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Light Fantasia  作者: 天海六花
17/20

奪還作戦

     奪還作戦


       1


 ジーンって国は熱帯地方だから、オウカを出てからジーンに近付くに従って気温はぐんぐん上昇してくる。ある程度覚悟はしてたつもりだけど……やっぱ暑いなぁ……。

 あたしはちょっとウンザリしながら、額に滲む汗を手の甲で拭う。うわ……手がベタベタして気持ち悪い。やっぱりちゃんとタオル使えば良かった。

「ねぇ、ファニィさん」

 ジュラが声を掛けてくる。

「コートが疲れたと申してますの。休憩にしませんこと?」

 コートを見ると、コートは暑さでちょっとだけ頬を赤くしてたけど、でも疲れてませんという風に首を振った。

 これはいつものやつね。コートがジュラを気遣って手を引っ張るかして呼んだのを、ジュラが勝手に、コートが疲れたと勘違いしちゃうパターン。

「確かにちょっと疲れたわね。まだ先は長いし、休もうか」

 あたしは背の高い木の影に入り、今度はちゃんとタオルで汗を拭く。そして何気なくタスクを見た。

「……ねぇ、タスク」

「なんだ? 水ならジュラさんに預けてあるぞ」

「そうじゃなくて」

 あたしは額に手を置いて、深々と溜め息を吐いた。

「……あんた、それ……暑くないの?」

 タスクの服を見て、あたしはしみじみと呟いた。

 詰襟の長袖上着にスラックス。肩には薄手とはいえショールを付けてるし、腰には魔法使いのローブみたいなビラビラした布。はっきり言って、見た目が暑苦しい見苦しい鬱陶しい。

「いんや、別に? まだこの辺は涼しいし」

「涼しいですって? ジーンの人間って、気温に鈍感なんじゃないの? 見てて暑苦しいのよ、あんたは!」

「だからこの辺はまだ涼しい内だっつってるだろうが! 本土に入りゃ、もっと暑いぞ!」

 タスクはそう反論してから、コホンと咳払いした。

「まぁ、お前が言わんとしている事は分かる。だけど肌に直接日差しが当たる方が辛いぞ。薄手の何かを羽織っておいた方がいい」

「……日焼け防止、ですか?」

 コートも今回ばかりは、いつものケープは外して半袖の服を着ている。コートのいつものダブダブの服は、袖の内側に火薬玉仕込んである武器保管兼用だもんね。

 この子、はっきり言って歩く火薬庫だから。

「それもある。ジーンの昼間の日差しをまともに浴びてたら、日焼けどころの騒ぎじゃねぇぞ。火傷すっから、素直に俺の言う事聞いとけ」

「えー……暑いなぁ……」

「じゃあお前は一人で焦げてろ。どうせ死にやしないんだから」

 ムッ……なによ、その言い方。簡単に死なないのは事実だけど。

 あたしはムスッとしながらも、荷物の中から長袖のシャツを取り出した。コートも同じように、自分とジュラの分の上着を取り出している。素直だねぇ、コートは。


「うー、汗で腕に貼り付く感じがヤだなぁ」

「我慢しろ。日が落ちれば少し風も吹くから」

 あたしはタオルでパタパタと顔を煽ぐ。あたしでこんなじゃ、ラシナ出身のジュラとコートは相当参ってるわよね。寒いのには強いけど、暑いのには弱い民族だし。

「ジュラ、コート。あんたたちはいつもより多めに水飲んでおきなさいよ」

「は、はい」

 あたしの言葉に同意するように、タスクも黙って頷いていた。

「コート。ここからラーモルの町までどのくらいかかりそう?」

「は、はい。ええと……みなさん、暑さで少し体力の消耗も激しいですし、いつもより歩く速度が遅いので……夜中になってしまうかもしれないです」

「ふむふむ……じゃあ奇襲は明日の夕暮れからって事にするわ。半日休めば、暑さにも体は多少は慣れるでしょ」

 オウカからずーっと歩いて疲れてて、休憩も無しに奇襲をかける馬鹿はいないわよね。あたしは顔を煽ぎながら、それとなくみんなから少し距離を取った。そして小さな紙片にメモを書き、ウェストポーチの中にこっそり潜ませておいた小鳥の足にそれを結び付けて空へ放った。


