37憧憬と傲慢。
「最後に彼が来たのはいつ?」
レオは、ほおを紅潮させて気色ばむ。
「夕べ遅くに」ヒドラがにやり、と笑った。
「まぁ、でも……連日寄ることもあるし、しばらく会えないと決まったわけじゃない」
目に見えて落胆するレオの肩先を、ヒドラが小突く。
「元気出せ」言いながら、ヒドラは椀に残った汁を飲み干した。
そのあと歓談の輪の中から抜け出たレオは、穴の奥を探検しようという気になった。入り口を通れない赤目は、この奥からやってくるに違いないのだから。
すぐにヒドラが、追ってくる。
「あまり奥まで行くな、向こうは空気が悪いから。ガスがたまっているって話だぜ」
「それってだれが言ったの?」
「赤目といっしょに来る連中さ」
そのあとレオは、一日じゅう膝を抱えたまま暗がりを眺めて過ごした。ヒドラや彼の仲間たちは忙しそうに動き回っていたが、新参者のレオには彼らが何をしているのかさえ分からない。
初めのうちはいちいち質問して手を止めさせていたが、そのうち、膝を抱えて隅っこでじっとしているのがもっとも効率的なのだと思い知らされた。
どれほど時間が経ったころだろうか、にわかに周囲がざわめき始めた。立ち上がって首を伸ばすと、暗がりの奥に背の高い影が見える。
――赤目?
子供だらけの穴倉の中を、まるで視察に現れた領主様のようにゆったりと近づいてくる。壁に掲げたたいまつが、すらりとした四肢を浮かび上がらせた。白磁のようなほおに微笑を含ませ、銀にきらめく髪をしゃらりと払う。
「赤目!」
レオより早く、ヒドラが叫んだ。
「赤目! 赤目! 赤目!」
あとを追うように穴倉に響く、皆の声。初めて会ったときと同じ外套を着込んだ赤目は、ゆるゆるとレオの前を行きすぎていく。
まるで歓声など聞こえないとでも言うように、赤目は悠然と温水パイプの前に立った。レオはそのとき初めて気づいたが、赤目の背後には彼と同じような体躯の男らが付き従っている。中のひとりが麻袋を取り出して、ヒドラに与えた。
それを待つことさえせずに、赤目はもうきびすを返してしまっていた。麻袋に気を取られていたレオは、慌てて追いすがる。
「待って、赤目! ……ねぇ、待ってよ!」
レオの伸ばした指先をそっと押し返したのは、麻袋を持っていた男だった。
「ムダだ。赤目はおまえたちの声には答えない」
なぜ、と目だけを向けて問うレオに、男は当然だといわんばかりに吐き出した。
「そう決まっているからさ。ここではだれも彼に話しかけてはいけないと、ね」