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ドラゴンの憂鬱  作者: 彩里きら
本編
9/15

平凡な一日 前

日間ランキング入りが嬉しかったので調子にのりました。

話として起承転結も何もない、本編後のローザのただの一日です。

ちょっと続きます。

 我の朝は遅い。

 勿論、ここ五十年の内ではあり得ないほど規則正しい生活になってはいる。ただ、まあ、カツキの塒で働くヒト達は、日が昇るより前に。カツキは日が昇って少ししてから起きているらしいことを考えると、昼直前に起きだす我の朝は遅すぎると言っても良かろう。

 さて。起きる、とは言っても自力ではこうも毎日は無理である。母と父の膝下にいた頃はさておき、単独で生活するようになってからこの方、好きな用に寝起きをしていたのだ。体内時計のリズムを崩れ切っているというものだ。

「おはようございまーす! ローザ様ー! お昼ですよー! 起きてー! おっきろー!」

 今日も、正午前になると召使いが我の寝所に現れて、強制的に布団を剥ぎとってきた。

 春とはいえ、寒い。ついでに五月蝿い。

 ドラゴンの時と違って恒温のヒトの体には、室内の気温は寒くて目を覚まさざるを得ない。寒い、起きたくない。思考は割と目覚めておるが、出来ればこのままもう一度眠ってしまいたくて、小さく丸まった我に、召使いは無理に我の両手を掴み引き上げてくる。だらんと変な大勢になって腕が痛いので、仕方なしに力を入れて寝台の上に座るようにすれば、召使いは乙女の顔に濡れ布巾を押し当ててくる。

 ヒトとは、朝は顔を洗うものらしい。が、飲むわけでも水浴びするでもなく、顔を洗う事の意味がよく分からず、無視していると布巾で拭くと言う強行手段を取られるようになってしまったのだ。我、何でも世話される幼子では無いのだから、放っておいて欲しいものだ。

 ところで、この些かドラゴンの我に対して強引で母のようなこの召使い、休暇日を除いて常に同じである。どうやら、我専属らしい。

 くじ引きで負けました! と初めて合った時にぷりぷり怒っておった。我、ドラゴンなのに、何やら扱いが雑である。

 名前は例によって例の如く覚えられなんだが、我的に呼びやすく、ヒトにも覚えられるだろう名を提案したら、盛大な溜息と共に了承された。よって、この召使いはメーである。羊じゃないんだから、メーって、とのことだ。羊は毛が鬱陶しくて口がもさもさするから余り美味しくない。狙い目は毛刈りの時期である。

 さて、顔を拭かれれば、次は着替えである。

 ヒトは一日に何度も着替えるらしい。メー曰く、貴婦人は朝と昼と夜の食事前と寝る前に着替える、らしい。その割にはメーは見る度に同じ衣だと指摘すれば、立場が違うと言われた。ヒトの世とは謎だ。

「ローザ様、コルセット挑戦します?」

 昼用とやらの衣を着る前に、メーはそう声をかけてきた。手には筒状の布を持ち、それは真ん中辺りが不自然に凹んでいる。一度着せられたのことがあるが、内蔵が出るかと思った。

「せぬ」

 もう二度とあんな無防備な腹回りをぐいぐい締め付けるようなど身に付けたくない。その一心で、手を前に出して拒否した。

「んもう! 折角何も無くても良い物もってるんですから、おしゃれのためにもう一歩、頑張ってくださいよー」

 筒の上の両横側を手で持ち、左右に振りながらアピールするメーに、我は首を左右に振った。

「謹んでご遠慮申し上げる」

 我には珍しい程の丁寧な拒否に、メーは口を尖らせて不満気な顔をした。

「国王陛下の謁見の時には着けてもらいますからねー」

 言いながら、メーは拷問器具を脇に避け、持ってきていた衣を我に見せる。

「ローザ様綺麗な髪の色ですけど、これがまたドレスの合わせが難しいんですから。今日はこのクリーム色のドレスです。ドレス自体はフォンテーンの作ですが、襟元のレースは私作です! あの超有名デザイナーとの夢のコラボ! あー、ローザ様の侍女でよかったー」

 興奮した面持ちで顔を赤らめ、手にした淡い黄色の衣をぎゅっと抱きしめる。前、裾を握ったら皺が付くって怒られたのだが、お前は良いのか?

