46泉とカギ。
「何が……起きているの?」
何度もまたたきを繰り返した。確かにレオは、石畳を敷きつめた街角にいたはずだった。それが今、足を付いている場所は、どこか懐かしささえ感じられる噴水の広場なのだ。
「前にもこんなことが……」
レオが家を出なければならなくなった、あの夜。亡父の遺した宝箱を開けカギに触れたときも、同じような光景に遭遇した。
「それじゃあ」レオは、意識的に息を吐き出す。
「やっぱりこれ……このちっぽけな絵筆は、自在に姿を変える……あの、カギなの?」
レオは足を踏み出した。あのときは、養父の声で現実に引き戻されてしまった。あの噴水には何があるのか。そもそもこの場所はどこなのか。ぬらりと、腕を伸ばした。
「冷たく……ない?」
水盤から吹き出ている透明な液体は、ただの水ではないようだ。
――当たり前か。
これは、なんでも願いの叶う不思議なカギが引き起こした現象なのだ。くすり、と口元をゆがませる。まるで、毎夜読みつづった物語の中の出来事のようだ。よくよく目を凝らすと、透明な水は逆さまに流れている。
「不思議だな……これを、このカギを、赤目もお義父さんも探しているのか……」
自らのことばに、我に返る。すぐにも、養父が追いついてくるかも知れない。レオを逃がしてくれた、あの灰色の髪をした青年はどこにいるのか。
世界がゆがんだ。立ちくらみかと噴水に手を付いた途端、さらなるめまいがレオを襲う。レオはふらふらと前にのめり、水盤の中に頭を突っ込んだ。
――あぁ……地面が上に……ある……?
体が回転しているのか、レオの視線はぐるぐると定まらない。自分がどこにいるのか、どこを向いているのか、分からなくなる。
どれほどの時間が経ったのか、気が付くと古い扉の前に立っていた。西路地にあるような、古い扉だ。触れようと伸ばした指先を引っ込めて、レオは辺りを見回した。すぐ背後には、噴水があり、先ほどまでレオのいた広場によく似ている。
「同じ場所みたいに見えるけど……さっきまで扉なんかなかった……よね? あれ? 向こうにも、扉がある」
ふたつの扉が、噴水を挟んで向かい合っている。ただ決定的に違うのは、向こう側にある扉には色がぬられていることだ。古びた扉を一瞥し、レオは噴水のわきをすり抜けた。
「……きれいだなぁ……」
扉は、見たこともない豪奢な装飾で縁取られている。そこに鍵穴があることを確認したレオは、首から提げていた小さな絵筆を扉に近づけていく。
「こっちだ」
だれかがレオを呼んでいる。動きを止めた。耳をすませ、振り返る。古い扉が目に入った。
「こっちだ。この扉の先で、待っている」
その声にすがるように、レオはゆっくりと扉を押した。