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わたしのおかあさん  作者: 城田 直
9/30

腐った金魚・その1

 突然、落ち込んだ。何もかもやる気がうせた。


自殺、決行のモチベーションを高めてくれたおかあさんの怒鳴り声


激しい音がわたしは苦手だ。おかあさんの怒鳴り声とシンクロするから。

 

 「小野寺、どっか具合悪いの?」


 

二学期末テストを二週間後に控えたある日の放課後、文芸部の部室でぐったり


お昼ねをしてたら、お菓子の袋を抱えた小峰先輩が入ってきて、


開口一番、そう言った。




「具合ですか?悪いといえば、悪いし・・・というよりも眠いです」



「小野寺、学校中で評判だよ、あのぷくぷくした下級生が突然痩せてきれいになったって。おまえ

ひとえまぶただから、目がほそかったけど、最近、目が大きくなったよね?なにかした?すっごい評判になってるよ」



「アイプチです。五千円しました。雑誌の後ろのほうに載ってたので、おかあさんに辞書買うから

お金頂戴といって、巻き上げて、思い切って買いました。それで二重にしてみました」



「デビューしたんだな」



「そう、ともいいますかね。多分」


「髪の毛もストレートにして、ボブにあうじゃん、薬師丸ひろこみたいだわ」


「ありがとうございます。眠いです」



わたしは半目になってふたたび、机に突っ伏した。



「勉強のしすぎじゃないの?」



「かも、しれません。うちは国公立でなければ受験すらさせてくれないらしいので。でもたぶんダメです」


「まだ一年坊じゃん、これからがんばれば大丈夫」




「それは、小峰先輩は頭がいいからいえることであって、わたしのようなヒエラルキーの下方に居るものは無理です」


「そう?」


「はい。むり。なにしろ数学でぜええったいに無理」



「塾いったら?紹介するよ。あたしのおじさんが教師退職してから、数学塾やってる。あたしもいってる」



「うちは、おかねありません。小峰先輩みたく、おうちが開業医とか、おじさんが昔高校の数学教師だったとか、そんないいおうちじゃないので。おかあさんはパートに出てるし。おとうさんはしがない公務員だし」


「しがないって、公務員になるのって結構たいへんだよ?」



「そうなんですか?うちのおとうさん、しょっちゅう仕事休んで、寝てますけど。飲み会の翌日とか」



「ふうん、うちだってお酒の量に換算したら、多いほうだけどね。よく飲んでるし。なんか、外にアイジンとか居るみたいだし」

 

「おとうさん、がですか?」



「そうそう。こないだ、そのアイジンとかいうひとが家に電話掛けてきて、うちのお母さん気を失ってたいへんだったわ。もっともうちはほら、あれだから、おとうさん医者だから、すぐ処置したけど」



「そういう問題じゃないと思います」


「そうだよね、でもまあ、親の勝手だから。こどもはこどもの道を行けばいいんだし。一応、お金出してくれるし、大学もいけるとこ行けばいいから、嫁入り道具みたいなもんだからって言ってくれてるし。まあ、楽なのでいいわ」


「小峰先輩」


「あん?」



「かっこいいですね。お顔もかわいいですし、世の中って不公平ですよね」




「だいじょうぶ、シナシナもかわいいよ」



「ぜんぜん、かわいくありません。不細工で落ち込みやすいし、体弱いし、こころも弱いし」



「自分、知ってるからいいじゃん」


「いえ、弱肉強食のこの世の中で、どうやって生き残ろうか、毎日必死です」



「まあ、よくわかんないけど、お菓子、食べな。このビスケット、イギリスのお土産だけど、全粒粉ビスケットでおいしいから」



「ありがとうございます」




「そのうちさあ、シナシナのおうちに遊びに行ってもいいかなあ」


「やめてください、うちにはほんっと何もないですから」



「シナシナのお部屋って何があるの?」



「何もありません。本棚と机とベッドだけです」


「どんな本があるの?本棚に」


「加藤諦三と、フランクルの『夜と霧』と、ドストエフスキーの『罪と罰』と

ジグムント・フロイトの『精神分析』と、埴谷雄高の『死霊』と、まあ、そんなところです」



「なにか、悩みでもあんの?」



「われおもう、ゆえにわれあり、です。アイデンティティーの構築になやんでます」



「シナシナ、高尚だね」



「そんな、ご大層なものではありません。もっと楽な女子高生ライフを送りたいんですが」


 

