⑨商売繁盛 宝の話。
養父は、さらに声を落とした。
「長い間ひそやかに伝えられてきた宝の話だ。それさえあれば、商売繁盛の願いがかなう。持っているだけで、大きな幸せを運んでくれる代物なのさ」
うっとりと、幸せそうに目を閉じる養父。レオは、もどかしそうに唇をなめた。
「……でも、おかしいよね。どうやったら、ひとつの職を極めたって分かるの。だれが決めるの。それに、別に宿屋をやらなくても機会はめぐってくるんじゃないの。だって、靴職人の間で伝わってきた話なんでしょう? ……ねぇ、お義父さん。続きは? もっと知っているんでしょ?」
すでに背を向けていた養父は、小ぶりの椀を数えながら振り返った。
「すまんな、時間を取らせて。店を継ぐ気もないおまえには、関係のない話だったな」
それが作戦だと分かっていても、レオはまんまと乗ってしまう。
「意地悪しないで、もっと教えてよ」
レオはなおも食い下がったが、それきり養父は口を閉ざしてしまった。
「お兄ちゃん。そろそろ時間だよ」
マリョーシュカに声をかけられるまで、レオは店に居座って養父のすきをねらっていた。絶えず声をかけていれば、うっかり宝の話をするかもしれないと踏んでいたのだ。結果、レオは大皿十枚と杯をひとそろえ、きっちりと磨かされてしまった。これでは店の見習いをしているようなものだ。
「お兄ちゃん! 早くしてよぅ。……あっ、髪の毛ちゃんととかしてきてよね」
細い指先が、無遠慮にレオの頭を指し示している。
ふたりそろって市場への買い付けに行くよう、母に言いつけられていたのだ。すっかり頭から抜け落ちていたレオと違い、しっかり者の妹は花の刺しゅうの施された包みを抱えて、店先で仁王立ちになっている。
ここ最近の妹とは、「とかす」だとか「切ったらいいのに」などと、レオのぼさぼさの髪のことしか話していない。
レオは大げさに伸びをしてから、いくらとかしつけようがまるで意味のない獅子のたてがみを翻した。マリョーシュカは学校が休みのときでも、相変わらずきれいにくしけずった髪にあでやかな花を飾っている。
田舎街の学校には、よっつの区切りがある。冬学期から始まり、春学期、夏学期と続く。秋は長い休みに充てられていた。家業が宿屋であるレオには関係ないが、学校のほとんどの友人らは農繁期の手伝いに借り出されることになっていた。
だからと言ってレオが遊びほうけて許される道理はなく、兼ねてからの約束どおり、マリョーシュカと共に店に出て、様々なことを手伝うことになっていた。
「……まぁ、いいか」
レオはわずかに目を細め遠くを見やりながら考え込んだが、すぐに苦笑すると扉をくぐった。もう少し、養父が気にするほど時間を置いたほうが、得策かも知れないと踏んだのだ。
「気をつけて行きなさい」
甘い声を出して、養父はふたりを見送った。