21足りないもの。
「……そうか」
レオは顔を上げる。
「どうしたんだい、レオ。具合でも悪いのかい?」
黙ったままのレオを不審げに見やりながら、母親は四角い木机の中に入り込んできた。
「やっぱりどうも心配でねぇ」
朝食の世話をしてすぐに戻ってきたの、と母は続ける。
「今まで、ふたりきりで店番をさせたことはないでしょう?」
母はマリョーシュカのくるくるの巻き毛を探して、辺りをうかがった。
「あら、あの子はどこだい」
この場に足りないものが妹だけでないと知ったら、母はどのような反応を示すのだろう。
(知りたくもない)
レオは母親が食器をひとそろえ、かごから取り出すのを見つめ、かめから水をくむのを待った。
「お母さんも年を取ったわ。やっぱり近くに越してもらわないと、これからやっていけないかも知れない。どう思う、レオ」
「うぅん? うん、そうだね……」
レオは、どぎまぎして目をそらす。母はふと動きを止め、レオをちろりと見やり、奥の間に入っていった。
(落ち着け。落ち着け。落ち着け。……大丈夫、もう一度、考えるんだ)
胸に当てた手が震えている。止まらない。
(どこに置いた? 考えろ。考えろ。考えろ)
「ねぇ」母がのそりと顔を出す。
「大袋はどこだい? お義父さんから預かったんじゃないのかい」
レオは、どぎまぎして目をそらした。母は静かに、すぅっと目を細めた。
「あれは店に出しちゃいけないと、言われなかったのかい。何かあったら、どうするの。お義父さんが帰ってくる前に、戻してしまいなさい。……レオ?」
口元をゆがませる、母。
「まさか、おまえ……」
「違う、違う! ぼくは……そうだ! そうだよ。ちょっと上に行って、ここに戻ったら変なやつが店にいたんだ。街道から大通りへの近道に、店を突っ切っていったんだよ、そいつ。変だろ? おかしいよね? きっとそのときに……」
すぐさま表に駆け出してみるが、当然ながらすでにその姿はない。幼子の手を引いた母親が、ゆったりと歩いているだけだった。
レオの目が、広場の中央に吸い寄せられる。水盤を見つめた。
「みんな夢だったらいいのに……いや、違う」
――『あの夢』が、本当だったらいいのに。
赤目を襲った波紋の「顔」が、レオに向かって飛び出てきてくれたら、養父も母も少しは同情してくれるかも知れない。