僕のお仕事
トントントン
「はいどうぞ」
ガチャッ
「こんにちは。またお世話になるよ。」
扉の向こうに現れたのは、すっきりとスーツを着こなした
貫禄ある男性
おそらく部長クラスだろうと踏んで僕はまっすぐ彼に向きなおした
「実は今日の午前中に、私の部下が重要な取引社のR社に間違った書類を送ってしまってね。
これはR社の住所だ、よく謝っておいてくれ。
約束は午後3時になっている。直々に社長室へ行ってくれ。」
すっとなにやら地図と見える紙を僕に差し出した
目でそれをなぞりながら彼に話しかける
「承知いたしました。その担当者の名刺は持ってきていただけたでしょうか?」
「あぁもちろんだ。田中は今年で3回目だから、まとめて10枚ストックを持ってきた。
また何かあったら、よろしく頼むよ。」
そう苦笑いを浮かべ、ぽんぽんっと肩を叩いて出て行った。
「ふぅっ…今日で5件目か…。」
一人つぶやいてみても返ってくる返事はない
まぁ仕方ないだろう
僕一人にこの部屋は広すぎる
もう一度大きくため息をつくと重い腰をあげて部屋を出た
〜R社社長室〜
「失礼いたします、A社の今回の責任者の田中と申します。今回の件、本当に申し訳ありませんでした!」
ノックをして入るなりそうそう、腰を90度に折り曲げて大声を張り上げそう言った
すると、黒光りする革張りの椅子に座った大きな狸…いや、R社の社長が、勢いよく立ち上がり
ずんずんとこちらに向かってきて思い切り胸倉をつかんだ
「きみぃ!どうしてくれるんだ!!君が間違った書類を送ったせいで我が社は大損だよ!
どう責任を取ってくれるんだね!なんなら裁判で訴えたっていいんだ!」
脂ぎった顔を近づけられ
内心嫌がりながらも顔には出さずに
あくまで田中になりきって負けじと叫んだ
「本当に、申し訳ありません!すべての責任は私にあります!
今回のことで損をした分は、我が社から支払わさせていただきます。
以後このようなことのないように、精進して行きます!」
その言葉を聞いても社長はまだ手を離さずに
僕にさげすむような言葉を投げかけ続ける
そして10分ほどたったころ
「もうこんなことはないようにしてくれ!ふんっ…!
行きたまえ。」
社長は鼻息荒くそう言い捨てた
顔はとても晴れやかで
今にも踊りだしそうにも見える
「ゼェ…ハァ……はい…。本当に申し訳ありませんでした。
それでは失礼させていただきます。」
パタンッ
ようやく長い長い愚痴から開放され
冷や汗ならぬ嫌悪感からのそれに背中はびっしょりだった
ようやく今日の仕事が終わった
そうこれが仕事さ
僕の仕事、ソレは謝罪
なにかしらミスをした社員の代わりに
毎日毎日各会社を走り回り
謝り通すのだ
そのままなのだが所属するのは”謝罪課”
各会社に必ず一人いるのだ
ん?なんでそんな部署があるかって?
仕方が無いのさ
たとえば今回の田中のように
3度も4度もミスをしたとするだろう?
すると上司にもイライラがつのり
その本人はノイローゼになる
そして部署の雰囲気が悪くなる
それが伝染するかのように会社に広がって
倒産さ
ははっ
馬鹿げてると思うだろ?
今の君たちにとったらあほらしいって一笑いするだけだろう
だが、なんでも手に入る、なんでもロボットがする
そんな僕たちの社会じゃ
ちょっとした陰口ぐらいで入院しちゃうわけだよ
だから僕たち謝罪課が必要ってわけさ
ちなみに僕はそういう言葉の暴力ってやつに耐えられるように訓練してある
嫌な仕事だけど
まぁ、給料もいいし、ボーナスだって…
それだからやめられないでいる
さすがに今のこの生活を手放す気はないんだよ
おや、そこの君、今なんて哀れなんだって笑ったかい?
笑ってられるのも今のうち
将来の君が僕になったりして…ね?
それじゃあまた
そして僕は今日も
社会の荒波の中を駆け巡る…