22医者の住む丘。
「どうしたの、お兄ちゃん。また、どうにもならない問題ごと?」
マリョーシュカの声が響いた。鍛冶屋の息子と幸せな時間を過ごしてきた彼女は、そのばら色のほおに柔らかな笑みを浮かべている。
「おまえ、今までどこに行っていたんだい! お兄ちゃんがヘマをしないように、ちゃんと見張っていなさいって……言っ……」
「……言ったんだ?」
母のコトバを受け、レオはため息を取り落とした。腹は立たなかった。結果としてレオは、母の心配以上のことをやらかしたのだから。
慌てた母はすぐに妹を家の中に引っ張り込み、着替えてくるように言いつけた。マリョーシュカは不満げにぶつぶつこぼしていたが、母の尋常でない様子に気づくとすぐさま部屋に駆け上がっていく。
「レオ。すぐに探しておいで! お義父さんが帰ってくる前になんとかしないと……」
二階の窓から身を乗り出している妹をにらみ上げ、レオは何度も舌打ちする。水盤に目をやるが、都合のいい奇跡は起こりそうもない。
「日が沈む前に戻るんだよ!」
こうも母が慌てているのは、息子の身を案じているからだ。養父ディゴロの怒りのさまといったら、この街で知らない者はない。
「でも相手は馬車に乗ってるんだよ。それも、ばかばかしいほど飾り立てられた……」
追いつけないに決まってるだろ。レオが声を詰まらせると、妹の声が空から降ってきた。
「それって、銀の覆いの付いた馬車? 見たこともないくらい豪奢な? それならあたし、見たわよ。丘の中腹にある、ガジル先生の所に止まっていたの」
すぐに話に割り込んでくるマリョーシュカ。普段ならにらみ付けてやるところだが、今は拝み伏したいほどの気分だ。
「ガジル先生って、医者の?」
すぐさま石畳を駆け抜けて大通りに飛び出ると、普段なら近づきたくもない医者の住む丘を目指した。
● ● ●
初めに見えたのは、ガジル医師のはげた後ろ頭だった。むき出し頭頂部を、何度も細かく上下させて話し込んでいる。
機嫌が悪いのか、それとも常にそういった顔なのかは知らないが、話し相手はまゆ根を寄せた難しい顔をして医師を睨めつけている。医師のほうは気の毒になるくらいかしこまって、小さくなっていた。
「似ているな」店での少年の表情を思い返し、レオは舌打ちする。
「きっとあいつの父親だ」
ちょうどうまい具合に父親と医師が日陰へと歩き出し、レオは馬車に向かってそろそろと近づいていった。