56理想の姿。
ヒドラを追って次の間に入ると、鉄道やらなにやらの模型の置かれた部屋に出た。その様子から察するに、ここがリヒャルトの部屋なのだろう。
寝台に添えられた小さな机には、薬の山ができている。壁じゅう張り巡らされた書棚には、レオがうらやむほどの本が並べられていた。レオに本を貸し与えてくれていたジャスパーでさえ、こうまでは所持していないだろうと思われた。
医学書、政治の本。または、旅行記。自伝に物語、何かの説明書までもが、所狭しと積まれている。
「なんて言うか……いかにも病弱で、部屋の外には出られませんって感じだな」
ヒドラの素直な感想に、はにかんだだけで、レオは答えなかった。
そろそろ窓辺に近づいていくと、薬の山の下から、どこか見覚えのある袋が顔をのぞかせているのに気づく。すばやくヒドラが手を伸ばした。
「ああ、ちょっと見てみるだけだって。……何の皮だろうなぁ。きっと、これもお高い品だぞ?」
ヒドラはうやうやしく両手で袋を持ち上げ、おどけたようにレオの前に掲げる。
「やめろって」
笑いながら押しのけようとして、レオの指が止まった。
「ちょっと待って、よく、見せ……て……」
見覚えがあった。つい最近だ。あまりにも不似合いな場所で見たものだから、よく記憶していたのだ。
「それ、同じものを見た」
「どこで?」
ヒドラがのんきな声を上げる。
「……下水道」
レオは弾かれたように顔を上げ、部屋の中をもう一度見渡した。
異国の物語に目が止まった。銀色の髪をなびかせている男の挿絵が、ぼやけた風合いで描かれている。
意識的に、息を吐き出した。もう一度大きく、吸い込む。
「なぁ、ヒドラ。この部屋の住人があの扉の前に立ったとしたら、なんて願うと思う?」
「そりゃぁ、健康で人望もある立派な人物。……そうだなぁ、赤目みたいなカッコいい大人になりたいんじゃないのかな」
「ああ。そうだと思う、おれも」
ぼやりとした不確かなものが、レオの胸の中でうずまいた。
「どうした?」
「いや。もう帰らないと」
(そう言えば)
レオは唇をかんだ。
――旅人に大袋を盗まれたのを知っている人は、もうひとりだけいる。
「リヒャルトだ」