離すと、ジュラさんは少し拗ねたように頬を膨らませる。さぁ、どんな素っ頓狂な言い訳が出てくるんだ?

「階段を飛び下りてくるなんて危険ですわよ。危ない事をする子はメッですわ」

 俺かよっ!

「一人で出歩くジュラさんの方が危険ですっ」

 俺は小声で怒鳴る。怒鳴るのに小声ってのも変なんだが、なるべく大声は出さない方がいい。

「とにかく部屋に戻ってください」

「わたくしお茶をいただきに行くだけですのよ」

「喉が渇いたんなら、せめて俺に一声かけてからにしてください! 一緒に行きますから!」

「でもタスクさんはお仕事なさってましたでしょう? わたくし、せっかくタスクさんのためにお茶を淹れて差し上げようと思いましたのに、それを無下に断るなんて、タスクさんは意地悪ですわ。わたくしの好意はお気に召しませんの?」

 頭に昇っていた血が一気に引いた。

「……俺の……ためにですか?」

「そうですわ。タスクさん、わたくしの淹れるお茶はお嫌ですの?」

 これはジュラさんなりの、俺に対する労わりなんだろうか? いや、多分そうだ。

「……すみません。その……ありがとう、ございます……」

「分かってくだされば結構ですわ」

 ジュラさんはいつものように、柔らかく微笑み返してくれた。

「あ、その……俺のやるべき事は終わったんで、部屋に戻りましょう。あ、寝る前のお茶、やっぱり欲しいですか?」

「タスクさんがお嫌でなければ、ご一緒したいですわ。今日はとてもバタバタしていて慌ただしかったでしょう? タスクさんも少し休憩なさればよろしいですわ。わたくし、美味しいお茶を淹れるのは得意ですの」

「あ、はい。じゃあ……」

 俺は少し照れて頭を掻く。組合にいる時は、いつもファニィやコートと一緒だから意識しなかったけど、ジュラさんみたいな美女にお茶に誘われるのも悪い気はしないな。むしろ……ちょっと照れるし浮かれてしまう。

 お、俺だって健全な男なんだよっ! 美人にお茶に誘われて、へ、平静でいられるかよ!

 俺が宿の休憩室に向かおうとすると、ジュラさんは俺と正反対の方に向かって歩き出す。俺はなんとなく嫌な予感を抱きつつも、訝しげにジュラさんに問い掛ける。

「どこ行くんですか?」

「お茶をいただきに行くんですのよ? もうお忘れになって?」

「……お茶、っていうか喫茶室。こっちです……」

「まぁ、うっかりしていましたわ。わたくし道やお部屋を覚えるのがとても苦手なんですの」

 絶対目を離しちゃいけない、この人からは。

 組合でジュラさんが常にコートかファニィと連れ添っている理由がようやく理解できた。この人は自分が行きたい場所へも一人で行けないんだ。

 うう……こんな苦労が明日まで続くのか。俺の神経、明日までもつだろうか?

 他人と明らかに違う世界が見えているジュラさんの世話は大変だろうと思っていたが、ここまで酷いとは思っていなかった。なんでコートもファニィも平気な顔してられるんだろう?


 二人分のお茶を淹れて部屋に戻り、俺は心底、胃に温かく染み込むお茶を堪能した。寝る前にお茶を飲んである意味正解だ。一息吐けなきゃ、俺、心労で倒れてたかもしれない。

 さっきまでの異様な神経の昂ぶりがほどよく治まり、俺はすこぶる穏やかな気分になっていた。

「ご馳走さまです」

「はい。喜んでいただけまして?」

「もちろんです。ありがとうございます」

 ジュラさんのカップにはまだ少しお茶が残っていたが、ジュラさんはカップをベッドの脇のサイドボードに置いた。

「ジュラさん。俺はこっちの椅子で寝ますから、ジュラさんはベッドを使ってください。明日は俺が起こしますから」

「あら? わたくし、タスクさんと一緒でよろしいんですのよ? 椅子に座ったままでは体の疲れが取れませんわ」

 ……意味、絶対分かって言ってない。この人。

 俺は小さく深呼吸して、ジュラさんに向かって声を張り上げた。

すこぶる気分が良かったと思い込んでいたが、ここがもう、俺の限界だったらしい。

「いいから俺の言う事をおとなしく聞いて、とっとと寝てください!」

「まぁ! 夜に大声を出してはご近所迷惑ですわ」

「誰が怒鳴らせてるんですかっ!」

 マジで苛々してきた。さっきのお茶休憩がもう台無しだ。

「でもわたくし、コートを抱っこしていないとちゃんと眠れませんの。コートはお人形さんみたいに可愛いんですもの。今日はコートがいませんから、タスクさんでも構いませんわ」

 コートはジュラさんの抱き枕かよ! つか俺で代用するな! 俺はコートみたいなガキじゃないんだから!