がらっと勢いよく部室のドアが開いた



「あああ、男がほしいわああ」

 がさつな声がした。みどりちゃんだった。



男かあ、いいねえ、そういえば最近、デートしてないわ。



小峰先輩はみどりちゃんにすばやく反応して、辛気臭いわたしとの対話の牢獄から脱出に成功した。




わたしは、暗い、のだ。なんでかわからないけど




部屋になんてご招待できない。この人たち、まぶしすぎる。




「隣の男子校にすっごいかっこいい子がいてさ、週末にライブハウスでライブやるんだって」





ああ、いわゆる、ロック・コンサートですね。出し物はディープ・パープル。




わたしは、ロックが嫌いだ。あの騒音みたいな音のなにが音楽なんだろう?


年寄りみたいだけど、本当に胃がねじれそうになるのだ。ハードロックを聴いてると。




はあ・・・・




ため息をつく。




ついていけない。なににもついていけない。どこもかしこも灰色に染まっている。





きっと自分のあたま、がおかしいんだと思う。




世界のスピードについていけない。どろーんとしたゼリーみたいな膜がいつも思考にこびりついている。

なんだろう、このよどんだかんじ。まだ16歳なのに、世界の終わりの廃墟にたたずんでる感じ・・・








あたし、死のう。





突然思った。




それから二週間、死ぬことだけを毎日毎日繰り返し考え続けた。


試験なんてそっちのけだった。



どうやって死のう。




死ぬことを夢想したが、同時によみがえることも願った。


矛盾していた。死にたいのか、生きたいのかわからない。





たぶん、死ぬ真似事をしてみたいんだろう、とぼんやり思った。



完全には死にたくない。死のぎりぎりまで行くんだけど、どこかで生き残る手はずを残す。





ひとは、自殺するようにはできていないのかもしれない。




みんな、死ぬときはどこかで生き残ることを考えていて、生きることと死ぬことと



半々に思っているのかもしれない。うまく死ねたらよいし、でも生き残りたいし


生き残って、不具になるのも怖いし、どうしたものか。






長らく考えているうちに、




機会は突然やってきた。




せなかを押したのはおかあさん、だつた。






「品子、あんた試験近いのに、そんなやってぼうっとしてていいのっ?ぼうっとするひまあったら、

なんか手伝ってよ、ご飯炊くとか、皿洗うとか、風呂洗うとか、トイレ掃除するとか。勉強しないんだったら、働け。もうねえ、無理に大学行かないでほしいわ、つきに何十万かかると思ってんの?東京の大学なんて無理だわ。私学なんて無理。あんたねえお嬢様じゃないんだからね。お父さんいつも言ってるじゃない?うちは労働者階級だから。働いてもらわないと困る、大学行くなら、教師とか公務員とか、文学部なんてダメ。文学してなんの仕事に就くのよ?大学は出ました、ポッポ焼きの移動販売の店長してますって、昔住んでたアパートのとなりの、三角さんみたいになっちゃうからね。恥ずかしいでしょ?いかぽっぽ焼いて暮らすのよ。子供もいるのに、大きくなったらどうするの?お父さんなにやってますか?ハイ、いかぽっぽ焼いてます、なんて、女の子だったらお嫁にもいけないのよ。あんた、そうゆうのと結婚したいわけ?」






あああああ、うるさい。となりの住人が何で生計立てていようが関係ないではないか?どうしてあなたの妄想がわたしの身に実現するというのだ?こんな、気違い見たいな女のはらから生まれたから、わたしはきが違ったのだ。死んでやる。川原で野垂れ死んでやる。



わたしは、買い置きの、アセトアミノフェンいりの風邪薬をオーバーのポケットにねじ込むと、

バス代の数百円を入れた小銭入れを持ち、家を抜け出した。



冷たい風と、風花が舞っていた。本格的に雪になりそうだった。



雪の中に埋もれて、春先まで死体が出てこないといいな、


わたしはきれいな雪の中に埋もれた美少女のイラストを頭の中に描いて



とことこと、バス停留所に向かった。





決行のときは近い。





頬を冷たい北風がナイフのように刺した。




冬は、死に、おぼれる、季節、かもしれない。




わたしのこころは、すでに凍死しかかっている。




 

シナシナ、自殺決行?

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