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わたしのおかあさん  作者: 城田 直
15/30

ライジング・サン

そして、太陽は昇る。あけない闇はない。しかし現実は白く乾いた砂漠


徒競走の苦手なわたしは、ペーパーテストのコースを走る。


そこで行き着く先に何がまっているのか?



白い光が、だらしなく翻ったカーテンの裾のから進入してくる。



昨夜、わたしがのた打ち回って苦しんだことなど、



まるで興味がわかないといった風に



朝日が差し込む。





時計は六時半を指している。




「シナコー、おかあさん早でだからあ、もう行くからあ。ゆかりちゃんは部活の朝練に出たし、


おとうさんはもう出かけたから、あんたが最後だから、きちんと戸締りして出かけんのよ。


きょう,テストって言ったよね。ちゃんと勉強してんの?


やっぱりさあ、公務員試験受けるようにがんばってよね。おとうさんにも


働きかけてもらうけどさあ、自分が試験に受かんないとだめだからねえ


わかってんの?」


「あああ、時間だ時間だ。バスが行っちまうわあ。じゃあ,行ってくるわね。


おっと、ガス栓閉め忘れた。危ない危ない」




ややしばらく台所をおかあさんがうろつく音が聞こえてきた。


だが、やがてそれも収まる。


そしておかあさんは、二階にいるわたしに向けて、怒鳴った。




「じゃあ、シナコ、あとおねがいねえ、行ってくるわあ、


なんとかいいなさい。居るの?シナコ、シナコおおお」




「いってらっしゃああああああい」




わたしは、大声で、階段下に聞こえるような声で、いってらっしゃい、を言った。


いってらっしゃい、そしてもう帰ってくんな……


と、ぼそっと呟いて。




お母さんがドアのを乱暴に閉めて、出て行ってしまったのを確かめると、われに返った


わたしは、きのう服を着たまま寝たのだ、ということを理解するのに


やや、時間がかかった。



なぜすでに服を着ているのか、しかもそれが制服でないのか、理解しかねたのだ。


夕べの記憶が一部抜けている。



家に帰ってきたのは覚えている。しかし、ベッドに入った時間や、ベッドに入るまでの経緯が



まるでわからなくなっていた。



記憶が抜け落ちるとは、こういうことか。



ああああ、テストだ、学校行きたくないなあ。



思い切り、休もうかと思ったが、敵前逃亡するようのがいやなのと、



どうせ、赤点を取って追試になるのがわかっているのにもかかわらず



生来の生真面目さから、一応は学校に行ったほうがよいでしょう。



という、判断を脳みそが勝手にしてしまったので、



わたしは登校という選択肢をとることにした。




わたしは、まず、着用した服を脱ぎ、裸になった。




髪に、吐いたものがこびりついていた。



部屋中が酸っぱい臭いをただよわせている


バスタオルを体に巻き、二階の窓を全開にした。



東から差し込んでいる朝日に、しょぼい瞳を思いっきり打ち抜かれた。



朝ってやだなあ。生々しくて。光があざといわ……



わたしはぶつくさ言う。まぶたがとてつもなくはれ上がっている。



お岩さんだ。ああああ



でも、まあいいか、この情けないのが、本来の自分、基本形ディフォルトだからなあ。




わたしは、バスタオルを巻いて、風呂場に行き、追い炊きをしながら、湯船に入る。


シャワーのお湯がなかなか暖まらない。いらいらする。


なので、えいっとばかり、32度の冷たいお湯を首筋に当てた。


顔にも当てた。冷たすぎて、ぶるぶるふるえがくる。



十分に冷えた体を、39度のお湯のなかに放り込んだ。


この温度差で、ぬるま湯が大変貴重な暖かさになった。




そんなふうにして、実は風邪を引くつもりだった。




でも、そんなに手っ取り早くウィルスに感染するわけでも、熱が上がるわけでもなく



わたしは、よどんだ気持ちながら、ゆうべ精一杯吐いて、ある種の達成感を得ていたので



それが奇妙なカタルシスを醸し出して、わりと平気な感じになった。



つまり、開き直ったわけだ。どうにでもなれ。と




わたしは、お風呂をでて、髪を乾かした。入学式のときに当てたパーマはすでに全部落ちていた。



ちょっと、ひねくれたストレートヘア、をドライヤで乾かす。





それから、



制服を着て、



かばんを持った。今日は半日なので、お弁当はいらない。



財布の中身は空っぽだ。



わたしは、家をでて、鍵を閉め、裏庭においてある、通学用の自転車に乗った。



このまま自転車を普通にこいでいったら、遅刻すれすれ、の時間だった。



とりあえず、とわたしは思った。



行くだけ、いく。テストで赤点なんかこわくない。



だってわたし、自殺しようとしたんだもん。



みょうにふてぶてしい気持ちになる。




行くだけいく。テストなんて、参加することに意義がある、だ。



どうせ、赤点、なんだから。





そうして、一日、二日、三日とやり過ごした。



蓋をあけて、結果をみたら、赤点なんていっこもなかった。




全教科、偏差値50という結果だった。



よく、わからない。



しかし、わたしは、ごく普通の冬休みを迎えた。




斜めまえの、昼休みにカレーパンを三個食べる、例のバスケットボールの部員さんは



数学と、古典が赤点だ、と騒いでいたが。




それはそれで、楽しそうだった。なんだか、普通の女子高校生のように思えたから。




そのときわたしは切実に思った。



わたしは、ふつうでない……と。



なんだろう、このずれ。体とココロと頭が乖離してるかんじ。




自分で自分が薄気味悪い。



わたしっていったいなんなの?




きゅうに、教室の中の光が色を失い、灰色のモノクロの世界になる。



いぬか、ねこの見てる世界ってこんなんだろうな。しろくろで、平面で面白みのない世界





わたしは、それから世界から一歩ひいて、物事をなんでも客観的に見る癖をつけようと思った。



映画の世界なら、いつかはエンドマークがつく。



よのなかは、くそおもしろくもないドキュメントの、モノクロフィルムだった。




おかあさんの声だけが、総天然色の……










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