「コートはジュラさんの弟! 俺は他人です! 自分の言ってる意味、いい加減理解してくださいよ!」

 ジュラさんは指先を唇に当て、小首を傾げる。そして無邪気にクスッと笑った。

「わたくしではタスクさんより年上だから、ご満足いただけないんですのね」

「だから、そっ……はいっ?」

 俺の頭の中が真っ白になる。

 え、ええと、ええと……年上だから満足できないって、マジでこの人はどういう意味で言ってんだ? 至極一般的な意味で捉えてもいい……訳ないだろうが!

 ジュラさんは他人で組合の先輩でファニィのチームメイトでコートの姉で、俺はファニィに惚れててコートに惚れられてて、いやいやコートはどうでもいいんだ! これは俺とファニィの問題であって、いや違う! 今はジュラさんと俺が問題なのであって……っ!

 だああぁぁぁっ! 違うだろ、俺! 冷静になれ!

 俺は拳でゴツゴツとこめかみを叩き、必死に平静を取り戻そうとするが、目の前には絶世の美女であるジュラさんがいて、俺の心を惑わせて、でも俺はジュラさんでなくファニィが好きなんであって、ああもうっ! また堂々巡りかよっ!


 自分に向かって一喜一憂百面相している俺を、ジュラさんがクスクスと笑った。

「うふふ。ちょっとタスクさんを困らせ過ぎてしまいましたわね。わたくしったら戯れが過ぎましたわ」

「は?」

「タスクさん、ずっと難しいお顔をなさって怒ってらっしゃるんですもの。わたくしの冗談で笑っていただこうと思いましたの」

「じょ、冗談だったんです……か?」

 俺はこの時、相当間抜けな顔をしていたかもしれない。

「まぁ! では冗談はやめて本気になさいます? わたくしは構いませんけれど、でもコートやファニィさんに怒られてしまうかもしれませんわね!」

「冗談にしといてくださいっ!」

 俺は力いっぱい首を左右へ振った。あまりに強く振り過ぎたため、軽い眩暈がする。

 なんと言うか……ジュラさんという人は、本気で勘違いの本音を言っているのか、冗談で頓珍漢な事を言っているのか、俺には瞬時に理解ができない。いくら付き合いが長いとはいえ、どうしてファニィやコートは、ジュラさんの言葉の真意を瞬間的に見抜く事ができるのか不思議でならない。

「今日はタスクさんとたくさんお話しができて楽しかったですわ。明日もよろしくお願いしますわね」

「はぁ……俺は疲れました……」

 紛れもなく俺の本音が口から洩れた。これならまだ弟いびりする姉貴の相手の方がマシだ。一方的なサンドバック状態とはいえ、一応会話がちゃんと成立するんだから。

「起こしたらちゃんと起きてくださいよ」

「努力はしますけれど、ちゃんとモーニングティーも用意しておいてくださいましね」

 この発言、完璧に良いトコ育ちのお嬢様そのものだ。やっぱり家出してても、天下のグランフォート家の出身なんだなぁ。

 カキネ家だってジーンでは結構名家ではあるんだが、ラシナのグランフォート家とは明らかに家柄というか敷居の高さが違う。本家本物のお貴族様だ。ジュラさんの口調も仕種も、本物の貴族のご令嬢そのもので、優雅で煌びやか。醸し出す雰囲気も高貴だ。改めて思い知った。そんな彼女が家出中で、しかも冒険者やってるとはね。

