めくるめくメロンパン
メロンパンのことしか考えられない。ホイップもマーガリンもいらない。
中に何も入ってないパン生地の不味い、ビスケットの生地もかりっとしてない
べたべた甘い黄色の古い田舎のパン屋においてあるようなおそろしくシンプルで
不味いメロンパン…
小野寺品子、四時限目が始まるぞ
自転車置き場で、英語の山内ティーチャーにみつかった。
しるか、そんなモン。
わたしは聞こえない振りをして駆け出す。
おい、品子。
山内ティーの声が遠くに聞こえる。
わたしの頭はメロンパンでいっぱい。
あの、わかりやすい甘さと、ぱさぱさ感。
牛乳と一緒に喉の奥に流し込む。
ミルキーな、どろどろしたもの
甘い、この不味い懐かしい暖かさ
わからない。メロンパンじゃなきゃだめだ。
空腹なのではない
胸がすかすかする。たとえようのない飢餓感
胃袋にいくら詰めてもけっして満たされることのない飢餓感。
この強烈な飢餓感を埋めるのは、メロンパンしかないんだ。
わたしは、校門を抜け、市役所の通りを抜け、国道沿いの
ホームセンターの駐車場の反対側を抜け、
バスどおりのカーブを曲がり、
中華飯店の、味噌ラーメンの赤いのぼりがぼろぼろになってるのを
横目にペダルをこぎ、
家の坂の下にある、住居を改造したようなたたずまいの
さびれたパン屋の店のガラス戸を開ける。
午前十一時半
朝方焼いたメロンパンはもう、古びた感じに乾いたオーラを発している。
こんなんでいっすかね?
自分があまり感じがよくない風情で並んでいるのを恥じているみたいな
ビニールにつつまれた、メロンパン
わたしは五個並んでいるうちの三個を手にして、
ショーケースの並びのレジの前に無言でおいた。
パン屋のおばさんは特に愛想がいいわけでもなく、
平日のお昼前に、学校から3キロ離れた住宅街にあるパン屋に
パンを買いに来ている、おばさんパーマを当てた、太り気味の
地味な女子高生に不信感を抱くでもなく、
ただ、淡々とレジを打った。
百五十円です。
一個、五十円。メロンパン一個五十円。
わたしは心の中でつぶやく。
たった百五十円でたやすく幸せが買えることに
おどろきと感動すら覚えながら。
わたしは戦利品を手にした瞬間、世界が自分に微笑んでいるきがした。
甘いメロンパンは、わたしの飢餓感をいやすに余りある価値を持っていた。
彼らは、わたしの手の中で、そそとした風情でありながら、どこか
選ばれたという誇らしさに満ち満ちていた。
家に帰ったが誰も居ない。
おかあさんはパートに出ていた。
わたしが進学校に入学する少し前に建売で、二十坪ほどの小さな建売住宅を手に入れたのだ。
土地は六十坪あった。
庭には駐車スペースと、少しの畑と投げやりな花壇があった。
畑には、ねぎと、赤紫蘇と、育ちの悪いほうれん草が植えてあった。
花壇には申し訳程度のパンジーとチューリップが三本。
それと、何の花が咲くのかわからない植木がちょぼちょぼと茂っている。
おかあさんは、なにか生き物とか、植物とか、要するにいのちのあるものを育てるのには
まるで向いてないタイプの女性だった。
どちらかというと、派手で社交性のある生活を好んだ。
付き合うひとは、肩書きで選んだ。
あのひとのだんなさんは医者だとか
あのひとの親戚には校長先生が居るとか
地主だとか、役人だとか。
そういえば、お父さんもお役人だった。
建設省という今の国土交通省に勤める技官という肩書きがあった。
でも、お父さんはぜんぜん仕事が好きじゃないみたいなヒトだった。
仕事をするより、労働運動みたいなことに熱を入れていた。
うちには、そういう左翼とか、プロレタリアとか、マルクス主義とか
社会主義とか共産主義とか唯物論とか、抗資本主義系の書物で埋め尽くされていた。
小難しい理論と、政治の話がとても好きなヒトで、テレビの視聴は公共放送と限定されていた
政治討論とか熱心に見ていた。
机上の空論。
わたしは知っている。お父さんはただ、評論家なだけだ。
反権力、は権力を握ったとたん、反、権力じゃなくなる。
権力になる。
要するにおとうさんは
逃げ腰なだけだ。とてもまじめでいいヒトなのだけど、影が薄いし、お財布の中身も薄い。
だけど、わたしはそんなよわっちいおとうさんが大好きだった。
お父さんはとてもしずかで、いらいらした、尖った感情を決して見せたりしない。
優しかった。ただ、ただやさしい。
けれど、それは、強さのある、本当の人を憂える優しさ、ではなくて
なにか、センチメンタルで流されているような、深い冷たい水溜りのような
易きに流れるほうの優しさだった。
そして、その裏側はとても冷たい。
お父さんの裏側の冷たさを、わたしはなんとなく肌で感じていた。
なんというのだろう、あの醒めた感じ。
あきらめに似た、中途半端なあやうい優しさ。
優柔不断。
多分、それだ。
おかあさんがいらいらしてたのは、多分そのあたりだ。
おかあさんは地味に理詰めで物事を捉えるのが苦手だった
思考がすぐに飛躍し、朝礼暮改という言葉を覚えたとき、
これは、おかあさんのためにできた言葉なのだな、と理解したくらいだったから。
おかあさんと、おとうさんはお見合いで結婚した。
おばあちゃんが末っ子で、溺愛していた器量のよくない娘のために
喰うに困らない、食い扶持のしっかりした男性ということで
仲人さんから紹介を受けたのがお父さんだった。
おかあさんはおばあちゃんが大好きだったから、疑うことなくおとうさんと結婚した。
おとうさんのことは恋愛感情ではなかったらしい。
結婚は現実だから、職業のいい人と結婚したのよ。
公務員と結婚できた。それがおかあさんのステイタスになった。
だから、あんたも公務員と結婚するか、自分が公務員になるのよ。
いいところに勤めるのよ。販売とか接客とか、工場とか
民間はだめよ。ボーナスもらえないから。信用もないしね。
いい?あんたはぼうっとしてて何も自分じゃ決められない、お父さんと似たところがあって
わたし、いらいらするのよね。
お父さんって石橋たたいてもわたらない人じゃない。優柔不断で、組合と酒ばっかり飲んで
でも、公務員でしょ?あなたの好きな職業についてるでしょ?
わたしがそういうと、おかあさんは胸を張る。
そうよ、おまけにあんたは名門高校に入った。おかあさん、鼻が高いのよ。
デパートで、お客さんに、娘さん○○高校ですか?優秀なんですね。大学行くから、おかあさん働いてらっしゃるのね。ってそういわれるの。うれしいわあ。あんた親孝行したね。
自分の中で悦にいってる。
ばかじゃないか。
勝手にやってろ。
わたしはメロンパンのことしか頭にない。
メロンパンのことを考えていれば、不快な飢餓感は薄まっていく。
それが、摂食障害の始まりだったと知ったのはもっと後になってからのことだった。