アモーレ、アモーレ2
地方紙の報道によると、亜漏は地下輝のホームから転落したらしい。
自殺か事故か不明。
小峰先輩から電話がかかってきて
亜漏は本当の弟ではなかったというショッキングな
真実が判明
果たして品子は動揺する?
地方紙の三面記事に、亜漏が地下鉄のホームから転落した事実が掲載された。
事件か事故かは不明だ。
新聞報道のあと、学校にいくと、その話題でもちきりだった。
亜漏は死んだ。
でも、わたしには彼が死んだという実感がまるでわかなかった。
亜漏とわたしは、不思議な関係だった。
小峰先輩は、亜漏と付き合って、といってたけど、
わたしは亜漏に電話をかけたことは一度もないし、
亜漏のほうも、わたしを誘ったりすることはなかった。
だから、いつも亜漏に会うのは、偶然だった。
亜漏は隣の男子高校の美術部に所属していたから、
うちの女子高には、部活の交流でたまにきていた。
わたしは、美術部には所属していなかったし、
亜漏のほうは、文芸部の部室にごろごろと溜まっていたことはあったけど、
美術部と文芸部はとくに接点もなく、
お互い絡む状況もなかったから、亜漏がうちの学校にいても
わたしはまるでわからなかった。
でも、ときどき美術部の子には、亜漏の話を振られることがあった。
「品子、亜漏とつきあってるよね?」
掃除の時間、おブスなめがねをかけた美術部の部長に言われたことがあった。
「付き合ってなんかいないよ」
わたしはそのままストレートに答えた。
「だって、亜漏があんたと付き合ってるっていってたよ。あいつ、女に興味がないじゃない、自分が女
装趣味の癖に」
は?亜漏って女装趣味があったんだ。それは知らなかった。
わたしは口に出さずに心の中で呟いた。
「それがどうかしたの?」
とわたしは言った。亜漏に女装趣味があろうとなかろうと
そんなことは重要でない。
いつも誘い合って会うわけじゃなかったけど、
たまにハンプティ・ダンプティで偶然出くわしたり、
書店の画集コーナーで出くわしたりする、その偶然を楽しみにしていただけだ。
亜漏にあいたいなあ、と思うと彼に出会った。
なにか通じ合ってる。心の奥底をおっかなびっくり覗き込んでいるみたいな。
互いにそうした繊細な感覚を持ち合わせていたから
とくに言葉を交わさなくても、おなじ空気感に浸ることができたんだ。
わたしはそう思っている。
だから、亜漏が死んだという事実もわたしにとって
あまり意味のある話題ではなかった。
会わなくても、亜漏は、わたしの記憶の深いところに腰を下ろしていた。
「そういう関係を、ソウル・メイトというのよ」
小峰先輩が電話で、わたしに告げてくれた。
先輩は、亜漏が自分のアパートを訪ねてきたとき
彼からなにか不穏な空気を嗅ぎ取ったらしい。
亜漏が外出するときはいつも自分がついていたんだけどね。
あの日は。ちょうど社会人の彼氏と久しぶりのデートの約束をしていたので。
青漏に注意を向けることができなかったの。
小峰先輩はそう言った。
シナシナだからばらすけど。
小峰先輩は電話なのに、ことさら小さな声で言った。
実は亜漏とあたしは、血のつながった兄弟ではないの。
小峰先輩はふうと、ため息をついた。
あの子は、父の経営する産婦人科の前に置き去りにされた子。
母親は、ロシア人で、そっち系の夜のお店で働いていたみたい
そっち系ってなんですか?
わたしは尋ねた。
外国人パブよ。
小峰先輩は答えた。
知り合いのやってる、乳児院に送ろうといってたらしいんだけど
わたしが一人っ子だったのと、
ほら、あれ、ハーフの赤ちゃんってものすごくかわいかったから
母親が、自分の子供にするって言い張って。
わたしのおかあさん、わたしを産んだあと、子宮ガンにかかって
子宮をまるまる摘出しちゃって。それが自分の夫にオペされたもんだから
なんか微妙なふんいきになっちゃって
それで、父親がひねくれてアイジンなんかつくるようになっちゃったのね
亜漏はほら、自分と家族の顔立ちが似てないのに気がついて
わたしになんで?って聞くから、
わたしは素直に
うん、亜漏は、うちのこじゃないからって。そういっちゃって。
わやしも小さかったし、小学校の頃にそう言ったのは覚えてるんだけど
わたしがなぜそのことを知ったかというと
心がすさんでいた母親が、
父親の不貞がさみしくて
わたしは男の子を養子にしたのよって。亜漏のことね
わたしにそういうのよ。
小峰先輩はそういって、息を深く吸った。
初めてシナシナを見たとき、
この子、亜漏と同じ瞳をしてるなあって思ったの
シナシナなら、亜漏のさみしさをわかって遣れるんじゃないかなって。
「……すごくよくわかります」
わたしは、小峰先輩にそう言った。
「ありがと」
先輩はそういって、電話を切った。
お葬式に出てくれとは一切いわなかった。
わたしも、もしお葬式に出て、といわれても
出ることはなかっただろう、
なぜなら、亜漏は死んでいないから、だ。
亜漏はきっと、あの展覧会で
わたしに、救いを求めていたのかも知れない
でも、わたしはそれに答えられなかった。
だから、お葬式に出る資格はない。
そのかわり……わたしは思う。
ぜったいに亜漏を忘れないようにしよう。
わすれないかぎり、彼は永遠に自分のなかで生き続ける
そう思った。
死は悲しくないのだ。
きっと、生きてるほうが、百倍、悲しい。
わたしはそう、呟いた。
唐突に出会い、唐突に別れた、ソウル・メイト、亜漏。
品子の彼に死に対する現実感の薄さはどこから来ているのか?