 狭い所に閉じ込めちゃっててごめんね。

 空に舞い上がる小鳥を見送るあたし。


「……ファニィ、今の鳥は?」

 ギクッ!

 背後でいきなりタスクの声が聞こえて、あたしは思わず体を硬直させた。そしてゆっくり振り返る。

「何の事?」

「今、お前が飛ばした鳥は何だって聞いてるんだ」

 ええとええと……。

「ここにいたのよ? 触ろうとしたら逃げちゃったけど」

 タスクは訝しげな表情をしつつ、でも無理矢理納得するように口をへの字に曲げた。

「ほーら! もう休憩終わり! 先急ぐわよ!」

 タスクの背を押してジュラたちの所へ戻りながら、あたしは空を旋回するさっきの小鳥をチラリと見た。


       2


 組合が見つけ出したタイガーパールの現在の所在地である、ジーンの外れのペイドっておっさんの屋敷の裏手に、俺たちは身を潜めていた。

 コートの予測通り、このラーモルの町に到着したのは昨日の夜遅く。いや、今朝早くか。それから俺たちはたっぷり半日休養して、日の沈みかけたこの時刻に、ペイドの屋敷に奇襲をかけるべく忍び寄った。

「じゃあもう一度作戦を確認するわね」

 ファニィが俺とジュラさんの肩に両手を回し、円陣を組むように顔を突き合わせる。

「まずあたしが裏口から飛び込んで、中で騒ぎを起こして護衛やら家人やらを外におびき出すわ。そしたら表で待ち構えてたジュラとタスクとコートが順番にそいつらやっつけて。ペイドは多分最後まで屋敷の中に残るだろうから、護衛をやっつけてから捕まえるよ」

 俺はどうもファニィの言う作戦とやらに違和感を覚える。首を捻って頭の中でシミュレートし、そしておぼろげな疑問を口にする。

「ファニィ。ヒースの話じゃ、別働隊が付近の町民を非難させてるんだよな?」

「ええ、そうよ」

「んー……確かに俺の魔法や、コートの火薬玉での攻撃は室内向きじゃないとは思うんだが、四人で同時、もしくは別働隊と合流して大勢で屋敷の中に踏み込んで、親玉であるペイドを押さえた方がこっちの被害も少なくて済むんじゃないのか? わざわざ外へおびき出して何人も相手にするのは、かなり消耗戦になるし、無駄な行動に思えるんだが」

「あたしの作戦に文句あんの?」

 ファニィがふくれっ面で腕を組む。

「文句と言うか、最小限の被害で最大限の効果を求める方法だとは思えないんだよ、お前の作戦は。あまりにも、外待機組のジュラさんや俺の負担が大き過ぎやしないか?」

 ジュラさんやコートを大事にするファニィにしては、あまりに大雑把というか余計な負担を強いているというか……どうもキナ臭い。昨日の鳥の事もあるし。

 俺はちょっとカマを掛けてみる事にした。

「お前、俺たちに何か隠してるだろ」

「そんな事ないわよ。仲間に隠し事して、あたしに何の得があるっていうのよ」

「普段のお前なら、ジュラさんやコートの身の安全を第一に考えて、まるで無駄玉撃つような使い方はしないはずだ」

 ファニィはぷいとそっぽを向いた。あくまで白を切るつもりか、本気でさっきの作戦が最良だと思ってるのか、どうも判断ができない。

「……分かった。言う通りにするよ」

「最初っから素直にしてればいいのよ」

 ファニィは少し拗ねた様子で夕日を眺める。俺はそっとコートに耳打ちした。

「お前は変だと思わないか?」

 ファニィが何か隠し事をしているのなら、ファニィの補佐役であるコートも何か知っているはずだ。コートは隠し事ができない性分だから、コートがうろたえるようならもっと強くファニィを問い詰められる。

