腐った金魚・その2
金魚すくい、いかぽっぽ、お祭りの夜は
不思議な時間。
幼い頃の時間と今の時間がまざりあって、
いつしかシナ子は地獄に・・・
駅前のロータリーでバスを降りた。
駅の北側を囲むように、河が流れている。
河の向こう側には鉄橋があり鉄橋には線路が続く
川向こうの鉄橋の下を越えて200メートルも歩かないうちに
元住んでいた、アパートがあった。
三角さん、今もお祭りでイカ焼いてるのかな?とふと思った。
大学出たって、いかぽっぽ焼いてるのよ?
それがどうした?お祭りを盛り上げるのは、イカ焼きの香りではないか
お好み焼きの焦げたソースのにおいではないか
おかあさん、やなやつ。人はそれぞれ生きていくすべは自分で選び取るものなのだ。
三角さんはイカを焼いている。彼はもしかしたらお祭りが大好きなのかもしれない。
三角さんの焼いたイカをほおばる、お祭りの見物人の幸せそうな顔を見るのが
三角さんの生きがいだったら、どうするよ?おかあさん・・・・
そんな、見てくれだけで、人を判断するのは間違ってる。
お父さんが言ってるじゃない、人は皆、生まれながらに平等な存在なのだ。
あれ、でもそれも可笑しいよね?
生まれながらに皆平等っていうなら、
なんで生まれながらにハンデを抱えた人間が存在するんだよ?
そういや、おばさんが言ってた。
この世はいずれ滅びるから、あたしたちは、神様に選ばれた人間だから
すべて滅びて王国が建設されたら、あたしたちは、死んだときの姿のままで
再びよみがえり、永遠の命を約束される・・・・
すばらしいな、ゾンビであふれかえるのか?
病人と年寄りと、失血死した人間であふれかえる世界なんだろうな
あたまのなかのスクリーンに世紀末が映ってるわ。
…ほんと、あたしって、きちがいだわ。
そしてわたしの頭にはお祭り、というキーワードが残された。
お祭り、で思い出すことといえば、
金魚すくい。
一回百円で一匹も取れなくて、見かねたおじさんに
一匹のちいさな金魚をビニール袋に入れてもらって
それを振り回しながら、うちに帰る。
お祭りの金魚はたいてい三日で死ぬ。
小さな白い腹をだしてひっくり返って死ぬ。
気持ち悪い。
わたしはものすごく金魚が嫌いなのに、
なぜか金魚すくいにとても惹かれる。
なんだろう?
たぶん、金魚をすくうという、非現実的な行動にとても興味をそそられるのだ。
それも、本当は嫌いなものなのに。
嫌いなものだからこそ、瞳をそらさずじっと見つめてしまう。
アンビバレンツな感情を抱いてしまう。
自分自身の心のなかに違和感という風がそよぐさまが面白いのだ。
お祭りの非現実感漂う、アセチレンの光の下で、
いろとりどりに咲く小花のような金魚が
小さなひれをレースのように動かして
ちろちろ動く。
わたしはじっと目を凝らす。
透き通った妖精の着物のような金魚のひれ。
ネバーランドのピーターパンを追いかけるティンカーベル。
きっと、お祭りの時間はこの世の時間ではない。
だから、金魚を釣って、翌日ガラスの金魚蜂の中で
腹をだして死んでいる金魚をみると、
ああ現実が戻ってきたんだ
とげんなりした気持ちになるんだ。
お祭りに気を取られて、忘れてしまった宿題のこととか
気が抜けた月曜日の朝に限って、朝礼の校長先生のお話が長くて
貧血起こしてしまうこととか
がっかりした、気持ちが次々とよみがえる。
…だからわたしは金魚が嫌いだ。でも、それだけが理由じゃない。
わたしは、川原の鉄橋の下で北風をよけながら、ぼんやりと川面に見とれた。
この川、汚いなあ。灰色の、コンクリートの液を薄めたみたい。
冬だから、
空が暗いから、余計に灰色が強くなって見える。
おまけに
川原もすごかった。
漂流物が川の岸辺に流されてきて、それは、壊れたなべや、ポリ容器や、
スチール製のたわしといったような、生活用品の一部だったり
つぶれた軟式野球、避けたバレーボール、犬が噛み砕いたかと思うような
ぼろぼろに避けた運動靴、しかも醤油で煮絞めたような色をしてる。
雑巾見たいな布切れとか、そこの抜けた青いポリバケツとか
もう、ここなら見つからないから、ま、いいか?
と呟いて捨てたひとたちの去っていく足音が聞こえるかのごとく、
リアルに捨ててある。
そかあ、川って、モノを流すところだものなあ。
日本人はいやな事をみんな水に流して忘れてきた。
それはまだ、川が元気で、モノも少なくて
価値観もみなそう誓ってなくて、おだやかに暮らしていた
「ムラ」の時代にできた習慣なんだろう。
今じゃ、川は自浄作用はなくて、モノはあふれかえって
壊れたものはすぐ捨てるのが当たり前で
新しいものを取り入れることができないでぐずぐずしてると
絶滅危惧種、とか揶揄されて
あ、そうか。絶滅危惧種なんだ、あたし。
ならば、さらば。この世界よ、
あたしは今三途の川のほとりに立とう。
ひとつ積むのは父の為~
ふたつ積むのは母の為~
御詠歌が聞こえるぞ。ここは地獄の三途の川なのじゃ。
川原には鬼がいて、子供は親よりも早く死んだ罪を償うため
一生懸命、川原で小石を積むんだけど、鬼が来て
積んだ小石を蹴飛ばして、子供を追い立てるのね。
んで、子供は追い立てられても、追い立てられても
一生懸命川原で石を積むわけさ。でも、何億回も何千億回もそんなことを繰り返して
その作業はやむことがないわけね。
やむことなしだから、無間地獄というわけで。
って、わたしいつ仏教徒になったのさ?
これから参ります。
生まれてくる時代を間違いました。
もう一度地獄からやりなおしますわ。
と、だれにともなくわたしは告げて
鉄橋の下で
バスターミナルの自販機で買い求めた350ミリリットルの缶コーラで
アセトミノフェンいりの風邪薬、百錠を一気に流し込んだ。
金魚がきらいなのは、お祭りのせいだけじゃない。
まだまだつづきます。




