29初めての盗み。
「おまえがこんなんじゃ、せっかくの幸運の宝も無駄になるかも知れないな」
酒場の一角に陣取り、夢中で絵を描き続けるレオを一瞥した養父が声を上げた。
「幸運のお守り?」
「おまえがこんなんじゃ、せっかくの幸運の宝もムダになるかも知れないな」
酒場の一角に陣取り、夢中で絵を描き続けるレオを一瞥した養父が声を上げた。
「幸運のお守り?」
レオが顔を上げると、はたと目を伏せた養父はいそいそと杯を戸棚にしまい始めた。
夕べからずっと書き綴っている紅の冊子を手放し、レオはその後を追う。気を引くためにいつもやる思わせぶりな態度とは違って、いかにも口をすべらせてしまったといった風情の養父は、肩先を震わせてくつくつ笑っている。
「お義父さん?」
「あぁ……ああ、レオ。おまえまだいたのか」養父は、そこでこらえきれずにまた笑った。
酒場の客の喧騒にも負けじと、レオは声を張る。
「幸運の宝って?」
「……聞きたいか? いいだろう。おまえに話そう。そう、ついに来たんだ、おれのところにも! 覚えているか、商売繁盛、宝の話を」
そこにあったのは、日々の仕事に明け暮れて、くたびれ果てた養父の顔ではなかった。
「ずっとこのときを待っていた。おれは、おれは……世界一の幸福者になるんだ」
嬉々として目を潤ませる養父を前に、レオは思う。その宝を持てば、おろかな自分でも変われるのではないか。
「どうやって手に入れたの?」
養父の目が光った。
「それは教えられないよ、レオ」
「効果はあったの?」
養父は満員の店内を仰ぎ見て、もったいぶって「どうだろうなぁ」と口元を緩めた。
(どんな宝なんだろう……見てみたいな。すぐ返せば、ばれやしないさ……)
遅くまで客の帰らないこの家で、レオが安眠できる日はこない。とっくの昔にあきらめてしまっていた。しかし今夜は家じゅう寝静まるのを待つのが、なんの苦にもならない。
空色の表紙の本を何度も開いたり閉じたりを繰り返していると、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。すぐに耳を澄ませる。しっかりと固く目をつぶったまま、それがだれなのか聞き分けようとする。
かかとを引きずるような音ならば、腰の悪い義父だろう。そっと忍び足で上るのは、母親だ。飛ぶように跳ね上るのは、妹のマリョーシュカ。
「お義父さんだ……」
音を立てないように扉を開け、養父の寝室から明かりが消えるのを待った。家までがレオに呼応するように、しん、と静まり返っている。
慎重に階段を下った。居酒屋側に回って木枠の長机を乗り越えると、水場のわきにしゃがみ込む。この床に、地下室へと続く階段が隠されているのだ。養父はそこに大切なものをすべてしまい込むクセがあることを、レオはひそかに知っている。