49果実酒。
きょろきょろ視線を移ろわせていると、ちょうど空いたばかりの席にヒドラが勝手に座ってしまった。店は、たくさんの客でごった返している。こういう場合、案内されるまでは勝手に座らないのが常識だと注意したが、ヒドラはまったく聞く耳を持たない。
「ちょっと、おい! ヒドラ!」
そればかりか、厨房をのぞき込んだヒドラは、ひょいひょいつまみ食いを始めた。辺りを警戒しながら、レオはすぐにすっ飛んでいった。
「悪い、悪い。ちょっといたずらしたくなってね」
真意が読めず、レオは首をかしげた。
「じゃあ、これとこれ……あとはそっちの料理をいただいていこうか」
きれいに盛り付けられた料理を手に、ヒドラはさきほど陣取った席に戻っていく。
「そんな勝手なことばかりしていたら、店の人に追い出され…………ないの?」
店の主も、料理を運ぶ男も会計係の女も、まるで何も見えていないとばかりに、自分たちの仕事にかかりきりだ。
「どうだ? すごいだろ?」
得意げにふんぞり返ってレオを見やると、ヒドラは骨付き肉を口いっぱいにほお張った。
「それじゃあ、ここらでひとつレオに質問でもしようか」
いまだ周囲を見渡してびくびくしながら、レオは小さくひとつこくん、とうなずき返す。
「オレたちのすみかに赤目たちが来たとき、不思議だとは思わなかったか? まるでさ、オレたちの声が聞こえていないみたいな態度でさ」
レオは身を乗り出した。
「それ、本当に聞こえていなかったんだとしたら?」
厨房で弟子を叱りつける親方の声が、レオの耳に飛び込んでくる。
「おれには……聞こえる……見えるよ。ここの主の声も、みんな……」
ヒドラは、わざわざ片耳の後ろに手をやって、よく聞こうとするしぐさをした。
「オレたちには聞こえる。でも、向こうの人間には聞こえない。もっと言えば、扉をくぐった者に、向こうの人間は干渉することができないんだ」
「メイジャーは?」
レオは急いでまくし立てた。
「聞くと思った。彼は扉をくぐっていない。だから、オレたちとの連絡役をしていたんだ。……あぁ、もう! レオも食えよ。大丈夫だから。いくら勝手に食っても、店主が追いかけてくることはないよ。あとで赤目がまとめて支払うことになっているんだから」
なかなか手を出そうとしないレオを前に、ヒドラはようやく種を明かした。食卓の料理は、すでに半分以上がヒドラの口の中に吸い込まれている。ちろりと厨房に目をやったレオは、そこに果実酒のかめが置かれてあるのに気づいた。
「いいねえ、果実酒。飲むか?」
察したヒドラが、すぐに立ち上がる。
「ここはジゲンが違うんだって、赤目は言ってた。くわしくは彼に聞けよ」
レオは弾かれたように顔を上げた。ようやく、彼に会えるのだ。