中野区沼袋三丁目
生きてくためには寝ること、食べること、着ること
そのためには働くこと。自立しなきゃ。
ルーの部屋に転がり込んで2週間が経った。
この2週間、わたしは、持って来た三万円のお金が底をつき、極貧生活をしいられていた。
ルーは、シローと、二丁目にお店を開くと言って芸能プロダルションをあっさりと辞めた。
毎日わたしたちは毎日十二時半ころに起き、飯を炊いて、
午後二時近くに朝食兼昼ごはんを食べる。
キッチンは、玄関のとなりにあり、玄関が土間のような具合になって、
サンダルをはきながら、流しに立つような具合になっている。
ガスこんろは一口しかなく、しかもガス代を払わないので、
止められていて、シローが持って来た、カセットコンロで煮炊きをしていると言うありさまだった。
シナちゃん、ご飯が炊けたから、よそって貰える?
わたしは、何かのおまけでもらった、小さいボウルと、
ルーが、上京してすぐに買った、ご飯茶碗に、炊き立てご飯をよそった。
ルーは、空っぽの小型冷蔵庫の中から、生卵を2つ取り出して、
醤油を自分の卵かけご飯にたっぷりたらしてから、そのひとつをわたしに渡した。
わたしは小さい頃に卵アレルギーを持っていたので生卵はあまり得意分野ではない。
わたしは卵を受け取ったもののしばらく眺めて躊躇した。
もし、この生卵を食べて、じんましんが出たら大変なことになる。
病院に行くには保険証がないし、 薬を買うにもお金がない。
わたしは、卵を割るのを諦めた。そうして、醤油をご飯に少しずつ垂らして、
醤油ご飯にしてお米を平らげた。
貧しいな。これじゃ、生きてるって気がしないなぁ…
外に出たら、駅まで行く途中に洋菓子店があり、
クッキーの甘ったるいバターとバニラの香りが鼻を突く。
だけど、お金がないから食べることはできない。
これではなんの為に華のトーキョーに来たのか分からない。
モノは溢れ返っているのに、貧しいわたしには
すべては、砂漠に出現したオアシスの蜃気楼みたいなモノだ。
働かなきゃ。と思った。
ルーは、卵かけご飯をずるずるとかき込み、
シナちゃん、卵かけご飯美味しいよ。なんで食べないの
と、脳天気に聞いて来た。
アレルギーなの
わたしはムッとして答えた。
あら、そう、大変だね~
そういいながら、ルーは、
あ、そうだ!シナちゃん、おかあさんにそろそろ居所しらせた方がいいんじゃない?
と提案してきた。
ぇえ、イヤだよ。わたしは拗ねた。
おかあさんのことなんか思い出したくもない。
おかあさんもおとうさんも、ゆかりもわたしのことなんか心配してないと思うよ。
わたしは無表情にルーに言い返す。
そうじゃないのよね~。おかあさんに居所知らせることを条件にお金送ってもらうんだよ。
心配しないで、シナちゃんはおかあさんと話したくないって言ってる。
だけど、お金がなくて住むところもないから、わたしが責任持ってシナちゃんを預かっています。
おかあさん、シナちゃんが可愛くないんですか?
シナちゃんにはわたしが落ち着いたら直接おかあさまに
ご連絡差し上げるように説得しますからって言えば大丈夫だよ。
そして、わたしはルーに自宅に連絡するように頼み、
ついでにお金も無心してもらうことを承諾した。
ルーは、早速、夜半を過ぎるととなりの部屋の女の子の電話を借りて
わたしの実家に電話を掛けて、明日以降に書き留めでお金を送ってくれるように算段してくれた。
わたしはなんだか、嫌な感じがした。
おそらく、ルーは、わたしに送金されたお金を使って、光熱費を支払うつもりなのではないか。
案の定、ルーは、現金書き留めが来たのを確認した日に、いくら送られたか金額を聞いてきた。
五万だよ。と答えると、ああ、良かった。これでガス代払えるわぁ。
それと久しぶりにお肉食べられるよね~。とのたまった。
シナちゃん、ガス代払って貰える?