 俺は苦笑しながらサイドボードのランプの灯を暗くし、薄闇の中のジュラさんを見た。ジュラさんがすっと手を伸ばしてくる。

「タスクさんもゆっくり休んでくださいましね」

「はい。じゃあ、ジュラさんもおやす……」

 甘く柔らかな感触が俺の口を塞ぐ。焦点の定まらない視界全てに、北方の人種であるラシナの民特融の透明感のある白い肌と絹糸のような銀髪が見える。

「……皆さんには内緒ですわよ」

 ジュラさんは悪戯っぽく微笑み、俺の言葉を遮らせた唇で、ランプの灯を吹き消した。常闇が俺とジュラさんの視界を侵食する。

 俺の思考回路は完全に停止したまま、ほのかに残る唇の余韻に体は小刻みに震えていた。

 そしてその夜、俺は一睡もできなかった。


       4


 自分の身支度を整えてから、俺はジュラさんを起こそうと手を伸ばした。が、ふいに昨夜の事を思い出し、俺の手が止まる。

 奔放な民族性のラシナの民であるジュラさんにとっては、コートと毎晩している事なのかもしれない。だが俺の育ったジーンでは、そういった事は日常的には行われていない。つまり……寝る前の、というか、挨拶代わりのキス、とか……。

 俺はカァッと顔が火照り、慌てて自分の手で顔を仰いで冷やす。

 ほら、きっとあれは事故だ。そうに違いない。でないと困る。

 俺も過去に一度、つい勢い余ってファニィに迫った事はあったが、あれもまた突発的な衝動による事故みたいなもんだし、未遂に終わってるし。ジュラさんの場合はきっとコートと間違われただけだ。能天気なジュラさんだから、きっと何も考えてなくての行動なんだろうし、俺だってジュラさんに対して仲間意識以上のものは感じていない。うん、俺は正しい。

 俺は深呼吸して高鳴る動悸を押さえ、何とか冷静さを取り戻す。そしてチョンチョンとジュラさんの肩を突いて彼女を起こした。

「起きてください。さっさと出発しますよ」

「……まだ眠いですわ、コート。お茶の準備をしていてくださいな」

「俺はコートじゃありません。起きてください!」

 俺は顔を背けたまま、少々乱暴にジュラさんの肩を揺さ振り起こした。ジュラさんはそれでもまだ起きようとしない。

 仕方ない。とっとと最終手段を使おう。

「ジュラさん。さっさと帰って朝飯にしましょう。俺がとっておきのフワフワのパンケーキを焼きますから」

「まぁ、それは楽しみですわ。わたくしそのパンケーキに林檎のジャムを添えて戴きますわね」

 まるで何事もなかったかのように、ジュラさんが優雅に体を起こしていつもの女神の微笑みを湛えている。

 ……本当に今まで寝てたんだろうか? ただ単に狸寝入りしてただけじゃないだろうな。そう疑いたくもなるような、爽快な目覚めだった。

「それから少し濃いめに煮出した紅茶にミルクを入れて……」

「はいはいはい。何でも作りますから早く出掛ける準備をしてください」

「そうですわ。わたくしの紅茶より、コートの紅茶はミルクを少し多めに……」

「分かってますから口じゃなく手を動かしてください」

 組合の連中の味の好みくらい、もうとっくに覚えてるって。ちゃんと毎日厨房から見てるんだからな。


 ジュラさんの身支度を急がせ、俺はそっと廊下の様子を探る。さすがに時間が早いから、まだ誰も起きている気配はない。油断はできないけどな。

 ファニィの密偵と昨日の内に連絡が取り合えなかったのは痛いが、まぁファニィと無事に合流すれば問題ないだろう。わざと俺たちと接触しないようにしてたのかもしれないし。

 俺はジュラさんに頷きかけ、廊下へ出た。ジュラさんがすかさず俺の腕に自分の腕を絡めてくる。二の腕の辺りに柔らかな感触があり、思わず俺はジュラさんの腕を振り解いていた。

「……振りほどくなんて酷いですわ」

 拗ねたように上目がちに俺を睨んでくるジュラさん。

「おやすみのキスをした事、怒ってらっしゃるのね。わたくし、悲しいですわ」

「ちっ、違っ……違いますっ! じゃ、じゃあ手! 手を繋ぎますから!」

「まぁ! 手を繋いでお散歩だなんて、とても嬉しいですわ」

 俺は手を握るのではなく、ジュラさんの指先を摘まむように掴んで、人目を避けて闇市場の入口を目指した。


「わたくしが小さい頃、父とお散歩をした事を思い出しますわ」

「……ジュラさんの親父さん、ですか?」

 俺が振り返ると、ジュラさんが目を細めて微笑む。

 ジュラさんの親父さんというと……初代のグランフォート家当主だったよな。コートの親父さんとは別の人で。

「ええ。派手で愚かな行為を繰り返す母と違って、わたくしの父は静かな思慮深い方でしたの。コートが生まれる頃には家を追い出されてしまって、今ではもう生死を確かめる事もできませんけれど、わたくし……あの家ではコートを除いてはただ一人、敬愛しておりましたのよ」

