みどり萌え
三年生のゴールデンウィーク、東京の大学にいった小峰先輩我帰省した。
小峰先輩は、ちょっと変わった弟と、駅前のハンプティ・ダンプティという
うちの高校と、隣の男子校の溜まり場になっている喫茶店でお茶をしていた。
小峰先輩は突然わたしに提案する
「うちの弟と、つきあってくんない?」
ええええ
彼氏いない暦18年のわたしに
とうとう春が来た???
ゴールデン・ウィークがきた。
休みといっても、受験生に休みなんかない。
図書館は休館日なので、わやしは駅前のハンプティ・ダンプティで
勉強することにした。
うちにいても、勉強のモチベーションはあがらない。
ゆかりは器械体操部に入り、部活にいそがしいし、
おとうさんはうちでごろごろ粗大ごみみたいに、寝てるし、
おかあさんは、健康器具フェアで、休日も休みはないし。
わたしは、裏庭から自転車を出し、勉強道具をバッグに詰め込んで
自転車の荷台につけ、さっそうとバス通りを漕いでいった。
時速三十キロのバスをバス停で追い越す。
バスは、交差点にかかるたび、停車するので、それを追い越していくのが
楽しかった。高校生にとって自転車は、唯一の移動手段だ。
二十キロだって、三十キロだって、どこまでもどこまでも走る。
五月の風は、緑色に輝いて、透明な初夏のにおいがした。
太陽の日差しは、まさに夏、を連想させた。
わたしは草のにおいがする、初夏の日差しを背にうけて
警戒にペダルを踏む。
ぐんぐんこいで、風に同化する。
生きてるって、こういうことなんだな。
みょうに納得した。これから、駅前の地下にある
うちの学校と、隣の男子校生が終結して受験勉強に励む
魔窟、ハンプテ・ダンプティが落ち着き先だとしても、だ。
三十分かけてわたしは目的地に着いた。
ハンプティ・ダンプティの向かいの大型書店の駐輪場に自転車を止め、
雑居ビルの地下にわたしは降りていった。
ドアをあけると、異様な雰囲気が漂ってくる
ふるいレンガを模した、壁面いっぱいに、しろいペンキで落書きがしてある
好きな女の子に告白する文面や、受ける大学の名前や、なめ猫のせりふや
まあ、ざったな種類の落書き、だ。
なかには、数式や、英文の類も書かれていて、それを眺めていても
けっこう勉強になったりして笑える。
席を探すために、奥まった場所を探索してると、
奥のベンチシートに、男の人とふたりで、ヨーグルト・パフェをつついている
小峰先輩の姿を目撃した。
あああああ。いけないものを見てしまった。
と、わたしはそそくさと視線をかわした。が、
小峰先輩はめざとくわたしを見つけ
にこにこ笑って、
「シナシナ~、ひさしぶりだねえ。こっちおいでよ」
と、手招きした。
小峰先輩は色白で髪が茶色で、さいしょ染めてるのかと思ったが
「これ、地毛なの。よく先生にしてきされんだけど、大きなお世話だって」
と、文芸部の部室で嘆いていた。そのご自慢のロングヘアは
在校していたときよりも伸びていっそう手入れが行き届いて、
まるで、シャンプーのコマーシャルのモデルさんみたいに
素敵になっていた。
これで、頭もいいから、神様ってほんと不公平だよ。
わたしは思う。
「シナシナ、これあたしの弟紹介する、亜洩」
「あもれ?」
「変わった名前だと思うよね、イタリア語の愛、っていう、あのアモーレ」
「はあ」
「こいつ、ちょっと変わってるから、シナシナと合うとおもうよ」
「へ?」
「へ、じゃないから」
亜漏は、節目がちにちらっとわたしを見た。
そして、沈黙。
「って、いうか、わたし勉強しに来たんです」
「うそうそ、ナンパしに来たんでしょ」
小峰先輩はウィンクした。
「残念ながら、わたしは殿方には興味ないんで、すみません」
「あれ、どうして?」
「男きょうだいとか居ないんで、男の人というものがわからないんです。したがって
恋愛とか、付き合うとか不向きなんで」
「あらら、免疫ないのね、じゃあ亜漏、貸してあげるから、免疫つけようよ」
「ご心配にはおよびません、ほんと、理解不能なんです。なにがかなしゅうて、
古典文学でわざわざ不倫物語を学ばねばならないのですか?源氏物語って不倫あり、ジェラシーあり
ロリータあり、近親相姦妄想ありの、異形の恋愛オンパレードでしょ?
現代国語じゃ、森鴎外がドイツに行って、現地人孕ませて逃げ帰る、『舞姫』なんて
こんなん、純な男に免疫のない女子高校生に教えちゃっていいんですか?ってずーっと思ってました
よ」
あはははは!!!!
小峰先輩は爆笑した。
「やっぱり、亜漏と、同じ種類の人種だわ。とにかく付き合ってみなって、いいよね、亜漏?」
亜漏はだまって
こっくりと頷いた。べつに誰と付き合おうがぼくはぼくですから。
といってるみたいだった。
そうして、しらないうちに
わたしは人生はつの
桜花爛漫を迎えたようだった。
しかし、小峰先輩って何者なんだろ。
一抹の不安がよぎった。
このひと、悪魔っぽいにおいがする。
頭のかたすみに、危険信号の灯がともる。
「じゃあ、これ、うちの電話番号ね。亜漏はたいてい家にいて、
プログレ聞いてるか、絵を描いてるか、本読んでるか、お菓子食べてるか、だから
暇人だからいつでもかけてやってね。今はシャイぶってるけど、これはこれでけっこう
めんどうな かまってちゃん、だからてきとうにおもちゃにしてあそんでやってね」
小峰先輩はにこにこして、
「じゃあ、かえるから、亜漏、あたしの後輩となかよくするのよ」
手を振って、軽やかに店を出て行った。
「はあ、意味わからないひと」
わたしは呟いた。
亜漏は
「それが姉ですから」
と、ぼそっと呟いた。
よく見ると、まつげが長い。
彫が深くて、ミュージシャンみたいな長髪にウエーブがかかっている。
一見すると女性にも見える。
的確にあらわすなら、中性てきな雰囲気の男性、といったところか?
わたしは、まるでお目にかかったことのない
異星人を目にするような面持ちで亜漏と向き合った。
「勉強、してください。勝手に」
と、亜漏が言ったので
わたしは
「そうします」
と、ふたりでテーブルを挟んで向き合いながら
もくもくと自分の世界を構築するのにいそしんだ。
よく、わからない。
でも、わるくない。
初めて出会うシュチュエーション。
なにかわくわくする。
わたしは少しだけ気分がよくなり、英語の長文読解問題をさくさくと解き始めた。
突然の展開にも動じないシナコ、ハイテンションな小峰先輩、そして
不気味な少年、アモレ。
シナコ、人生はつの恋愛成就なるか?




