憂鬱
「お前は我をどうしたいのだ」
我を好いているというその口で、我のドラゴンとしての全てを否定するような事を言うこの気色悪いオスを、叶うことならば二度と見たくない。そこまで嫌悪の感情が湧いてきている。
しかし、無理に側に置いて、何がしたいのかが分からない。
耳あたりの良い言葉だけを並び立てておけば、我としてもここまで悪感情を覚えず、飽く迄は側に寄ることを許したかも知れんし、ヒトと為った今、屈辱的ではあるが確かにカツキ一人にも敵わない程に弱くなった。普通のヒトやら獣人やらが欲するドラゴンとしての利用価値を無くしてまで、我を側に置いてどうしていこうと言うのか。
「どう? ただ、側に居て貴女を見ていたいだけです」
急に穏やかな口調になった。
もしや、我がドラゴンだからカツキの感情が理解出来ぬのか?
ドラゴンは寄り添い続けるということは余り無い。それぞれが思うがままに生きておるし、例え番になったとしても、常に共に居るということはない。例外としては繁殖期と育児期で、その時期のみ番は同じ場所を塒とする。
カツキはふと思案気な顔をして、再び口を開いた。
「少し、訂正させて頂きますね」
嫌な笑みでは無く微笑むような穏やかな顔に、我は背に水が流れる不思議な感触を味わった。何故に背に水が伝うのか分からぬが、少しばかり悪戯な過ぎた時の穏やかな気性の父に怒られる直前の気分に似ている。
「逃げられないように、一生、私に縛り付けて置きたいだけです」
それはだけとは言わん! 言っている事は、先ほどと何ら代わり無いではないか。
やはり、ドラゴンとヒトの感性には違いがあるような気がする。
溜息でもつこうかと、身動ぎしようとした途端、カツキの目が我を捉えてきた。肩を押す強さが少し弱まるが、何やら動けない。むしろ、足が震えてきた。
何が起きてるのだ?
立つこともままならなくなってくる。
……二足歩行は、難しかったためだろうか。やはり、四足の方がバランスが良いのだな。
疲れてしまったのだろうと素直に認め、諦めて床へと座り込もうかと力を抜くと、カツキが我を支えた。そして、少し体勢を整えてから我を抱き上げた。
体は横を向きで、脇と足の辺りに手が置かれている。我の知識を掘り起こすに、姫抱っこと呼ばれる物だろう。さして力のあるようには見えんのに、なかなかにやりおるな。全く嬉しいとも何とも思わぬが。
その姿勢のまま、動き出す。揺れが大きくて心地良くない。体勢も何とも心もとないし、これならば背に負われた方が良さそうなものである。
腰掛けにでも戻るのかと思っていると、この部屋へと入ってきた扉を変な体勢になりつつ開き、寝台へと移動した。
恭しく寝台に下ろされた。相変わらずふかふかである。このまま上体を倒してもう一眠りしようか。
悩んでいると、急に部屋が明るくなった。光の発生源は何かと思えば、透明が壁が見えている。その両横に深緑の布が吊り下げられていることから、覆っていたのをカツキが開いたのだろう。
壁際に居たカツキは直ぐに我の元へと歩いて来、落ち着き払った態度で寝台の端に座った。ふかふかが揺れて不愉快である。
何とはなしに見ていると、我のローズ色の髪が掬い取られた。
「ローザ。ローザはドラゴンへと戻りたいと思っていますか?」
「我はドラゴンとして生き方が自然なのだが」
思わず呆れた声が出た。
何という愚問か。
幾らヒトを真似た姿をしていても、我はドラゴン以外の何者でもない。ドラゴンとして生きる事が一番自然で、戻りたいなどと、当たり前過ぎて馬鹿らしいとさえ思う。
早く我の美しいローズ色の鱗と羽と尾のある、割と気に入っている薔薇の息を吐ける姿を取り戻したものだ。
「この術はね、解呪するか私が死ぬまで続きます」
繋がっているのかいないのか分からぬ事を言っている間があれば、解呪しろ。
言葉には出さなかったが、表情に出ていたのか、カツキは満面の笑みで口を開いた。
「あはは。でも、解くつもりは無いし、最高峰の魔法使いの術を解けるような者はいませんよ。だからね、私が死ぬまで、ローザはこのままです!」
はあ?
何を巫山戯たことを抜かすのだ。
「身分も無いのに態度の大きい貴女は、人の世では生きていけません。私に頼らないと生きてはいけないんですよ!」
態度が大きい?
ドラゴンとしては至って普通の性格をしていると自負しておるわ。そのように言われる筋合いは無い! その上、我は麗しいのである。例えヒト基準で態度が大きかろうと、我程の優美さの前には他者が媚びるべきるべきだ。我が謙るなど、両親や長以外に必要は無い。
不服として、拳を振り上げて殴ってやろうと思ったものの、あっさりとその手に受け止められた。
「貴女は弱いから、私が一生守ってあげますね。周りは兎や角言うでしょうけど、」
止めれた手はそのままカツキに握られ、また、肩を押された。
我、何か今日、よく肩を突かれている。何なのだ。ちょいちょい痛いのだが。
寝台へと倒された拍子に、髪が顔にへばり付いて鬱陶しい。空いている手で払い除けようとするが、カツキがその動きを封じて何故か慎重な手付きで除けてきた。真上から見下ろしてくるのが不快だ。
「まあ、子供の一人や二人産めば黙るでしょうね」
えっ?
「こっ?!」
子供、だと?!
い、嫌だ!
我、まだまだ青春を謳歌するのだし、何よりヒトの子など産みたくないわ!
無論いずれはグリーンドラゴンかホワイトドラゴン辺りの強くて優しくてイケメンのドラゴンと番になる予定ではある。
求愛中、ジェウチェ十頭位をバリエーションに富んだ調理で献上してきて、それでもって、住み心地の良い塒を準備してきて、我を望む他のオスをさらりと退ける、そんなドラゴンと!
万が一カツキがドラゴンだとしても、全身が美しい緑でも白でも無く、髪が薄ぼけた金の程度の色など、第一選考からも外すに違い無い程にアウトオブ眼中である。
あ。もしや、此奴の目的はドラゴンとヒトの間の子か?
「暫く繁殖期の予定は無い。変な野望は捨てて我をドラゴンに戻せ」
次の繁殖期までは五十年は先のはずだ。巡ってくる頃にはカツキも良い年のはずであるし、諦めてしまうが良い。
「大丈夫ですよ。今のローザはヒトなので、いつでも繁殖期です」
ヒトってそんな生体なのか?
だからヒトはやたらと多いのだな。ドラゴンは百年に一度程度しか子、と言うか卵を産む機会は無いし、卵は百年や二百年の長期に渡って孵らない。無事孵れば、百年以上は育児期となり、その間、番は繁殖期を迎えない。
「あはは、楽しみですね。私と、ローズの子供」
言いながら、カツキは我の無防備な腹を撫でた。
何も無い。無いから……逃げたい。超逃げたい。うん、逃げよう。
「逃がしませんよ」
獲物を狙うドラゴンと同じ目をして、カツキは笑った。
ヒトの生は、百年程度。
百年番わなければ、ドラゴンの姿が返ってくるはずだ。我、頑張る。
頑張る、が。
この先を思うと憂鬱である。
本編完結です。