 ジュラさんが昔を懐かしむように視線を空へ向ける。

「……コートから聞いたんですけど……ジュラさんの親父さんは……その……自分の伴侶の、散財し放題の不実な行為や浮気に怒りはしなかったんですか? 誰も咎めはしなかったんですか?」

「あの女が言って聞く耳を持つ人格者なら、今、わたくしとコートは姉弟ではありませんでしたわ」

 俺はジュラさんののんびりとした口調の中に、強い憎しみを感じ取った。能天気でマイペースで、物事を深く考えられないジュラさんが、唯一剥き出しにする感情。自分の親に対する憎しみ。

 それって……なんか悲しいよな。

 俺がしんみりしていると、ジュラさんは言葉を続けた。

「コートと一緒に家を出る時、あの女が妨害しようとしてきたので、わたくし顎の骨を砕いて差し上げたんですの。先日コートを誘拐しようとした時も、肋を幾つかへし折っておいたのですけれど、あの女の回復力は論外ですから、もうとっくに治っているでしょうね。ああ、そういえばわたくしも内臓を痛められて、翌日のお食事が少ししか食べられなかった事を思い出しましたわ。せっかくの鴨肉のソテーでしたのに悔しいですわ」

 俺は派手に蹴躓き、だがなんとかバランスを保って転ぶのを堪えた。

 ジュラさん、あなたって人はやっぱりあの人の正真正銘実の娘です……。

 あのお袋さんといい、ジュラさんといい、見た目にそぐわぬ怪力や化け物染みた治癒力を持った人間が突然変異で生まれてくるはずがない。ジュラさんは間違いなく、母親似だ。

 俺はジュラさんの機嫌を損ねないよう、言葉をぐっと飲み込んだ。そして砂埃で汚れた壁の建物を曲がった時、目の前に闇市場の入口である、大きな門を見つけた。


「やっと出て来れましたね」

「ええ、そうですわね……?」

 俺が門へ急ごうとすると、ジュラさんはいきなり俺の腕を掴んで自分の方へと全力で引っ張った。俺はジュラさんのすぐ後ろへ尻餅をつく。

「急に何……」

 ジュラさんは長いドレスの裾を掴み、大きく翻す。するとドレスの裾に絡めて落とされた矢が、地面にパラパラと落ちた。ジュラさんはドレスの裾を翻す事によって、矢の攻撃から俺を守ってくれたらしい。

「なっ……」

 門の影から、昨日入口の番をしていた赤いバンダナの男、ファニィの密偵の死体が転がる。そして少し離れた所には、取引会場の入り口にいた方の男の死体もあった。二人共、もう完全に息の根を止められている。

 マズイ……バレちまったのか!

「どうも胡散臭いと思ってたんだが……お前らは何者だ!」

 門や建物の影から一斉に、数十人もの人相の悪い男たちが姿を見せる。昨夜俺たちが騒ぎ過ぎたのか、それとも先の二人の密偵がすでに正体がバレていたのかは分からない。今、分かっているのは、俺とジュラさんは絶体絶命って事だ。

「お怪我はありませんこと、タスクさん?」

 状況を理解していないのか、ジュラさんがのんびりした口調で問い掛けてくる。マズい、本気でマズい。これじゃあまりに多勢に無勢。幸い出入り口はすぐそこだし、何とか目晦ましの魔法でもぶちかまして逃げるしかない!

 俺は素早く立ち上がり、両手で印を組んで呪文を唱え始めた。

「何を仰っていますの?」

 至近距離からジュラさんが俺の顔を覗き込んでくる。刹那、俺の脳裏に昨夜の出来事が蘇る。精神集中が削がれ、思わず呪文が途切れた。同時に頭の中に描いていた魔法の構成紋章が崩れてしまう。

 しまった!

「殺れ!」

 リーダー各の男がそう叫ぶと同時に、男たちが一斉に獲物を手にしてこちらに向かって前進してきた。今から魔法の構成紋章構築をやり直して呪文を唱えてたんじゃ間に合わない!

