28変わらない自分。
「そんなことより、向こうを手伝ってくるんだ」
養父は、とがったアゴ先を扉のほうに向けた。
不満げに鼻を鳴らし、それでもレオは言いつけどおりに母の元へと向かう。
「慎重に扱うんだよ」
またずいぶん膨らんだ大袋を、母はレオの手に押し込んだ。
いすを運んできて、扉の前に置く。両足を宙でぶらぶらさせながら、レオは店内をうかがった。見たことのない顔が多い。街じゅうのかまどが壊れたというのは、大げさな話ではないのかも知れない。
「ごちそうさま」
つん、とすました顔でレオの前に金貨を差し出したのは、幼い子供を連れた婦人だった。
(あいつみたいだ。あの、嫌味なリヒャルト)
つい昨日のことだというのに、やけに遠い記憶のように感じる。豪奢な馬車の上からレオを挑発した彼の面影を脳裏に浮かべ、舌打ちした。乱暴に大袋を開け、腕を突っ込む。
「ありがとございました。また、ごひいきに」
型どおりのあいさつを済ませていすを引くと、養父が真剣な面持ちでレオをのぞき込んできた。
「レオ、おまえ今いくつ渡した?」
冷や汗が滑り落ちる。大袋を持つ手が、細かく震えた。
「受け取ったのが……えっと、だからお釣りは……」
「もういい」
いつの間にか背後に立っていた養父が、きびすを返す。
「お義父さん、あの、ぼく……」
おまえは何をやってもだめなやつだ、と無言の背中が言っている気がして、レオは唇をかむ。いら立つあまりに釣りをまちがえるなんて、何もできない子供みたいだ。
怒鳴りつけさえしてくれない養父の姿に、レオは打ちのめされた。取り成そうとやたら声をかけてくる母には構わず、レオは階段を駆け上がる。
「おれは、何をやってもだめなやつだ」
――だから……赤目も連れて行ってくれなかったんだ。
路地をのぞむ窓辺にほお杖を付いたレオは、ずいぶん長いこと水盤に目を落としている。
「レオ! レオ!」
叫ぶ母のいら立ちが最高潮に達するころ、ようやくレオは腰を上げ最後にもう一度だけ水盤を見やった。
「……赤目」
彼のようになりたい。他人に振り回されることもなく、自由に生きていけたらどんなにいいか。レオは部屋の扉から手を離し、木机を振り仰いだ。ジャスパーから贈られた紅色の表紙を手繰り寄せ、えんぴつを握る。
目を閉じて空を駆ける盗賊の姿を思い描き、慎重にその輪郭を写し取った。