55潜入と病気。
「ヒドラ。おれ、あの屋敷の中に入りたい」
何を言っているんだ、とヒドラが声を荒げる。
「オレたちの仕事は、屋敷の下見をするメイジャーの補佐だろう? もう仕事は終わったんだから、勝手なまねは……」
レオは、ヒドラの灰色のひとみを見つめた。
「あの馬車に乗っていたやつ、おれ知ってるんだよ。前に少し、ごたごたがあってね。あいつ、病気なんだ。だから性格は最悪で傲慢なんだけど……なんか妙に引っかかる」
「引っかかる?」ヒドラは首をかしげて、レオをうながした。
「うん。なんだかうまく言えないけど、あいつきっと、何か……ある」
「分かった」
じゃあオレも行くよ、とヒドラはさっさと茂みから抜け出した。
「待ってよ!」
逆にヒドラを追うかっこうで、レオは屋敷に近づいていく。干渉できないとは知っていても、やはり門番から遠く離れた塀を選んでよじ登った。芝生を敷きつめた広い庭を通り、白亜の壁に手をかける。
吠え立てる犬から逃れるように、壁伝いに裏口に回った。幸い、侵入を拒む錠はかけられていない。
「さぁ、レオ? 次はどうする?」
ほこりひとつない木彫の大型家具をじろじろ眺め回しながら、ヒドラが声を上げた。
「家主は正装していたし、たぶん帰りは遅いと思う。なぁ、オレたちだけで仕事をこなしたら、赤目はどう思うだろうな。驚くかな?」
「だめだよ!」
慌てたレオは大声を上げ、その低くうなるような声音に自ら驚いた。
「……あくまでも、おれたちは偵察。仕事はしない」
レオの脳裏に、リヒャルトの顔が浮かぶ。
「まぁ、いいか。どうせ赤目が根こそぎ奪ってくれることだろうし」
不満げなヒドラは、ぶらぶら物色を始めた。
「うわぁ、なんていうか……趣味がいいのか悪いのか」
ぶつぶつこぼしているのを遠目に見やり、レオは樫の扉のひとつを押した。
「書斎……かな?」
高々と積まれた本の山が、レオたちを圧倒する。
「すげぇな。さすが金持ち」
ヒドラが妙な感心している横を、レオはふらふらと進み出た。
「いいな」素直なことばがもれた。これだけの本を自由に読むことができたら、どんなにか幸せだろう。
「レオ! ちょっとこっち来てみろよ」
ずかずか室内を通り抜けたヒドラが、続き間の入り口で手招きしているのが見えた。
「ちょ、あんまりうろついたら……」