「ジュラさん、避けてください!」

 無茶な事を言っているのは百も承知だ。さすがのジュラさんですら、こんな大勢に一斉に向かってこられたんじゃ対応できないだろう。

「あら、タスクさんはわたくしに何もしないでいいと仰いましたわ」

 こんな時だけ言う事を聞くなーっ!

 振り下ろされた剣の影が俺の眼前に迫った時だ。ジュラさんは軽く身を捩ってそのほっそりした腕を水平に払った。

「ぐあっ!」

 剣を持った男がとんでもない所までぶっ飛ばされる。さ、さすがだ……。

「刃物は当たるととても危険ですわ。収めてくださいまし」

 ジュラさんはそう言いながら、俺を庇うようにすらりと立つ。

 吹っ飛んだ男に怯んだ他の男たちの動きに隙ができた。しめた!

 俺は素早く呪文を再開させ、炎の柱の魔法を解き放った。

「立ち上れ、身を焦がす炎よ!」

 魔法の杖という魔力媒体がないから、威力は極端に落ちる。直撃しても酷い火傷になる程度だろう。だが目晦ましのために派手に火花を迸らせた炎柱は、ならず者たちの度肝を抜いたらしい。

「魔法使いか!」

「ジュラさん、逃げますよ!」

 俺はジュラさんの手を引いて入口に向かって駆け出した。

「いけませんわ!」

 ジュラさんがすぐさま俺の腕を引き戻して、俺は情けなくまたその場へ尻餅をつく。なんなんだよ、この怪力は! 俺が何したッ?

 やり場のない怒りに声を上げそうになっていると、まるで門に鉄格子が嵌まるかのように、俺たちのすぐ目の前に太い木の槍が何本も地面に突き刺さった。俺は声を失い、背筋にゾクリとしたものを感じる。

 ジュラさんはただ怪力であるだけじゃない。ファニィが言っていたように、凄腕の武術家なんだ。その戦闘時の格闘センスと勘の鋭さは……俺なんか比じゃない。天性のものもあるだろうが、冒険者として培ってきた経験の長さも、ジュラさんの戦闘のセンスに磨きをかけているんだ。

「……ジュラさん、聞きたい事があります」

「なんですの?」

「あいつらを一度に相手できますか? 一撃ずつ叩き込んで、意識を失わせる事はできますか?」

 ジュラさんは長い髪をゆっくりと背に払い、いつもと変わらない女神のような微笑みを浮かべた。

「少し人数が多くて一度にお相手するのは大変ですわね。でもタスクさんが一緒ですから大丈夫ですわ。わたくし、できます」

 ジュラさんがきっぱりと断言した。

「俺は全力でサポートに回ります。だから申し訳ないですけど、ジュラさん、前衛をお願いします」

「分かりましたわ。わたくし、絶対に負けませんから安心なさって」

 ジュラさんは長いドレスの裾を左手でつまみ上げ、軽く腰を落として肩幅に足を開いた。普段は戦闘態勢を築かないジュラさんが構えを取るという事は、それだけ油断できないという事だ。

 俺の力だけじゃこの窮地は開けない。ファニィが……組合が誇る最強の武術家であるこの人に頼るしかないんだ。

「では……わたくしと〝舞い〟りましょうか、みなさま?」

 ジュラさんが地面を蹴ると同時に、俺は持てる全ての魔力を両手に集中させた。


       5


 盗品の取引をしている闇市場へ、タスクとジュラを送り出して丸一日。二人を待ってるだけっていうのはスゴーく暇! 暇過ぎて死んじゃいそう。

 ……あたしの密偵もいるし……見つかって殺されちゃうとか、ないよね? 信じてるよ。

 暇と不安で時間の経つのがものスゴく遅く感じる。危険だからって置いてきたコートだけど、話し相手くらいにはなるんだし、やっぱり連れてくれば良かったかもしれない。

 あ、でもやっぱり危ないよね。それに事ある毎に姉様姉様って不安がるコートを見てたら、あたしまでもっと不安になってきちゃうかもしれない。

 あたしは闇市場から少し離れた岩のすぐ傍に穴を掘って身を隠している。砂がサラサラだから、さっきから穴が崩れてきて、あたしの服の中に細かい砂が入って、くすぐったいやら痒いったらありゃしない。