 コートは少し顔を赤くして、ふるふると首を振る。

「あ、あの……た、確かに少し乱暴な手法だとは思いますが、それだけ姉様やタスクさんを信用してくださっているのでは……ないでしょうか?」

 コートの様子に変わったところは見当たらない。いつも通り、ファニィを絶対的に信頼してる。

「そっか。お前がそう言うなら……そうなのかもな」

 俺の思い過ごしか。なんせ俺に直接関わりが無いとはいえ、実家の家宝の事だし、ちょっと神経質になり過ぎてたのかもしれないな。


「そろそろ、かな。みんな、準備して」

 夕日が地平の彼方に半分姿を隠した頃、ファニィが指示を飛ばしてきた。

「よし。じゃあ出入り口は狭いんで、おそらく一人二人しか同時には出てこられないと思いますから、ジュラさんが順番に叩いてください。取りこぼしを俺とコートが後ろから処理していきますから」

「入口から出ていらした方を、メッてしていけばよろしいんですのね?」

「はは。死なない程度にやっちゃってください」

 あらかじめコートから説明されていたのか、ジュラさんは随分物分かり良く頷いた。

「じゃ、行ってくるわ」

「気を付けろよ」

 ファニィは足音を忍ばせ、裏口の鍵をコートに開錠させて屋敷に忍び込んだ。コート……お前鍵開けもできるのか……手先が器用にも程があるだろう?

「じゃあ俺たちは表に」

 俺はジュラさんとコートを率いて屋敷の正面に回った。


 ペイドの屋敷は袋小路の突き当りにある。袋小路と言っても、その道をなぞる通りには幾つかの家があり、ヒースの話なら、この幾つかの家の人間は別働隊が秘密裏に避難させているはずだ。だから俺やコートが多少派手な魔法や発破を仕掛けても、民家や人への被害は抑えられるはずだというんだが……。

 そんな事を考えていると、ペイドの屋敷の中から爆発が響き渡った。コートの特製火薬玉を、ファニィが爆発させたんだろう。

 それを合図にして、静かだった屋敷から複数の怒声が聞こえてくる。

「来るぞ!」

 俺が声を発するか発しないかという絶妙なタイミングで、窓を蹴り破ってファニィが飛び出してきた。そして家を囲う柵を掴んで体を捻って着地し、すぐに太ももの鞘から短剣を抜き放って臨戦態勢を取る。軽業師の名に恥じない一連の動作は一切無駄がなく、見事なまでの身のこなしだった。

 ファニィの着地と同時に、屋敷の正面玄関が開く。そして獲物を手にしたペイドの護衛と思しき連中が躍り出てきた。

 俺は素早く魔法の杖を構え、いつでも火炎球が放てるように頭の中に構築式を紡ぎ出す。コートも少し怯えたような仕種を見せたが、いつものでかい鞄に手を突っ込んで、小さな火薬玉を幾つか指の間へ挟む。ちょっともたついてるのは、いつもは袖の中の隠しポケットから掌に転がして取り出すという手順と違うからだろう。

 俺の杖の先に付いた琥珀色の宝石が、鈍い光を帯びる。さぁ、いつでも来いよ。

 ジュラさんが護衛の剣撃を掻い潜りながら、素早く手刀を連中の腕や腹に打ち込んでいく。ファニィも短剣を振り回して奴らの動きを封じるために、足を集中的に狙って攻撃を加えていく。

