31決意と冒険。
月明かりの元、レオは小さな絵筆をまじまじとにらみ据えていた。
(どうしてこんなものが、落ちていたんだろう?)
少し離れた場所では、養父が大声でがなり立てながら、宝箱をこじ開けた犯人を探し回っている。
「おまえ、赤目か? 赤目なのか! この盗人め! おれの宝を返せ!」
茂みの中で丸くなって息を殺していると、涙があふれた。元々あきれられている上に、大切な宝まで無くしたと聞いたら、今度こそ養父はレオを見限るだろう。
「貴重な宝を、この目で見てみたかっただけなのに」
すぐに引き返してカギを探したいレオだったが、半狂乱になって叫びまわる養父の姿を前に、完全におびえてしまっていた。
遠くで獣の鳴き声が響く。びくり、と肩を強張らせたレオは耳をすませた。いくつもの夜を、本を読んで過ごしていたはずのレオだったが、レンガの壁で守られた家の内と外ではまったく意識が変わって見えた。
震える指先でわが身をかき抱き、大丈夫だ、と心の中で繰り返す。
「こんなことでおびえてちゃ、赤目に笑われる」
レオは、月を見上げた。
「……赤目。そう、赤目だ!」
――養父の言うとおり、宝のカギは彼が盗んだに違いない。
「どうやったかは分からないけど……光で目くらませしている間に、きっと……」
――初めて彼と出逢ったときも、噴水が関係していた。亡父の金貨が消えていたのも、彼が盗った証拠のように思える。
まんまと宝を盗まれてしまったレオは、このまま家に居続けることはできない。拾った絵筆をお守りのように握り直し、そっと息を吐く。窓辺に視線を移した。
「いつでもおれは、あの窓から外を眺めていた」
ここから見上げると、なんと小さい窓辺だろうか。レオは唇をかみ締め、ゆったりと腰を浮かす。覆いのない窓枠に背を向けた。
「首都に行く」
だれともなしにつぶやいてみると、またも遠くで獣が鳴いた。
見慣れた水盤。路地の石畳。それらを振り切るように、レオは頭を振る。
「赤目に会って、お義父さんの宝のカギを返してもらう。そして、その後は……」
茂みから立ち上がる。靴を脱ぎ捨てた。夜気をまとって冷え切った石畳の上に、慎重に足を下ろす。
お前には無理だ。そう吐き捨てた養父の顔を思い浮かべ、首を振る。
「……おれは、自分の力を試す」
気分の高揚したレオは、ひと晩じゅう走り続けることができるだろう。
「会いに行こう、赤目に」
――もし。自分ではないだれかになれるとしたら、まちがいなく彼を選ぶ。赤目。彼の隻眼は、おれの両目よりも……きっと遠くまで見渡せるのだろうから。