25始まりの音。
黒服の男は腕をまくり、まるで荷物のようにレオの体を引きずった。
「ちょ……いや、待って! まだ話は終わっていないだろっ! おい、リヒャルト!」
名前を呼ばれた少年が小さく片まゆを動かしたのを、レオは見逃さなかった。
「大袋を盗ったのがあの人だとして……どうして、どうして教えてくれなかったんだよ。なぁ、答えろ。リヒャルト!」
騒ぎを聞きつけたガジル医師が、庭の向こうから姿をのぞかせた。いかめしい顔つきの父親もいっしょだ。黒服の男の歩みが、いっそう速まっていく。
ぐるり空を仰ぐ形で、レオは馬車のほうを見やる。
「……あの大袋。あれがないと、おれたち一家は冬を越せないんだよぉ」
ガジル医師の背中に隠れ、少年の表情はレオからは見えなかった。
● ● ●
すっかり暮れてしまった街並みを、レオはかかとを引きずってずりずり進む。黒服の男に握られた腕が、じわりと痛んだ。
――もう一度、朝からやり直せるとしたら、絶対に大袋から目を離さないのに。
丘をめぐって街道に戻ると、市場の石畳の上をあてもなく歩いた。すでに店先には人影もなく、どこかの野良猫が不審げにレオの顔をのぞきこんでいる。
レオにだって、分かっていたのだ。手ぶらで店を出たリヒャルトが、あんなにも大きな袋を持っていけるはずもないことを。
今朝方、養父はなんといって出かけたのだったろう。名のることさえしなかった旅人は、もう二度とレオの前に姿を現すまねはしないと思われた。鉄さびの味が、じわりと口の中で広がっていく。
「お義父さんはきっと……おれを許さない。こんな大きなヘマをやらかしたおれを、今度こそ……見放すだろう」
市場の隅にある古井戸に背をもたせて寄りかかり、レオは月の光を受けた街並みに目を向けた。市場の天蓋が闇色に沈み、見わたす限り遠くまで続いている。
――初めに、あの音がした。
金貨をひしゃりとやったかのような、不快でたまらない音だ。レオは目を凝らして、周囲を見やる。
「……いる。絶対にいる。赤目。赤目だ!」
確信めいた想いが、レオの胸を駆けめぐる。
「赤目! おれはここにいる!」
あらん限りの声を張り上げて、レオは赤目の姿を探した。
本当に彼が首都の子供らに施しを与えているのなら、レオにだって手を差し伸べてくれてもいいはずだ。
「助けてほしいんだ! おれはもう、家には帰れない……」
レオの後ろ側でまばゆい光が現れて、消えた。