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わたしのおかあさん  作者: 城田 直
30/30

中野区沼袋三丁目 3

書留が届いた。お金と不動産賃貸の契約書に判が押してある書類だった。

翌日、わたしは郵便局から、部屋の賃貸の書類を送り、

電話ボックスから、コレクトコールでおかあさんに電話した。


昼間だと居ないかな~と思ったけれども、

意外に早いコールでおかあさんは電話に出た。


「はい、小野寺でございます」

澄ました作り声だった。

おかあさんの声を聞くのは久しぶりだった。


「お久しぶりです。品子です」

わたしも他人行儀な声で他人行儀な言い回しで話した。


「なんだい、あんたか」

わたしだとわかるとおかあさんの声は急に下品になった。

しわがれたイジワル婆さんみたいな声と話し方だった。


「わたしです。書類送ります。こちらで部屋を借りるので、

お金を貸して欲しいのです」

わたしは極力丁寧に頼んだ。


「お金ね…それよりあんたはずっと東京にいるわけね、

もう帰ってこないんでしょうね?あんたが出たり入ったりすると家の中が落ち着かないわけ。

いないならいないで、こっちもあんたはもう、小野寺の人間じゃない者として、

数に入れないように考えなきゃいけないしね。

縁だって、お父さんだって、あんたが居なくなった事で迷惑してるから。

もう帰ってこないつもりでしょ。近所付き合いするにしても、

品子ちゃんはどうしたのって聞かれて迷惑なのよ。

まさか、家出したなんて口が裂けても言えないからね。外聞悪いから」


出た。得意の外聞悪い!が。

そうか。おかあさんわたしが居なきゃ居ないでイライラするんだ。

わたしの存在って人をイライラさせるってことなんだな…。

そう思ったらなんだか涙が出た。しかも、予想外に大粒の涙だった。

わたしは泣きなら、でも鼻も声も詰まらせないように注意して言った。


「郡山には帰らないつもりです。迷惑かけてすみませんでした」

「まったくだよ!あんたにいくらお金送ったと思ってんの」

「え?五万だけ受け取ってますけど」

「言ってんじゃないよ。あんたが同居してたって言う友達、

佐田りえって子に何万送ったかわからない。

あんた、佐田さんのところで世話になってて、

あんたに係る経費、食費とか、これまで15万くらいやってんだよ」

「うそ、知らない」

「あんたが知らなくても、佐田りえって子が、

あんたが病気だかとか、あんたの食費がかかるとか、

挙げ句、家賃半分持って下さいまでいわれて、

こっちはそのたんびに銀行から佐田りえの口座に振り込んでるんだ。

あんた本当に佐田りえって子に世話になってたのかい」

わたしは絶句した。

りえはそんなことを一言もわたしに告げていない。

第一、おかあさんがりえの口座に振り込んだお金は

一切わたしの手元に渡ってはいない。

「そのことなんだけど、わたしもりえの部屋を出て、

りえとは別に暮らすから、最後のお願いです。お金を貸して下さい」


おかあさんはため息をついた。 そして言った。

「あんた、騙されたんだよ、りえって子に。

なんか調子が良くて、口先だけ滑らかで、信用出来ない子だと思ってた。

だけど、あんたみたいなぼうっとしてる子の面倒見てくれるなら、

こんな子でも仕方ないのかな…って。あたしのへそくりを出してやってたんだ」

「すみません」

わたしは素直に謝った。りえのやつ、どうもいけ好かないと思ってたら、

やっぱり人をうまく利用する奴だったんだ。


そんな友達は友達じゃない。


「りえから離れて自立するので、部屋の敷金を貸して下さい。

あと、保証人になって下さい。書類送りますので、

判子を押して、送り返して下さい」

わたしは事務的に言った。


おかあさんは別に怒るでもなく、

「わかった」

と言って、電話をすぐに切った。


離れた娘を心配するとか、ご飯は食べてるのか?とか、

そういう心のこもった言葉は一切なかった。


おかあさんってそういう人だ。

おかあさんの言葉で、

縁もお父さんも、もうわたしのことをどうでもいい人間

としか思っていないことが、はっきりした。


わたしは、ひとりなんだ。と心に強く思った。

これからはひとりで何でもこなしていかなきゃいけない。


地面に叩き落とされてかえってわたしは生きる希望が沸いてきた。

修羅場に強いのがわたしの唯一の強みだと思う。

打たれよわいくせに、いったん決めると引き下がれなくなる。


もうわたしに故郷はない。


もともと、お父さんの転勤で暮らす場所に文句は言えなかったので

どこでも暮らしていける強さくらいはある。


わがままなのか、なんなのかわからないが、わたしは自分の居場所を

強く求めていた。


だれもわたしに関わらないでほしい。

と、思った。


わたしのことを悪く言わないでほしい。

だって、わたしは一生懸命生きようとしてる。


そのことのどこがいけないのか

と思った。



ニ、三日たって、書留がりえのアパートに届いた。

わたしはりえに悟られないようにこの二日間、郵便ポストに注意をしていた


ちょうど、バイトが休みの日だった。

午前11時に、郵便配達人が、ドアをノックして

「小野寺品子さんに書きとめです」

と判子を求めてきた。

ちょうど、りえはシローの部屋にお泊りに行っていて留守だった。


「ありがとうございます」

わたしは判子を押し、書留を受け取った。

たしかに書類と、別に封筒があり、そこには二十万入っていた。


「え、うそだ」

思わず声をあげる。

何かのまちがいだろう、と思った。


封筒の中には手紙があり

おかあさんの下手くそな文字で

こんな文章がつづられていた。


『品子へ


お父さんに内緒で二十万送ります。これはあんたを大学に出すために

ためていたお金です。あんたを大学に出すとうちの経済が狂うから

縁とお父さんは、あんたが大学に落ちたことを喜んでました。でも、

おかあさんは、あんたに大学に入れてやりたかった。あたしも中学しかでてないから

どうやったらあんたをうまく大学に進学させてやれるかわかんなかった。

落ちたとき、お父さんは喜んで会社に就職させたけど、

本当はまだ募集してる地元の専門学校に入れてやりたかった。

学がないと、生き辛いね。おかあさんはよくわかるよ。自分でお金作って

大学に行くなり、専門学校に行くなり、その足しにしなさい

あとは、もうお金は上げられない。縁もいるからね。がんばりなさい


おかあさんより』



わたしは言葉を失った。

おかあさんの意外な一面に触れた品子、りえの狡猾さを知った品子は?

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