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ドラゴンの憂鬱  作者: 彩里きら
本編
5/15

理由

 隣室は光に溢れている。

 簡素化した花の絵が繰り返し描かれた壁が、一部透明になっており、そこから外の光が部屋の内部に届いていた。太陽自体は囲われたこの空間からは見えぬが、明るさから言って日が昇って間もないわけでも、落ちかけているわけでも無く、昼間、という時間であろうことが推測できる。

 用途の分からぬ木の置物が少しばかり置かれているが、全体的にはガランとした広い空間という所だけで、どこかあの暑い春の洞窟を思わせた。

 真中にぽんと置かれた台の脇にある腰掛けの元へと座るように促され、断る理由も特に無いため素直に従う。

 ローズ色とは言えぬ淡い赤の衣が、腿の裏側で重なりあって少し鬱陶しい。

「先程も言いましたが、私はドラゴンに為れません」

 衣の煩わしさをどうすれば解消出来るのか悩む我を他所に、カツキは声を出した。

「途中で話は止まりましたので、少し飛ばして終盤の方から続けますね」

 まだ長話は続くのか。

 ざくっとさくっと我に分かりやすく順を追う程度で良かったのだがな。

 いっそ空を飛んでいってしまいたいが、我のローズ色の優美な羽がどこかへ行ってしまった今は飛ぶことは疎か広げることすら出来ない。歩いて移動するには、二足歩行に対して万全とは言えぬ。今は黙って耳を傾けるより他なかった。

「ローザ、ドラゴンである美しい貴女の側にいる方法を考えた時、選択肢は二つありました。一つは、そのまま、ローザはローザ、私は私のままでいること。もう一つは、私がドラゴンになること」

 まあ、側に居たければそうなるであろうな。

「しかし、一つ目の選択肢にはローザが私に気付き難い程度の、取るに足らない存在としか認識してくれないという事が予想されました」

 それはその通りだろう。ドラゴンたる我がヒトなぞに構うということは、ほぼ、無い。昼寝に付き合う位は許しただろうが、基本的には物理的に視界にも入らん位置にいるのだ。些細な存在であることは言うまでも無い。

「そこで、私はドラゴンになるために魔法使いに為ることを決意しました。それも、並の魔法使いでは変化の術を行使出来ないので、国で、いえ、全ての国々の中で最高位の魔法使いと為る必要がありました」

 鬱陶しい笑顔でカツキは座る我のすぐ横に一分の隙もも許さないとばかりに密着し、行き場無く腿の上に置いておいた右手をぎゅっと握ってきた。

 両手で。

 やたらと長く、感情を込めてはいたものの落ち着いた話しぶりだと思っていたが、無駄にくっついてくるのは本当にウザイな。寒い訳はない故、必要以上に側に寄る意味も無いだろうに。

「王妃に疎まれた高い魔力のお陰で、十数年程度で私は最高峰の魔法使いへと為ることが出来ました」

 ほう。王妃に嫌われていたのはその魔力の為か。我にはその高低の判断つかんが、恐らく相当のものなのだろうな。

「しかし、ああ! ローザ!」

 うお?! 突然声を荒げるな! 驚くだろうに。手を握られておらなんだら飛び跳ねたやもしれん。羽の付け根辺りに力が籠ってむずっとした。

「私はヒトとして間違いなく最高位の魔法使いとなれたのに――ドラゴンに、なれなかったのです」

 右手、痛い。

 ぐっと握り締めるな、ギリギリするな。ドラゴンと違ってやたら細っこいのだ。折れでもしたらどうしてくれる。

「その時の絶望たるや」

 痛む柔な右手を忌々しく見ていると、蟀谷(こめかみ)辺りにやたらと視線を感じてそちらを向けば、悲壮感漂う顔が我を見つめていた。少しばかりの水が瞳に溜まっている。見るなと言いたい。

 ヒトの年齢に関するアレコレはよくは知らぬが、十五年前で自立する小さいのだったということは、カツキは二十の年は過ぎているはずだ。

 ドラゴンのような長命種とは違い、百年も生きられないヒトは、その位の年を生きればもう立派な大人のはずである。

 二百五十六歳のピチピチ乙女の我ですら、このような事では泣いてはいけない。ましたや、強く、メスを守る任に就くオスなど言うまでも無いだろう。

 こやつ、鬱陶しいし至らぬオスだな。

「ローザ、貴女は美しいドラゴンです。気高く、誇り高い、またその色に絶対の自信を持つローズドラゴンです」

 その通りである。訂正しようもない。

「ドラゴンである貴女を愛しました。でも、私はドラゴンに為れない。ヒトがドラゴンになるには余りにも制約が多すぎたのです」

 その制約とやらは知らんが、ドラゴンとヒトとは動物であるという括り以外に似通う所が無い。ましてや矮小な存在であるヒトが、世界最強種になどと、荒唐無稽な試みであったろう。

「なら、」

 カツキは言葉を切った。浮かべた涙はとうに消え口元に大きな弧を描いていた。目が少しも笑っていないような気がして、ぞわりと、我自慢の鱗が逆立つ感触を覚えた。

「ドラゴンをヒトにすればいい」

 我はドラゴンである。

 ヒトの感情の機微に疎い。

 しかし、この時ばかりはその後ろ暗い吐き気のするような自分勝手な愛と名付けられた感情に、気付かざるを得なかった。

 気色悪い。

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