43だまし討ち。
レオはぼう然としゃがみ込む。
「こんなの最初からあったかな」
絵筆には、初めに見たときには無かった虹色のリボンまで結ばれている。
「……これは、自在に姿を変えられるのかも知れない。いや、まさか……」
レオが絵筆に心を奪われている間に養父は仕度を整え、大扉を開けて外に出てきた。
「ディゴロのダンナ、待ってくだせえ」
ガス・ダイ・レンジが、まるで従者のように追いすがる。驚いたレオは思わず身を引いて、養父が真新しい靴音を響かせて路地を行くのを見送った。
「それにしてもレオのやつ、どこに行っちまったんでしょうかねえ」
ガスが養父に話しかけているのを、レオは複雑な顔で聞いていた。
「そうだな」養父ディゴロは馬車を拾おうと通りに視線を滑らせながら、なんでもないことのように言う。
「そのうちひょっこり姿を見せるだろう。……おい、こっちだ」
一頭引きの二輪馬車を呼び寄せると、養父は口元に不敵なほほ笑みを浮かべた。
「ダンナ?」
馬車には乗らず、街道にたたずんだままガスはディゴロを見上げている。
「いいか、ガス。赤目が何も盗らずに逃げ帰ったことは、だれにも言うんじゃない。あいつがどれほどの悪事を働いていったのか、打ち合わせどおりにうわさを広めるんだ」
「……なぜですかい?」
「わなを張るのさ。『あいつ』が自らおれの元に飛び込んでくるように、な」
ガスは、腑に落ちない表情でいつまでもディゴロのとがったアゴを見つめていた。
「ちょっとしたことで、手放しちまった。おれの、商売繁盛、幸運の宝……」
レオはぎゅう、と胸元をかき合わせて目を凝らす。
「じき、取り返す……」
養父の表情は見えない。何かが背中を駆け上がるような冷たい感覚におびえ、レオは後ずさった。
「小僧の残した絵のおかげで、おれたちは有利になった」
養父の声だけが、広い通りに響いている。レオは初めて、自分を他人のように呼ぶ養父の声を聞いた。
「赤目を捕まえるぞ。だまし討ちでもなんでも構わねぇ。大捕り物だ」
二輪馬車が走り出す。
――赤目は何も盗んでいない。最初から?
自分が絵を残し、養父の宝箱を開けたために、彼の身に危険がせまっているのだ。残されたガスに姿を見られることも構わず、レオは飛び出した。
誤解をなんとかしなければ。
「お義父さん! 待って!」
養父は振り向かない。その唇の端がわずかにつり上がったのは、レオのいる場所からは見えなかった。