 口を出すのも憚られるようなメーの様子は、我がドラゴンだからだろうか、相成れないとしか思えぬ。

 もう一度、寝てしまおうか。

「あー! 寝ちゃダメです! 起きて起きて」

 剥ぎとって脇へ追いやられていた布団を掴んでごそごそ潜り込もうと思うった途端、メーが声を上げてきてた。見つかったか。

 そのままの勢いで寝台から降ろされ、床へと立つ。我には出来ぬ素早い動きで寝間着を脱がされ、ほんのり皺の付いたドレスを着せられた。メーが背側の釦を留める間、我は首に手をやりその具合を確かめる。昼は首まで隠す! が基本らしいのだが、喉が締められるような物が嫌だと言った我の要望を受けてか、少し緩めになっている。その変わりメー作のレースとやらが付けられ、苦しく無いがきちんと隠されるような塩梅になっているようだ。

「はい、靴はこれです。昨日のより、少しだけ踵が高いんですけど、大丈夫そうですか?」

 濃い目の、山吹色の靴が供される。足を入れれて立ってみるが、うむ。然程違和感は無い。

 初めて靴に遭遇した時は、真ん中の指位の踵のある物を履かされそうになったのだが、立つことすらままならなかった。ヒトは他の動物と違って踵を付けて歩く生きものなのに、わざわざ地から遠ざかってどうするのかと、今でも不思議で仕方ない。

「大丈夫そうですね。はい、じゃあ、次は髪を結いますからお隣の部屋に参りましょうねー」

 言いながら布巾やら何やら細々持って、メーは我から見て左側の扉を開いた。特に反発することも無いので、素直に従って隣へ移動するために動き出す。隣は我の寝床兼衣装部屋らしい。

 どうやらヒトの姿になって目覚めて驚いた部屋らしく、あの時はぽーんと寝台一つあっただけだが、本来の目的としてはお昼寝やら一人寝に使う所であり、また衣や装飾具も置いているので身支度を整える部屋らしい。更に言えば、腰掛けのあった部屋はここから一つ扉を開けた場所であり、メーの砕けた解説によると超私的な客とお茶する所、らしい。

 内装をどうするかと聞かれたが、どうでも良かった故そのように告げると、メーが好き勝手物を増やしている。一応我や偉い召使いに伺いながらやってるらしいが、この先一生こんな機会が無いと大変楽しそうで良い。

 大きな姿見のある席に座ると、メーは我のローズ色の髪を(くしけず)る。なかなかに気持ち良く、豚の毛で作られているらしい。豚は美味しい。あれよと言う間に我の美しいローズ色の髪は、一部が上の方で何やら複雑怪奇に纏められ、残りはそのままになった。メーが我の髪を弄うようになって、我のローズ色は一層艶が増した。もしかすると、ドラゴンの時に鱗を布やらで拭けばより一層美麗さが強調されたやもしれん。カツキが死んだらやってみよう。

「はーい、かんっぺきですよー! さ、お昼ご飯にしましょうね!」

 このヒト生活でなかなか気に入っているのはご飯の時間である。

 ドラゴンの調理は幾らバリエーションに富んだといっても、焼く、蒸す、海水に漬けて焼く、数種類ごった蒸しにする、皮をパリッとさせる、辺りである。これでも十分に美味しいが、他の方法が使えるならば是非教えてもらいたい。しかし、ヒトは小さくて手先が細やかであるから、更に多くの調理法を持つ。

 今日のご飯が楽しみである。

 少々うきうきしながら、我はメー先導の元、踵の少し高くなった靴に気を付けながらご飯部屋へと向かった。

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