52旅人の荷物。
さんざん迷ったあげく、レオは首から下げていた絵筆のカギをそっと外した。薄暗い下水道を眺め回す。排水のための装置が奥のほうでほこりをかぶっているのを見つけ、小走りに駆け寄った。
だれにも見られていないのを何度も確認してから、そっとカギを奥の隙間にねじ込んでいく。恐ろしい。レオは目を伏せる。いつも失敗を繰り返すレオは、きっとこの大切なカギも、無くしてしまうに違いないのだ。
「レオ、行くぞ」よどんで湿った下水道の奥で、ヒドラが呼んでいる。レオの表情が曇っているのをカン違いしたらしく、鼓舞するように大声を張り上げた。
「オレたちは単なる見張り役だよ。赤目は絶対に、オレたちに危険なことはさせないから」
首都の町並みを闊歩する赤目の一行は、やけに堂々と目立っている。銀の髪をなびかせて先頭を行く隻眼の彼を、行き交う人びとの視線が追った。
「路地裏を通ったほうが、いいんじゃないの?」
ひとりあたふたするレオに、「今さらだよ」と赤目が笑う。
「あんなにも細密に描かれた……人相書きがある以上、どこにいても同じだ」
胸がちくりと痛んだ。
「あれはおれが……」
「描いたのだろう? うまいね」
赤目はレオの描いた絵をほめそやしながら、ヒドラに視線を送る。
「彼女……いや、今は彼か。彼に、聞いたよ。心配いらない」
でも、となおも食い下がろうとするレオに赤目はもう一度「心配いらない」と念を押した。
「目の前にいても、向こうの人間がこちらに手出しすることはできない。君がカギを持っている以上、あとから扉をくぐってくる者もいない。な?」
「オレたち!」ヒドラが叫ぶ。「最強だぜ!」
そのまま街道を進んでいくと、辺りに卵の腐ったような匂いが立ち込めてきた。きょろきょろするレオを見て、にやりと赤目の口元が笑う。
「この匂い、もしかして……温泉?」
「正解」
しかも、この景色にレオは見覚えがあった。
「ここって、おれの故郷の近くですか? でも、距離が……もっと時間がかかるはずです」
「大人の足で距離を測ったことは?」
澄み渡る空が、少しだけ近い。レオは感嘆のため息をもらしながら、そろそろと温泉の村の看板に手を乗せた。
「ある男の荷物をねらっているんだ」
赤目は愉快でたまらないといった風情で、レオを見やった。
「その男はね、ある宿屋に泊まり、その家の財産を根こそぎ奪っていったんだよ。だから、それをオレたちが取り返し、その宿屋に返してやろうと考えているんだ」
レオの目がゆったりと動く。なぜ「そのこと」を彼が知っているのだろうと、考えながら。