 まだかなぁ? 早朝に逃げ出してくる手筈だから、そろそろ戻ってきてもいい頃なんだけど。

 あたしはそっと砂漠の向こうに目を凝らす。すると彼方に何か動くものが見えた。タスクたちかしら? それにしてはヨロヨロしてるから、すぐに飛び出して確認するのは危険よね。

 あたしは飛び出したい気持ちをぐっと押さえて、その影があたしの目にはっきり見える位置に来るまで耐えた。


 一つは褐色の肌に黒髪の、もう一つは白い肌に銀髪の。

「あはっ! タスク! ジュラ! おかえり!」

 あたしは二人の姿を確認して、その場から飛び出した。でもすぐ仰天して立ち竦む。

「ど、どうしたの? ボロボロじゃない?」

 二人共、全身傷だらけで服もボロボロ。タスクはともかくジュラまでこんなになっちゃうなんて、何が起こったのか分かんない。

「ファニィさん。わたくし、とても疲れましたの」

 いつでもマイペースで体力も化け物並のはずのジュラが、あたしの姿を見てへなへなとその場へ座り込む。タスクは座り込むジュラを見て、倒れるように自分もその場へへたり込んだ。

「あの、さ……状況がよく分かんないんだけど、説明できる?」

「……半壊」

 タスクが擦れた声で答える。声が涸れちゃったような感じかな?

「半壊って……何が?」

 タスクの言葉を聞いて、何となく、想像が追い付いた。

 でも、ちょっと待って? ジュラの実力は認めるけど、でもたった二人だけなんだよ? あたしの放った密偵入れても四人だよ? 冗談だよね?

「最後の土壇場で……見つかった。お前の密偵二人はやられた。ジュラさんと二人で大暴れしてきて、闇市場半壊させてどうにか逃げてこれた」

 え……やだ……嘘……。

 にわかには信じられない。

「タスクさんたら見境なく火遊びなさってとても悪戯っ子さんですわ。でもわたくしもちょっとだけ本気を出してしまいましたのよ」

「え、え……ええっ!? ちょっと! たった二人でやっつけちゃったのっ?」

 あたしが驚いて声をあげると、タスクがもう限界というようにパタンと倒れた。ジュラもその場でこっくりこっくりと船をこぎ始めている。

 正直言って驚きを隠しきれないわ。まさかたったの二人で強者揃いの闇市場を半壊って、相当運が良くて実力も伴ってなきゃできない事だもの。あたしが今回、偵察だけって指令を出したのも、組合の実力者総出でも応戦は厳しいと判断したからであって……。

 ジュラの実力は熟知してたつもりだったけど、タスクの事もちょっと見直してあげないといけないかもしれない。本人もミサオさんも謙遜もあるとは思うんだけど、炎の魔法しか使えない未熟者って言う割には、いろいろな場面でタスクはあたしの予想以上の働きをしてくれる。魔法使い自体が珍しいオウカでは、タスクの実力は冒険者としては相当上の方なのかもしれない。

 声が涸れちゃうまで頑張ってくれたんだよね。ジュラもこんなになるまでやってくれたんだよね。二人共、ありがとう。


 あたしはタスクの傍に寄って、そっと肩を揺さぶった。

「偉いよ。すごく頑張ってくれたんだよね」

 タスクはのろのろと顔を上げ、でも何も言わずにあたしの膝の上に倒れ込んだ。

「ちょっ……」

「ねむ……昨夜寝てないんだよ……寝かせろ」

「はぁ? 寝てないってどういう事よ? 徹夜で情報収集? こらぁっ! 説明しなさい!」

「も……無理……」

 殴ってたたき起こしてやろうかと思ったけど、タスクは満足そうな顔して完璧に夢の世界に入り込んじゃってた。振り返るとジュラもすやすや寝ちゃってる。

 なんか二人の安らかそうな寝顔見てたら起こすの可哀想になってきちゃった。

 膝の上のタスクの寝顔を見て、あたしは苦笑した。まぁ、今回は大目に見てやるかな。根が真面目なタスクの事だもの。やるべき事はちゃんとやってるはず。それに闇市場を半壊させてきたのは物凄く大きな功績だもの。

「あたしの膝枕は高くつくんだぞ」

 タスクの額を小突いてやるけど、タスクは起きなかった。あははっ、しょうがないなー、二人共。

 二人が起きるまでまた暇だし、あたしは動く事もできなくなったけど、でもあたしは二人の無事な姿を見てるだけで嬉しくなってきて、ずっと頬が緩みっぱなしだった。


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