 二人の女性陣のあまりに見事なコンビネーションに、後方で構える俺たちに、おこぼれの敵すらやってこない。


 あー……もしかしてこのまま終わっちまうとか言う? そんなのあまりに虚しいし、お荷物にすらなれないってのはちょっと……いやかなりプライドに傷が付く。意気揚々と魔法の準備して待ち構えてる俺、なんか間抜けじゃん。

 だが俺の予想は見事に外れた。全くどこに潜んでいやがったんだと言いたくなる程の、大勢の護衛の連中が後から後から屋敷から溢れてくる。さすがにジュラさんとファニィの手も回りきらなくなってきたらしい。

 唯一の子供であるコートの姿を見つけた男が、コートを盾にする気かコートから始末しようと思ったのか、コートに向かって突進してきた。

「下がれコート!」

 俺は杖を大きく振り、火炎球を放つ。

 カッと俺の右頬が急激に熱くなる。

「……っな……」

 俺が本来放とうとしたものより、数段威力も高く、でかい火炎の塊が護衛目掛けて飛んでいく。コートにも掠りそうなサイズで、コートは慌てて転がるように逃げ出す。

 あ、あれ……? 俺、どこか構築式を間違えたか? こんなでかい火炎球を放つつもりはなかったんだが……。

「ぎゃあ!」

 護衛が火に巻かれて悲鳴をあげる。

「コート悪い! 構築式間違えた!」

「び、びっくりしました……」

 コートは涙目になって俺の所へ駆けてくる。確かに俺の傍が一番安全かもな。

「タスクそっち行ったよ! てぇいっ!」

 ファニィが護衛を取り逃がした事を告げながら、別の護衛の足の腱を切り裂く。

 俺は急いで構築式を組み直し、こっちに向かってくる奴に向かって火炎球の第二波。

「……ッ!」

 男の足元に着弾した火炎球が、激しい火花を散らして破裂する。

 ま、また俺、構築式を間違えたのか? あそこまで威力を上げる魔力は循環させていないはずなのに。

「……あつっ……」

 俺は右頬に痛みにも似た熱を感じ、片手で頬を押さえる。指先で触った感じでは、特に熱を帯びているという訳でもないんだが……。

「タ、タスク、さん?」

「……あ、ああ。何でもない。次、来るぞ」

「は、はいっ」

 コートが指輪状の火打石で、火薬玉に着火する。そして思い切り投げた。俺はそれを後押しするように、炎の槍の魔法を放つ。

「わぁっ!」

 槍状の業火が空中の火薬玉に引火し、護衛のすぐ目の前で大爆発する。コートは火花に怯えて俺の背後に隠れた。

 またかよ!

 ファニィがその音に驚いてこちらに顔を向ける。そして短剣で剣撃を受け流しながら、ゆっくりと俺たちに近付いてきた。

「何やってんのよ、あんたは!」

「わ、悪い……俺、かなり不調」

 俺は素直に詫びる。


 なぜだ? どうしてこう立て続けに魔法を失敗させる? いや、不発という訳でもないし、一応は取りこぼしの護衛を叩きのめしてるんだから、完全なる失敗という訳でもないんだが……俺の描き出す構築式と全く違う魔法が具現化してしまう。

 ……ジーンが……近いからか? ジーンが近いから、威力が増すのかもしれない。


「ファニィ、屋敷の入口を焼く! 一呼吸置かせてくれ!」

 俺はファニィの返事も聞かず、ジュラさんのいる前線へと走った。走りながら火柱の構築式を、わざと威力を控えて紡ぎ出す。そしてジュラさんの真横に立ち、杖の先端を屋敷に向かって突き出した。

「炎の柱よ!」

 赤い炎が屋敷の入口を塞ぐように吹き出し、木製の柵やドアに引火する。

 駄目、だ……まただよ。俺は威力を押さえたはずなのに、屋敷の二階部分にまで立ち昇る巨大な火柱が現れた。俺の魔力、どうなっちまったんだ?

