36分け前。
「あぁ……あのさ、もう一度だけ言わせて? 変わった名前だよね、うん」
女なのだとしたら、特に。目をぱちくりさせながら、レオはヒドラに視線を合わせた。
「改まって言うな!」
ヒドラの罵声が、小さな空間で振動する。
「おまえ知らないのか? 最強のドラゴンなんだぞ、ヒドラって。昔、だれかが言ってた。だからオレはヒドラになって、だれよりも強くなるって決めたんだ」
細くて小さなこの体のどこに、そんなにエネルギーがあるのだろう。レオはただただ圧倒されて、ヒドラの灰色のひとみを見つめていた。
「ごめん」
いいさ、とヒドラはそっぽを向いて、別の少年らの輪の中に溶け込んでいく。
取り残されたレオは、改めて地下空間を眺め回した。いつの間にか、外でたむろしていた少年らも帰ってきている。横をすり抜けざまに肩先を押され温水パイプに手をつくと、あまりの熱さに悲鳴を上げてしまった。
「それ、熱湯が通ってるパイプだから。気をつけないと、死ぬぞ?」
先ほど足を乗せて暖をとっていたはずのヒドラが、しれっとした顔で忠告する。
「……ほら、おまえの分のメシ。しっかり食って、明日も生きろ」
欠けた椀を押し付けられたレオは、おずおず中をのぞき込んだ。たくさんの肉と野菜を混ぜて煮込んだ料理を前に、突如として腹が鳴る。
「うまい」
だろ、と満足そうに目を細めたヒドラは、自らもさじを握った。
「赤目が調達してきてくれる食料は、格別の味がするもんさ」
さじを運ぶ手が止まる。
――赤目。
ヒドラの目が、レオを見やった。レオは口を開く。
「おれ、彼を見たことがある。おぼろ月夜の空を、まるで獣みたいに飛び回っていたんだ。そのあと妙なバケモノに襲われて、赤目は隻眼になった。夢じゃ……ないと思う」
周囲にいた少年らをまんべんなく見渡す位置で、レオは立ち上がる。
「何かが始まった気がした」
言いながら、自ら何度も首を振る。
「どうしようもないちっぽけなおれの人生でも、ちゃんと何かが始まったのが分かった。だからおれは家を出て、赤目に会いに来たんだ」
養父の宝の話は、今はまだ口にすべきではない。
「へえ」にやり、とヒドラが唇の一端をつり上げて笑う。
「改めて歓迎する、おまえはもう仲間だ。この穴倉に、大人は絶対に来ない。入り口が小さすぎて、大人じゃ通れないんだ」
「……じゃあ、赤目は?」レオは首をかしげた。
「彼は、自分だけの秘密の抜け道を知っているんだ。それがどこにあるのか、オレたちには分からない」