わたしは、何も言えなかった。
だいたい、知り合いも居ない華のトーキョーで唯一頼れるのは、
このいい加減なルーしか居ないからだ。
久しぶりにお風呂に入れるね~夕方お風呂に行こうね~
確かに風呂に入るのは3日ぶりだ。
風呂代をケチっている彼女は、シローの知り合いの得体の知れない大学生のアパートで
風呂を借りたり、 自分は、2日おきくらいにシローと連れ込みホテルをはしごしたりして、
風呂に入っていたのだ。お風呂に入りたかったら、ナンパされると良いんだけどなあ…
でも、シナシナは純粋無垢なバージンだから、そんなことはできない、か?
わたしは具合が悪くなりそうだった。
ルーの何なにして貰える?と言う口癖は控えめな語りくちでありながら、
決して逆らえない押し出しの強さがあった。
面倒みてるんだから、ギブアンドテイクは当たり前。という無言の圧力を感じる。
わたしはこの子がわたしをトーキョーに上京させた理由がなんとなく、
おぼろげながらわかりかけて来た。
そう言えば、昔やたら、親の職業を聞き出そうとしていたっけ。
まさか、こいつわたしを利用するつもりか?
しかしわたしは一方で、騙されても、まだ友情というモノを信じてみたい気がした。
高校の三年観、誰ひとりとして信じるに足る友人に恵まれなかったわたしの青春のかけらが
この子との共同生活であるような気がしたから。
だけど、わたしはもう誰かと暮らすには疲れ過ぎていた。
自立しようと思った。
とりあえずは部屋だ。
わたしは高田馬場付近の駅前不動産の張り紙をリサーチしてまわった。
六畳一間、キッチンつき、風呂なし四万五千。
高すぎる。
四畳半、キッチンつき、風呂なし三万五千円。
これも高い。
三畳一間の小さな下宿、なんて神田川の歌見たいな物件はひとつもない。
あ、あった。三畳、キッチンなし、トイレ共同
不動産屋さんに案内してもらうと、ビルの谷間の路地裏みたいなところにある
壊れかけた木造アパートで、アパートというより、やや広めの民家というかんじで
これぞ、ザ、神田川という世界なのだが、いかんせん日当たりが悪すぎ、じめじめして
ナメクジが這ってきそうな部屋だった。
家賃、一万六千。
いかにお金がないとはいえ、十九歳の女子にこの部屋はきつすぎる。
却下。
部屋を借りるにあたっては礼金と敷金が少なくともまとまって十万くらいは必要だった。
わたしは考え込み、ルーの手口、泣き落としを使おうと思った。
今までのわたしに泣き落としという手段はまず浮かばなかった。
しかしひつようなのは、生きていく、ことだ。
手段を選ぶ暇も頭もない。
礼金と敷金はおかあさんに借りよう。
仕事して返すから、と言えばあの外聞悪いを繰り返す人だって一人前に見てくれるだろう。
それに、何かの時に健康保険証がないのはきつい。
そう思ったわたしは、履歴書用紙とスピード写真を十枚用意して、まずはとりあえず生活できるだけのお金を得るためにバイトを決めた。
歌舞伎町の喫茶店は時給六百八十円で
すぐに明日から来てくれる?と言われた。
わたしは、西武新宿線高田馬場駅から、
西武新宿までの1ヶ月の定期を買い、バイトに出掛け行った。
ウェイトレスはそんなに大変な仕事ではなかった。
1ヶ月バイトして手元に八万入った。そのお金を元手に、
おかあさんから五万借りて、アパートを借りることにした。
どこに住もうかなぁ…わたしはワクワクした気持ちで西武新宿線を所沢方面に下って行った。
どこまでも青い、秋空が澄み渡って、わたしの気持ちは次第に高揚していく。
したたかさを身につけて生きるスキルを高めていくシナコ。これから新しい自分だけの生活がはじまるのよ。