 チリ、と、俺の頬が火傷した時のような痛みを感じる。俺はジュラさんの邪魔にならないように身を引きながら、頬を強く抑えた。

 熱い……焼けるように熱い。だけど手にはその熱さを微塵も感じない。


「タスクさん、後ろです!」

 コートが叫ぶ。

 しまった、油断していた……ッ!

 俺が振り返るより早く、小さな風が俺の髪を撫でる。

「く、は……」

 真っ赤な鮮血が辺りに飛び散り、もちろん俺の背にも返り血が跳ねる。

「……恨ま、ないでよ……ッ!」

 ファニィが血を吐きながら、俺の背後に忍び寄った男の喉を切り裂いた。そしてその反動でファニィもその場に倒れる。

「ファニィ!」

 ファニィは俺を庇って俺と護衛との間に割って入り、剣撃を自らの体で受け止めてくれたんだ。怪我をしてもすぐ治るから躊躇なくそんな真似ができるんだろうが、それを間近で見る俺の心の動揺は考えちゃくれないんだろうか?

「ジュラの、フォロー行って……! あたし、しばらく動けな、い……」

 ファニィの肩から夥しい程の血が流れている。その出血に戸惑っていると、コートが駆け寄ってきた。そして俺を見上げる。

「ファニィさんは僕が見てます! 姉様を!」

「わ、わかった」

 ファニィのこういった現場を見慣れているせいか、俺よりコートの方がよほどしっかりしている。俺はファニィをコートに任せ、急いでジュラさんの少し後方へと移動した。

 屋敷の入口を焼いたせいか、黒煙の向こうに人影が幾つか見えるだけで、外にいる護衛の数はそうたいした数じゃない。

 俺はまだ頭の中が混乱しているらしく、とっさに何をすればいいのか理解できないでいた。そんな俺の目の前を、綺麗な銀色の髪がくるりと回って揺れる。

「おやすみなさいまし」

 ジュラさんがドレスの裾を摘まんで回し蹴りすると、護衛が同時に二人吹っ飛ばされた。そ、そか、俺はジュラさんの援護を……。


 慌てて杖を構え、構築式を頭の中に描き出そうとすると、パンと弾けるように構築式が崩れた。

 びくっと何かに怯えるように、無意識に体が震える。喉の奥が貼り付き、声が出せない。なんなんだ、これ……。

 は、早く集中力を取り戻さないと、ジュラさん一人では……。

 焦れば焦るほど、構築式が描いた側から崩れていく。駄目だ! 精神が乱れている!

 ファニィは無事だから! すぐ治るから! 俺は必死に自分に言い聞かせる。

 がくがくと小刻みに震える膝を片手で押さえ、俺はもう片方の手に握る杖に意識を集中させる。落ち着け……落ち着けよ、俺! 俺はできるはずだから!

 何とか集中力を取り戻し、杖の先端の宝石に鈍い光が灯る。その時だ。

「捕縛しました!」

 屋敷の二階の窓から誰かが身を乗り出す。

 え? 捕縛? 誰が誰を?

 俺の集中力が、その声による疑問が浮かんだ事によってまた掻き乱される。


「ジュラ、タスク! 作戦は終了よ!」

 ファニィが苦しそうに叫んだ。同時に、屋敷から獲物を取り上げられた護衛数人と、いつか闇市場で見た男、ペイドが数人の男に取り囲まれて出てきた。取り囲んでいる奴らの顔は見覚えがある。組合の連中だ。

