解説
「どこから説明しましょうか。まあ、良く寝てらしたのでお忘れになっていることもあるかと思いますので、出会いからにしますね」
我の要請にあっさりと了承したオスは、勢い良く、さも楽しいこととばかりに語り出した。
若干貶されている気がしないでもないが、良く寝たために忘れてはいけないであろう記憶がぽろぽろ零れ落ちている事は否めないので、そこについては不問に処す。
それよりも、である。
この時点で、我、こういう奴を何て表すべきか分かった。うざい、だ。
本当に真剣にどうしようもなくうざい奴だと心の底からひしひしと感じつつあるが、話しを聞かねば現状把握もままならんので、ぷちっと潰したくなるのを抑え、黙って耳を傾ける。
「今から十五年前、王妃に疎まれドラゴンの住むという崖に置き去りにされた私は、暖を求め彷徨う内に、ドラゴンのねぐらに辿り着きました」
ん、んんんんんー?
ちょっと待て。のっけから急展開すぎやせんか?
昼寝にくっついていたのは十五年も前のことだったのか、とか王妃ってどういうことだ、とか暖を求めてってお昼寝するにも暑いくらいだったはずだった、とか言いたいことは色々あるが、しかしすでに長くなりそうな気配がそこかしこに感じられるのに、口出しすれば余計に長くなりそうで、落ち着きの悪さを感じながらも、黙ってその先を聞くことにする。
「迎えが来ることは分かっていたので、寝ているドラゴンの側を拠点にしばらく生活していると、漸く、ローズ色の美しいドラゴンが――貴女が目覚めたのです」
あ、我、オスの初見時寝ていたのか。ふむふむ。
「ぱっちり開いた貴女の瞳に、ひと目で恋しました」
まじか?!
ヒトがドラゴンに恋って!
よく目なんて見れたものだな! 我の顔、ヒトの大人の倍以上に高いところに位置するぞ……。ああ、寝起きは顔伏せているのか。
それにしても、である。
ドラゴンとヒトの美醜の捉え方は大きく違う。
我は確かに自他共に認める美しいドラゴンである。まだぴちぴちの乙女故、誰かと番う気はないのだが、母と行動を共にしていた時もそれはもうモテモテだったのだ。
しかし、それはドラゴンという種族でのことである。小さすぎて見えないこともあるが、ヒトの顔についてその美醜を感じることはない。全部、何やら小さくて可愛らしい、程度の捉え方だ。凛々しそうな気がするとか年老いているだとかそういった事は感じることができるが、相成れない種族故、恋するなぞといったことはまず有り得ない。
ヒトにとっても、そうであろう。
幼き頃は昔話やらをしつこく強請る子であったが、ドラゴンとヒトとが番うだとかそういう話はてんで聞いたことがなかった。
「少し潤んだ丸くて大きな瞳は私を見ること無く、直ぐに頭を上げられてしまいました。迎えが来るとは分かっていても、一人では下りられない崖の上に置き去りにされたことで、王妃に疎まれているという事実が目の前に突き付けられ、濁った感情が湧いていた私には、遥か広がる世界を映すその瞳は、何よりも美しく感じられました」
一目惚れって、こんな理屈捏ねるものなのか? 我、一目惚れしたことないわから分からん。
くわっと欠伸したくなるのを一応配慮して咬み殺す我の事等考えもしないのか、オスは更に言葉を重ねる。
「ローズ色の、きらきらとした瞳に私を映して欲しくて、足元で必死にアピールをして漸くこちらを見てもらえた時の感情は、筆舌に尽くしがたいものでした。そんな私に、ローザ、貴女は一言、『オス?』と不思議そうな声を発したんです。折角見てもらえたのに、只、性別で呼ばれたことに、酷く落胆しました」
夜目が利くとはとはいえ、暗い中にいると眠くなってしまう。なかなか良い声がBGMに流れられると、もう堪らんな。
結局耐えられずにぐわっと欠伸一つして、起こしていた体を丸く横たえるために、我が動く。
「ローザ?」
途端、BGMは怪訝そうな色を露に、我の仮称を口にした。
「ん、続けてくれて構わぬ。ちょっと眠るだけだ」
常ならば丸くなっても顔蜂に対して平行な向きで眠れるが、ヒトとは難儀なもので丸々と頬が地に接せざるを得ない。
顔の形が悪くなってしまいそうなのが気になるが、快適な睡眠の為には、如何仕方がないか。
ドラゴンに戻りたいなぁ。
一眠りしてキャッキャウフフな幸せな夢でも見て起きたら元に戻ってるとか実は夢オチとかそんな事にはならんものか。
「ローザ!」
夢の世界へと思いを馳せていると、ふわふわの寝台が大きく揺れ、オスの声と共に我の顔が何か温い物に挟まれた。