侮辱
「ドラゴンの我に一目惚れをしたと言うのならば、お前の仕出かしたことはいえ、ヒトと為った我を好い続けられぬのではないか?」
我の至極真っ当だとしか思えぬだろう問いに、カツキは即座に頭を振った。
「いいえ! 私は、ローザ、貴女の瞳に恋したんです。ドラゴンとして誇りを持ち、気高く、何者にも侵し難いその真直ぐな瞳に、恋をしました」
感情も露な言葉は、そこで一度呼吸の為か途切れた。我を見てくるその目は、自分勝手にドラゴンからヒトへと変化させるような奴であると知らなければ、良い目であると、そう感じただろう。
「ローザ、ヒトの姿と為った今、その心に変わりはありますか?」
「あるわけがなかろう」
あれば、鱗や羽、尾が無いことに落胆するはずもない。両親譲りのパーツの中でも我的チャームポイントが無くなって、そうは見えぬやもしれんが、割りとしょんぼりしておるのだ。早く返して欲しい。
我の即答に、カツキはぱっと顔を輝かせた。
「なら、貴女は私が愛し、ずっとそばに置きたいと願ったローズドラゴンのままなのです」
……。
何やら、少しドラマチックに締めおったが聞き捨てならん言葉が混じったぞ。
ずっと、側に居たい、では無く、置きたい、とはどういうことだ!
今、ドラゴンなら間違いなくぷちっとした! 迷う事無くぷちっとやった!
居たい、ならば小さきヒトが願い、我が特別に許可している感があるが、置きたい、はヒトが我を、ドラゴンたる我を所有している響きがある。
そんなこと、認められる訳がない!
握られていた手を強引に振り解き、我は席を立った。この部屋に入ってきたのとは異なる扉の在り処を探し、今出来る最大限の素早さで持ってそちらへと移動する。とにかく、外だ。こんな所に居っては我の矜持が傷つく。
「ローザ?!」
後ろで、驚きに満ちた音が発せられる。
物が少なく広い部屋であっても、真中の腰掛けより扉のある壁までは然程距離は無い。どこに繋がっているかは知らぬ戸の把手に触れようとした途端、逆の腕が掴まれた。カツキなのだろう。振り払うために体をそちらへと向け黄色白く細長い腕を動かす。
「離せ。もう付き合って居られん、我は帰る」
さして強く握られていなった腕は難なく抜くことが出来た。しかし、直後カツキの両手が我の肩を壁へと押し付けてきた。
「ローザ、どうして?!」
気付きもせんのか!
ドラゴンは、動物における弱肉強食の世界で、頂点に立つ。そんな存在に対して所有の言葉を無意識にでも言ったということは、こやつは我をドラゴンと見做しておらぬということに他ならん。
何がヒトの姿であってもドラゴンだ。言った本人がそうとは捉えておらんではないか。
掴まれ、壁に押し付けられた肩が痛い。もうその姿すら目に入れたくない。
我は息を吐くために喉の奥に力を入れる。
ドラゴンは、個々に特性を持つ。レッドドラゴンである母は、火を吹く。アースドラゴンである父は、草花を芽吹かせる。ローズドラゴンである我は、常とは違う息を吐き、それが届く範囲の居る者を昏倒させることが出来る。その匂いは薔薇の芳香であり、この鱗の色とその息から我はローズドラゴンと呼ばれるのだ。
喉に力を入れ、薔薇の息を吐こうとして違和感に顔をしかめる。
おかしい。
次には口の中にむず痒い感触が起こり、耐え着られなくなった所で口を開けることでその効果が成されるのに、そのような感覚が湧いてこない。
何故?
羽を広げようと、尾を伸ばそうと力を入れた時のように、行き場の無いもどかしさがある。
「あはははは!」
不快な笑い声が耳に届いた。
「ローザ! 今、貴女はローズの息を吐こうとしましたね!」
肩に手を押し当てたまま、カツキは堪らないとばかりに言った。その口元は笑い声のまま、楽しそうに、愉悦に浸るように笑んでいる。
「ヒトの姿に押し込められた貴女に、そのような力は無いんですよ! ドラゴンの時のように、強くも無いし、何の特殊さも無い!」
我の肩への力が増す。痛いと思うよりも、目の前にいる金髪のオスが心底気持ち悪い。
「ねえ、ローザ。分かっていますか? 今の貴女は私がいなければ、何も出来ない、只のちっぽけなヒトの、女、なんですよ?」
「お前!」
カッとなって自由な足でもって目の前の無礼で不愉快極まり無いオスを蹴りつける。関節が今までに無くよく動くお陰か、無防備は腹へと足をくれてやれた。ヒトの体には知らぬが、凡その動物は腹の近くに骨は少なく、臓器が収められている。上半身を動かせない我に出来得る最大の攻撃だ。
それでも、腹の虫は収まらん。
所有を仄めかす言葉では飽きたらず、ドラゴンである我に! この、我に! ちっぽけなヒトの女、だと?!
この表現もまた気に食わん!
我はドラゴンである。メス、と言われるのならば何の問題も無いし気にもならんというのに、女、という特有の性別表現をされると我の存在がヒトに押し込められている事をありありと表しているようで気分が悪い。
「ローザ! ねえローザ! 分かってます? 今のさして痛くないんです! ローザが、あの、ドラゴンのローザが、私に敵わないんです!」
次々と我のドラゴンとしての生を侮辱する言葉が吐かれる。
苛立たしい事この上無いが、現状では力で勝てぬのは如何しようもない事実である。
怒りに目が眩みそうだが、無理に気持ちを落ち着けて我は口を開いた。