「ど、どういう事だ?」

「ペイドを捕縛。今から屋敷の捜索に……補佐官! 大丈夫ですか!」

「ち、血は止まっています。ファニィさん、は……少し休めば治ります」

 ファニィの隣でコートが組合員の男に声を掛ける。そっか、元締めとファニィ不在の時はコートが代理をするんだった。

「はい、では引き続き屋敷の捜索に入ります」

「お願い、ね」

 ファニィは肩を押さえたままにこりと微笑む。傷はすぐ治るが痛みはあると言っていた。今も相当酷い激痛を堪えているんだろう。

「……ファニィ、すまない。俺が油断していたばかりに」

「帰ったらフルーツ山盛りのパンケーキ。それでチャラにしてあげる」

 ファニィは肩を押さえ、脂汗の滲む顔でニッと笑って見せる。

「あの……ファニィさん。事情を説明していただいても……いいですか?」

 コートはハンカチでファニィの顔に付いた返り血を拭き取りながら問い掛ける。

 そうだった。何で組合の連中が屋敷の中から出てきて、捕縛だの捜索だの……。

「あはは……ごめん。みんなに嘘吐いてて悪かったわね。あたしたち……囮だったの」

「囮?」

 コートが困惑したように聞き返す。

「護衛をペイドから引き離し、その隙に別働隊がペイドを捕縛。それからタイガーパールの捜索。だってこんな大仕事、あたしたちだけでこなすには無理があるじゃない? あんたたちに黙ってたのは、先に作戦教えたら顔に出るタイプばっかりだから」

 た、確かにコートは嘘を吐けないタイプだし、俺は無意識に考え込んで顔に出るタイプだし、ジュラさんはペラペラ喋りそうだけど……でも、なんか……。

「お前は俺たちを信用してなかったのかよ!」

 俺は苛立って、思わず叫んでいた。

「そうじゃない! そうじゃないの! あんたたちを信用してるからこそ、囮を買って出たの、あたしが。何人いるかも分かんないような護衛を連続撃破できる総合的な戦力のあるチームって、組合にはあたしたち以外ほとんどいないでしょ」

 ファニィに騙されていた事は嫌だが、信用してるからこそという言葉は素直に嬉しい。だが……だがな。やっぱり話していてほしかったぜ。

「もうこんな真似、すんなよ」

「ごめんね。じゃあ次からは顔に出ないように特訓しといて」

 ファニィはようやく痛みも引いてきたのか、愛嬌のある仕種でペロリと舌を出した。


      3


 ラーモルの町は特に観光名所がある訳でもない、ごく普通の町です。だから旅人が立ち寄るような宿はないんです。

 僕たちは組合がお願いして、宿としての利用をご協力いただいたかたのお家で休ませていただいていました。一般市民のかたで、本当にご好意でお部屋を貸してくださっているのです。お部屋が狭いですとか、お食事がどうですとか、文句を言えるはずもありません。僕は姉様やみなさんと一緒なら、文句なんて何もないんですけれど。

 僕と姉様、ファニィさんにはリビングを、タスクさんには納戸として使っていた空き部屋を寝室代わりにとご提供していただきました。組合の別働隊としてラーモルにいらしてる皆さんも、別のご協力者のかたのお家でお休みになっているはずです。

 あ、タイガーパールを闇市場で落札して手に入れたペイドさんは、先にオウカに護送されています。そしてまた別働隊が、タイガーパールを厳重に保護して先にオウカへ戻られているそうです。

 ジーンはここからもうすぐ目の前なので、取り返したタイガーパールを直接ミサオお師匠様の所へお届けしても良かったのですが、念のため組合で本物かどうかを鑑定してから、再度チームを派遣してお届けするということになっているんです。もし偽物だったりしたら、組合の名前に傷が付きますから。

 僕たちは疲れを癒して明日、オウカに戻る予定なんです。


 夕食をいただいて、お湯も使わせていただいて、僕と姉様とファニィさんは、寝室として使わせていただくリビングで眠る前のひと時を談笑していました。

「ジュラ、寝る前に食べると太るからやめといた方がいいって」

「お紅茶にはクッキーがとても合うと思うんですの。美味しいですわよ」

「そうじゃないでしょ。話聞きなさいよ」

 姉様がお茶を飲みながら、クッキーを美味しそうに頬張っておられます。僕は姉様の膝に抱かれているので……その……ちょっとクッキーの粉がポロポロ零れてきて……あっ、いえ。へ、平気です。サクサクのクッキーなので、どうやって食べても粉が落ちてしまうのは仕方ないですから。

