セカイ的非恋譚
つい先ほど気づいたが、どうやら私はセカイを叙述する者となったらしい。
「……すばらしい風景が広がっているな」
つぶやくと、目の前に美しい蓮の池、轍が間を抜け金色に染まる稲穂、純白の雪を戴く天険……ありとあらゆるこの世の絶景が広がっていく。とめどなく溢れるそれらは見つめ続けていると興奮と感動を与えてくれたが、あまり眺め過ぎてもちょっと疲れてしまいそうだったので、きりのいいところでまたつぶやく。
「……少し休みたいな。私の部屋は後ろにあった、はず」
言って振り返ると、いつもと変わらぬ私の部屋が背後に出現していた。背もたれの壊れた古い回転椅子に腰かけ、私はふうとため息をつく。傍らに手を伸ばせば、これまたいつもの位置にゴールデンバットと灰皿が置いてあった。ライターを片手に、私は一服する。煙が喉を駆け下り、高揚していた気持ちを落ち着けてくれた。
……さてさて、どうやらやっぱりセカイを叙述する者となったようだ。原理も経緯も不明なのだから、とりあえずはひとつひとつ納得していくほかにない。
主観としては数分ほど前のことだ。この部屋、と言っていいのかはわからないが、とにかく私は自室で仕事(私は文筆業を営んでいる。それが三文文士と呼ばれるが相応しい程度ではあるにしても)を片付け、ちょいちょいと本を読みはじめていた。そしてふっと目がしらを揉んで文字から顔を上げたとき、なにもない場所に立っている自分に気づいた。手にしていた本は消えており、着の身着のままで見渡す限り白々としらけた場所にいたのである。
最初はいつの間にか寝入ってしまい、夢を見ているのだと思った。正直、いまもそうではないかと疑っている。しかし夢にしても出来過ぎた、行きすぎた自由自在さがこの場所には溢れていた。私がつぶやき叙述すれば、それが目の前に起こるのだ。明晰夢というやつだろうか。ともかくも、いまこの場において私は全能の存在であるらしい。
何度かの試行でこの結論に至った私は、ひとつうなずくとそろそろ気持ちを切り替えることにした。現象の原因を探っても仕方がないのなら、いまこのときを愉しんでしまおう、と。
「……たしか机の下に、あれだ、タリスカの三十年のがあった」
つぶやいてのぞきこめば、酒瓶がある。私は喜びいさんで封を開けた。いや、もう一時の夢でもかまわない。仕事明けの己に降ってわいた幸運、ご褒美のようなものだと思ってありがたく頂戴するとしよう。
「……引き出しには葉巻があった。そう、高級な奴だ。うんと値の張る」
がらりと開ければセカイはつぶやきに応えてくれる。やりたい放題だ。
「……よく磨かれた、クリスタルガラスのグラスが棚に。冷蔵庫の奥にはうまそうなつまみ。冷凍庫には、あれだ、南極の氷」
言えば言うだけ応えてくれる。こんなことがあっていいのかと、恐ろしさに似た、しかし快い感覚が背筋を撫でている。一度はまりこんだ陶酔からは抜け出る気にもならず、夢ならば覚めるまで放蕩の限りを尽くそうと私は固く決意した。
デスクの上に呼び出したものを並べて、悦に入りながらとっくりと眺める。しかしこのすばらしいセカイに自分ひとりだけではどこか味気ないように思われた。ううんと唸って腕組みし、私はだれを呼ぼうかと考える。
酒、たばこ、と見つめていって、そのうちふと浮かんだ下劣な考えに身をゆだねた。
「……私が振り返ると、そこには若い女がひとり。容姿は、そうだな、背が高くすらりとしていて、黒髪が長く腰まで垂れ、スタイルも抜群な。顔立ちは……そう。あまりにも美しく……それこそ、言葉にならないような あ、セカイが壊れた。