⑤少年の夢。
大きすぎる肉をかみ切ろうと躍起になっていると、常連客のガス・ダイ・レンジと目が合った。彼は黄ばんだ犬歯をむき出しにして、レオに笑いかけてくる。
「そんなにたくさん本を読んで、おまえさんは何になるつもりなんだ」
ぎくりとした。その話題は常に、養父とのいさかいの種となっていたのだ。
かみ切ることをあきらめたきじ肉をごきゅりと丸飲みにして、さじごしに養父の姿を仰ぎ見る。ひょうたんを削ってこしらえたさじの丸い輪郭に沿い、養父のとがったあごがいっそう鋭く突き出して見えた。
「成績だって、学校で一番だっていうじゃないか。マースティン先生が、あちこちで触れ回っていたのを聞いたぞ」
目を伏せて、木製の机の滑らかな曲線を指先でそっとなぞる。ガス・ダイ・レンジは、畳みかけるようにして、身を乗り出してきた。
「そんなに頭が良いのなら、首都の大学だってねらえるんじゃないのか。大学を出さえすれば、なんの職にだってつける。人生、変わるぞ? なぁおい、小遣いは足りているのか。勉強するには、それなりに必要だろうに」
「いや、それは……」
慌てて、酒臭いごま塩を散らした口元に手を伸ばした。
「レオ」
養父の硬い声が頭上に降る。……遅すぎた。
「おまえ、まだあきらめてなかったのか」
田舎の宿屋や居酒屋を継ぐのに、なにも大学まで出る必要はない。それが養父の持論だった。
養父は靴職人として身を起こした人で、若くして親方の家に住み込んで働いていた。そのため、彼には学問をする時間が持てなかったのだという背景があった。
「そ、そ、そうだよな、ディゴロのだんな。わざわざ首都の大学だなんて、大金をどぶ川に捨てちまうようなもんだしな。な?」
赤ら顔の酔っ払いは、雲行きが怪しくなったと見るや、すぐさま養父に肩入れした。そ知らぬ顔でレオを裏切り、杯に残った白濁酒をぐびりと飲み干し離れていった。
彼が見知らぬ旅人の輪に入り込み、再び酒を飲み始めたのを確認して、レオは薄く笑う。いちいち酔った男の大口に振り回されていては、この家で暮らすことなどできはしない。
「レオ、お義父さんを困らせるんじゃありませんよ」
籐編みのかごに山ほど白布を詰め込んだ母親が、額に細いしわを刻んで顔を出した。父親違いの妹マリョーシュカもいっしょだ。彼女はレオを見るや、すぐに吹き出すようにして頭をのけぞらせている。
「お兄ちゃん。大学なんか目ざす前に、まずその髪をとかしたらどうなの」
獅子のたてがみのような黄金色の髪に手をやって、レオは「うるさいな」とやり返す。マリョーシュカは桃色の唇から、小さな舌を突き出して顔をしかめた。
「ふたりとも、おやめなさい」
たしなめるような声を上げ、母はマリョーシュカに白布を持っていくように言いつけた。