「じゃあせめてコート離しなさいよ。さっきからジュラの零したクッキーの粉、頭に全部落っこちて粉塗れになってるわよ」

「まぁ、コートも食べたいんですの? ではわたくしが取って差し上げますわね。コートにはお砂糖を振り掛けているものがよろしいかしら」

「だから話を……」

 えへへ。姉様とファニィさんの噛み合わないお話、聞いてて面白いです。

「ファニィさん。僕なら大丈夫です」

「あとで髪、払っときなさいね。蟻が寄ってくるわよ」

「はい」

 姉様の膝の上は温かくて、僕の体を抱く姉様の腕は優しくて、僕、少し眠くなってきました。でもまだ眠るには早い……でしょうか?

 少し眠気を振り払いたくて、僕はファニィさんに話し掛けてみました。

「……ファニィさん。もうお怪我は大丈夫ですか?」

「うん。もう傷口も見えないよ。ちょっと出血多かったから、貧血気味ではあるけどね」

 ファニィさんはニコリと笑って襟をはだけて肩を見せてくださいました。仰るように、もうすっかり傷口は塞がって、影も形も残っていません。

 本当にファニィさんの治癒能力の高さは、いつ見てもびっくりしちゃいます。

「……まぁ。もうお紅茶が空になってしまいましたわ」

 姉様がティーポットを傾けると、紅茶の雫が一つ、二つ落ちただけでした。

「もう食べるなって事だよ」

「でもクッキーを戴いて、わたくし、喉が渇いていますわ」

 姉様はそう言いながら、クッキーを食べる手を止めません。姉様にとって、食べ物を残すという選択肢はありませんから。

「あ……じゃあ僕、お替わりをいただいてきます」

「まぁ! コートはいい子ですわ。わたくし、待ってますわね」

 姉様がニコニコしながら僕にティーポットを渡してくださいました。

「すぐ戻りますから」

 僕はティーポットを抱えて、リビングを出てキッチンへ向かいました。お隣の部屋がキッチンだったはず……。

 案の定、キッチンには家人のどなたもいらっしゃいませんでしたが、お茶を戴くくらい、わざわざ声を掛けに行かなくても大丈夫ですよね?


 僕は仄かに火の残っている釜戸に、水瓶から水を組み入れたケトルを乗せました。そして薪をくべて火を熾し直します。

 チロチロと赤い火を見つめながら、僕はケトルのお湯が沸くのをじっと待っていました。その時です。

 窓の外が一瞬だけ、赤く染まったんです。外の灯りに使っている松明が燃えているだけかとも思いましたが、でもすぐ消えてしまったし……。

 どうしても気になり、僕は念のためケトルを釜戸から降ろして、裏口から外へ出てみました。


「……くそっ……まただ」

 裏庭の真ん中に蹲る人影があります。タスクさんでした。こんな夜中にお庭で一人、何をなさっているんでしょう?

 何となく声を掛ける事もはばかれて、僕はドアの影からじっとタスクさんを見ていました。タスクさんは立ち上がって、魔法の杖を構えます。そして裏庭の奥にある松明に向かって、炎の魔法を放ちました。

「火炎球!」

 でも魔法で生み出された炎は一瞬だけ激しく燃え上がり、すぐに消えてしまいました。

「……この威力でも駄目か……でもこれ以上威力を上げたら昼間みたいに……」

 一人で何か仰っています。

 ……そういえばペイドさんのお屋敷に奇襲を掛けた時、タスクさんは魔法の構築式を間違えたと仰っていました。そしていつものタスクさんらしくない、威力がアンバランスな魔法を具現化させて、戸惑っていらっしゃったような様子でした。あれはタスクさんの描き出した構築式通りの魔法じゃなかったんでしょうか?

