30思わぬ旅立ち。
「見るだけなんだから、なにも問題ないさ」
言い訳のようなつぶやきを何度も口の中で繰り返し、レオは鉄製の縄ばしごを下りていく。地下室は、身震いするほど冷え切っていた。
最後にカツリと軽い音を立て、石畳で覆われた床にたどり着く。必死で目を凝らした。ろうそくをともすことはできない。ここで見とがめられては、せっかくの計画が台無しになる。
「きっと、あの中だ」確信めいた思いを胸に、レオは中腰のまま狭い暗闇に腕を伸ばした。
幼いころ、レオの実父はしかけ箱をここに隠していた。中には価値ある古い金貨がしまってあって、その父の亡くなったあとは養父が管理し、成人した後にはレオが引き継ぐことになっていた。おとぎ話に出てくる宝箱のようにも思える外観はまさに壮麗で、幼いレオは父の膝に乗り、いつまでもそれをながめていたのだという。
養父はまだ知らない。幼いレオに、父が開け方を教え込んでいたことを。
慎重に箱を裏返し、指先を這わせる。いくつも取り付けられた飾りの中から蓮の花を探り当てると、そっと引き抜いた。
カチリ。なんとも軽い音のあとに単調なメロディーが流れ出し、箱のふたが開く。ゆるりと息をはき出したレオは手の中の箱をぐるり回転させ、指先を差し入れた。
――目を覆う。暗闇に沈んでいたはずの地下室は、まるで太陽が照りつけているかのような光に満ちている。光の主は、箱の中だ。
「これって、挿絵にあった針糸じゃないよね? ……カギ、かな」
予想に反した「宝物」は、どこの家にもありそうな凡庸な古いカギだった。実父の残した宝の金貨も消えている。肩を落としたレオは、長くて深いため息をカギに向けて吹き付けた。
瞬間。光が揺れた。唐突に収縮した光の帯は古カギの中へと吸い込まれていく。
「……えっ? 待って、消える……」
完全に光がかき消える前。中央に、にじ色の星が刻まれているのをレオは見た。慌てて指先を這わせ、星に触れる。
「あぁ、これは……」噴水、とレオの唇が動いた。
レオの眼前に広がる光景は、溢れる水をたたえた噴水と広場だった。水盤からは次々と透明な水が流れ出し、辺りを清廉な空気で包んでいる。恐る恐る足を踏み出してみるが、不思議なことに、水の上を歩いている確かな感触があった。
「だれだ! ちくしょう、盗人めっ!」
急激に激しいののしり声が頭上から降ってきて、驚きのあまりレオはカギを取り落とした。辺りは再び、暗闇の地下室へと変貌する。
「そこで待ってろ! すぐにとっ捕まえて牢屋にぶち込んでやる!」
そのあまりの剣幕に慌てたレオは、養父をなだめようと落としたカギに手を伸ばした。その指先が、止まる。石畳に転がっているのは、針糸でも古カギでもなく、絵を描くための小さな筆だった。それも、小指の先ほどの大きさの。
「……カギはどこ? お義父さんの宝……これじゃあ、返せないじゃないか」
怒りに満ちた気配が、地下室に下りてくる。慌てたレオは、はしごを降りてくるだれかを突き飛ばすと、夢中で地上を目指した。