 僕は少し迷いましたが、タスクさんに声を掛けてみる事にしました。

「……あ、あのっ……! タ、タスクさん」

 タスクさんは驚いたように身を竦めて、僕のほうへ首を捻られました。

「コートか。脅かすなよ」

 タスクさんはいつもの表情に戻って、ゆっくりと僕のほうへやってきました。

「ガキが夜更かし……ってか、ジュラさん放っておいていいのか」

「あ、え……えと……ね、姉様のお茶のお替わりをいただきに来たら、外に炎が見えて……」

 タスクさんは無言で手にした魔法の杖を眺め、帯の後ろに差して隠してしまいました。

「あの……魔法の、練習ですか?」

「ま、そんなトコかな。俺はまだまだ未熟な魔法使いだから」

 自嘲気味に呟き、タスクさんは裏口の横にある柱に寄り掛かりました。そして腕組みしながら、夜空を見上げます。

「……なぁコート」

「は、はい!」

 急に呼びかけられたので、僕は驚いてタスクさんを見上げました。

「奇襲の時、目測誤ってお前に火炎球をブチ当てそうになって悪かったな。火傷とかしてないよな?」

「は、はい。大丈夫です」

 僕の心配をしてくださるなんて……タスクさん、優しいかたです。僕は胸が熱くなりました。

「そっか。怪我させないで良かったよ」

 そう呟き、タスクさんはそれきり黙ってしまいます。僕もどうお声を掛けていいのか分からなくて、ドアノブを持ったままじっと黙っています。だって黙って佇むタスクさんの雰囲気が、構わないでほしいと言っているような気がしたんです。

 きゅっと胸元を押さえ、僕は恐る恐る、タスクさんにもう一度声を掛けました。

「あ、の……僕……お邪魔、ですよね。お部屋に帰ります。おやすみなさい」

 目を伏せたまま頭を下げ、僕はドアを閉めようとしました。

「コート。少し……いいか?」

「は、はい?」

 タスクさんは相変わらず夜空を見上げたまま、でも無理矢理僕を引き止めるような声音ではなく、なんとなく……たぶん何気なく、僕を呼び止めたように見えました。

「……な、なんでしょうか?」

 もう一度タスクさんを見上げると、タスクさんは僕を一瞬だけ見て、そして苦笑されました。

「……いや、やめとく。きっと俺の思い過ごしだから」

「はぁ……」

 タスクさんは何が仰りたかったのでしょう? 僕には分かりません。

「ジュラさんが待ってるんだろ。早くお茶の用意して戻ってやりな」

「はい。では……」

 何か引っかかるものを感じながらも、僕は引き下がるしかありませんでした。タスクさんは何か仰りたかったのは分かります。でも僕では相談役にもならないと、思い直されたのかもしれません。

「……あ、あのっ」

 僕は思い切って三度、声を掛けました。

「ぼ、僕はちょっと本が好きで、何か作ったり組み立てたりする事が好きなだけで……えと……こ、子供だから何のお役にも立てないかもしれないですけれど、タ、タスクさんのお話を聞くくらいはできます。お話しするだけでもご気分が晴れるなら、い、いつでも言ってください。あの……あの、偉そうなことを言ってすみませんっ!」

 それだけ言って、僕は恥ずかしくなって逃げるようにキッチンに戻りました。そしてなるべく急いでお湯を沸かし、ティーポットを持って姉様とファニィさんの待つリビングへ戻りました。

 僕、本当にタスクさんのお役に立つことができないでしょうか? 僕にできることなら何でもしますのに。

 姉様の膝にまた抱かれて、でも僕の頭にはさっきのタスクさんの夜空を見上げる物思いに耽った横顔だけが、ずっとずっと気に掛かっていました。


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